54 伝えられなかった想いは、水に還る
「で、あんた、いったい誰にやられたのよ!」
ウンディーネが水をばしゃばしゃ飛ばしながら怒鳴る。涙じゃない、怒りの水飛沫だ。
「まぁまぁ、彼も好きで殺されたわけじゃないんだから」
エアリアが苦笑いで宥めた。
「皆さんには……ご迷惑をおかけしました……」
ネレウス――マクライアは、しゅんとしながらぺこりと頭を下げる。
「……あの日の夜、ちょっと遅かったんですが、アルデリアが次に来てくれたときのために、指輪ケースを買いに行ったんです」
夜でも開いている昔馴染みの店に足を運び、冒険者用の特注パスで、即入手。顔パスだった。
元・勇者の肩書きはまだ伊達じゃなかったらしい。
帰ってからはすぐ指輪をケースに収め、ウンディーネのために整えたテーブルにそっと置いた。
「さすがに先ほど来たばかりだから今日来ないかもしれないけど……でも、来てくれるかもしれない」
そんな淡い期待が胸にあった。
あとは伝書鳥のご飯を準備するだけだった。
――その時。
「久しぶりじゃないか、勇者殿」
聞こえたのは、50年前に決別した男の声。
ガブリエル。かつての仲間、そして今は教会の神父。
だが、振り返る暇もなかった。
すでに刃が、胸を貫いていたのだから。
――アルデリア、ごめん。
また……また、君との約束を守れなかった。
マクライアは、そのまま倒れ込んだ。
***
「最後まで……ウンディーネさんのこと、想ってたんですね……」
リンはもう涙腺が壊れてる。タオル必須だ。
「で? 死んだわけ?」
ウンディーネは涙を拭くどころか、睨みつけている。
ツンデレ限界突破中。
「このタイミングで、殺された理由に心当たりは?」
トミーが冷静に問いかける。
「……いえ。私はあの日以来、誰とも連絡を取っていません。特にガブリエルとは、ずっと」
マクライアは目を伏せ、拳を握る。
「彼は……アルデリアの死を“利用”して教会に入りました。
聖女の名を使って、偽りの“信仰”を広げている」
静かに、しかしはっきりと吐き捨てる。
「最近は、アルデリアのおかげで聖女だというだけで箔がつきますから。裏で金を積んで“聖女認定”を売買しているという噂も……。教会関係者の中には、愛人契約のようなものを結んでいる者もいます。
――今の教会は、浄化どころか、邪悪の根源です」
重たい沈黙が落ちる。
接点がなかったのなら、なぜこのタイミングで――殺されたのか。
「盾役だったキリルも一週間前に死んだのよね…
やっぱりガブリエルの仕業なの?」
ウンディーネがぽつりと口にする。
「この流れだ。偶然で片付けるには、無理がある」
魔王さまは静かに呟いた。
真実が、もうすぐ手に届く気がする――




