50 ゴミ山に残った拾ってはいけない過去
「エアリア、どういうことなの!? マクライアを殺したのは……トミーさんなの?」
ウンディーネが怒鳴るように詰め寄る。
水がピシャリと跳ねて、空気が震えた。
「……わからないよ」
エアリアは少しだけ目を伏せ、ゆっくりと息を吐いた。
「九尾一族の里……人がいた形跡は、もう何年もなかった。でも、どこかでトミーさんの香りがしたの。だから、最近一度は立ち寄ったと思う」
そして――ふと迷うような目で続けた。
「たぶん……お墓、だと思うんだけど。そこに……血のついた服が置かれてた。あの事件のとき、トミーさんが着ていたやつ」
「――っ!」
魔王とウンディーネが、同時に息を呑む。
「……あのゴミ山の服……」
魔王が低くつぶやく。
魔界の門事件のあと、トミーが自分で捨てた服。
母親の血がこびりついた、過去そのもの。
でも、それは怨念が宿っていたわけじゃない。
むしろ逆だ。自分の手で“けじめ”をつけた、唯一の過去。
だから――いくらリンが浄化しても、変わらなかった。
“救われた”ものたちの中で、唯一“救われなかった”もの。
「あれを……もう一度、手に取るなんて考えてなかった……」
魔王の言葉が、重く沈む。
「……わたし……どうしたら……」
リンが震える声でつぶやいた。
拾われるはずのない過去を、自分のせいで蘇らせてしまった。
誰も責めないが、無自覚で自分がやってしまったことだ
「九尾一族って……トミーさん以外、今どうしてるの?」
「……正直、俺もそこまで把握できてなかった。
魔王になったばかりで……
あの時、トミーは子どもだったのに、“支える”って言ってくれて。
本当は俺が守るべきだったのに、逆に支えられてた」
魔王の額に、じわっと汗がにじむ。
「全部背負おうとしないで。そんなの無理よ」
エアリアが、ぴしゃりと叱る。
「魔王さまは、わたしのことだって、精一杯やってくれた。トミーさんだって、きっとちゃんと分かってるはずよ」
ウンディーネも反論する
「……俺、ほんと情けないな」
「そんなことないわ」
エアリアは静かに声をかけた。
その目は、どこか潤んでいた。
リンは青ざめたまま、肩を抱いて小さく震えている。
自分が“浄化”してしまったこと――それが、誰かを壊してしまったのではと、怯えるように。
そんな空気の中――
「たっだいまーっ☆ ……って、あれ? なんか重くない? え、会議中? ウンディーネさんも、おかえりなさーい。
マクライアさん、元気してましたか?」
――突然、部屋のドアが開いて。
麦わら帽子にアロハシャツ、サングラスという、どう見ても“魔界の南国バカンス帰り”みたいな格好で、
トミーが、ケロッと帰ってきた。
「トミーさん!?!?!?」
三人の声が同時に跳ね上がった。




