55 神父、金庫の中で過去を嘲笑う
神父室の奥。
壁の裏にある隠し扉を開けて、ガブリエルは中に積まれた札束を見下ろした。
「……これで、魔王復活に関わったやつは、全員、いなくなった」
長い吐息をつく。微かに震える指を、金の束が静かに受け止める。
あの地獄――忘れられるわけがない。
――あの時。
魔王の気配が世界を覆い始めた頃。
魔界の門が開いたのが自分で見えた。
狂ったように魔物が湧き、次々に人間界に入り込んできた
勇者? ただの飾りだった。
聖女アルデリアは日増しに体が動かなくなり、作る薬も浄化魔法も、なぜか効かなくなっていった。
リースが盗んできた物資も限界。
結局、魔法が使えるのは俺だけ。盾役のキリルと二人で、毎日魔物を殺し続けた。
それでも、魔王の姿は見えないまま。
仲間は死に、俺たちは雑魚魔物に押し戻され、逃げ帰るのが精一杯だった。
アルデリアは死んだ。
マクライアは……なぜか俺の火炎魔法に飛び込んできて、魔物を庇って死んだ。
あの時の意味は、今でもわからない。
でも――確かに、俺たちは負けた。
それなのに、後日。
死んだと思ったマクライアはひょこっと現れた
そして「魔王のツノ」を持ち帰ってきた
「討伐成功しました」……だと。
でも、魔物は発生しなくなった。
あいつは、それっきり人前に出なくなって、小さなギルドの経営者になった。
俺たちへの連絡も完全に無視。
……まあ、こっちも接触しなかったけどな。
聖女を使い潰したのがバレるわけにはいかないし、俺たちが魔王と戦う前に逃げたことだって、知られたくなかった。
それで終わった、はずだった。
なのに――突然、マクライアが商会で「指輪ケース」を買ったという話が入ってきた。
は? 新しい女? アルデリア一筋じゃなかったのか?
俺は、アルデリアの魂を祀るという名目で神父になった。
教会の地位も築いて、名声も得た。
それを……今さらあいつが、また“動く”っていうのか?
もし、新しい女に魔王討伐のことを話されたら....
「ふざけるなよ……」
ガブリエルは、ひとつ息を吐くと、遠い昔を思い出した。
――子どものころ。
俺は、魔法が使える“特異な存在”だった。
そのせいで、親からは疎まれ、兄弟からは蔑まれ、教会からは悪魔呼ばわり。
「神のご加護? 笑わせるな。魔力のある子は呪いだって言われたんだぞ」
優しい奴から死んでいった。
食糧を譲ったやつから死んでいった。
魔法使いなんて、信用もされず、愛されもせず、ただ道具として使い潰されるだけ。
それでも、魔王が復活すると――みんな手のひらを返した。
「助けてくれ!」「魔法で何とかしてくれ!」
……笑えるだろ。
倒したら倒したで、「神の加護だ!」「聖戦だった!」って持ち上げて、
次の日には「もう用済み」だ。
人間なんて、信用できるわけがない。
リースは魔王討伐のあと盗賊に転職して、金のことで仲間割れして死んだ。
キリルは「報酬上げろ」とか抜かしてきたから、
肉食魔物が好む香水をちょっと塗ってやったら、すぐ喰われた。
それが、俺たちの“英雄譚”の結末さ。
今も教会には、「私も聖女になりたいんです!」なんて金持ちの娘たちが札束持ってやってくる。
何人いようが関係ない。
どうせ魔王が復活すれば、全員下っ端の魔物に喰われて終わりだ。
だったら――
「俺は、金を溜め込んで、魔王が来る前に寿命で死んでやる」
それが俺の勝ちだ。
ガブリエルは札束を両手で抱えた。
教会の光が差し込むその部屋で、彼の瞳だけが、濁っていた。




