61 金に愛された男、風に裁かれる
ガブリエルは、今日も金庫の前で札束を撫でていた。
「金がある……金さえあれば、俺は大丈夫だ」
そう、金があれば食いっぱぐれない。
誰も逆らえない。
金で人も情報も買える。
金があれば、どんな罠も裏切りも──逃げられる。
「ふ、ふはは……完璧だ……」
神父室の隠し扉をそっと閉じ、窓の外を見やる。
「あれ、雨?」
重たい雲が、どこからともなく空を覆っていた。
風がざわつき、空気が湿っぽい。
「こりゃ一雨来るな……」
窓辺の木に、大きな黒いカラスが一羽。
ギョロリと、こちらを見ていた。
「ったく……教会にカラスとは縁起でもない。白鳩なら“神は見ておられます”なんて、それっぽいこと言って泣かせられるのに……」
ガブリエルは鼻で笑い、窓を開けて手を振る。
「しっしっ! どけ、貧乏鳥め」
だがカラスは動かない。むしろ、まっすぐこちらに──飛んできた!
「うおっ!?」
慌てて窓を閉めようとした、その瞬間。
ドォン、と地面が揺れた。
「な、なに──!?」
目の前に、突如として巨大な渦が現れる。
風、砂、光、音──すべてが混ざりあった
それはまるで生き物のような“風の獣”。
「た、竜巻だ……!? うわあああッ!」
逃げなければ。頭はそう叫ぶ。
だが、体が追いつかない。渦が速すぎる!
黒い渦はさらに砂を巻き上げ大きくなる
窓ガラスが粉々に砕けると同時に、ガブリエルの体が宙に舞う。
「う、わあああああああッ!!」
風がナイフのように肌を裂く。
血も出ない。切り裂かれた皮膚は、まるで紙細工のように舞い散る。
風の刃が、容赦なく彼を滅多切りにしていった──。
数秒後、すべては終わっていた。
彼は風で舞い上がって切り裂かれた後、墜落した。
そして竜巻は神父室を通過し、その奥にある金庫室に消えていく。
中の札束が、まるで花吹雪のように空に舞っていた。
「ガ、ガブリエル様!?」
「うわー!お金が、お札が飛んでる!」
駆けつけた神官たちが目にしたのは、無残に転がったガブリエルの亡骸と、空に舞う札束。
……そして
誰も、ガブリエルを見なくなった。
誰も、駆け寄らなかった。
むしろ、飛び交う札束に夢中になった。
彼の遺体を──踏みつけてすら、誰一人気にも留めなかった。
その様子を、高い枝にとまったカラスが見ていた。
くちばしには、青白く輝く魔石。
その姿は、ふわりと揺れてエアリアの姿に戻る。
「伝書鳥。ありがとう。……もう、帰りましょう」
エアリアは再び魔石に姿を戻すと、伝書鳥は音もなく飛び立った。
そして──
「おー! よかったよかった! おまえ、急に飛び立つからびっくりしたぜ!」
伝書鳥が戻ってきたのは、伝書鳥の部屋
オーガが笑いながら窓を閉める。
「おっ、こんなとこに魔石、置きっぱなしだな。ちゃんと戻さねぇと」
その魔石は、ウンディーネに
「わたしのじゃないわ」
という確認の元、スネクのもとに。
「これは、エアリア様の魔石でしたか?
リンさんが置いたのかもしれません。噴水に戻しておきましょう」
そして、静かに、誰にも気づかれぬよう、魔石はスネクの手によって元の場所に戻された。
……すべてが、何事もなかったかのように。
そして、すべては、半日の出来事だった。
そして誰も、それが“処刑”だったとは思わなかった。
リン以外はーー




