49 成仏できない水の精霊
「こらーーーっ!!!」
突然、金庫の中から怒鳴り声が響いた。
「勝手にしんみりして、私を成仏させようとしないでよ!! まったく、マクライアといい、魔王さまといい!!」
びくっ。
リンも魔王さまも反射的に体を硬くする。
金庫の中から、泣きながら怒るウンディーネの声が響いていた。
「……もう出してもいいのかい?」
「暗いところは嫌いよ! 水の精霊に金庫って、どういうセンスよ!? せめて水槽とかにして!!」
そろーりと金庫を開けて、指輪のケースを取り出すと――パカッ。
ふわふわした水の精霊が、涙をいっぱい溜めた目で飛び出してきた。
「なによ! 勝手にマクライアと仲良く成仏!? 私はそんなつもりないからね!?」
「ウンディーネさん……」
「なんであいつの“死んだ都合”に私が合わせなきゃいけないのよ!?
まだリンちゃんに教えてあげたいこと、いっぱいあるの! ていうか死んでも死にきれないって、まさに今の私よ!!」
ぷんすか怒ってるのに、ぽたぽた泣いている。
体の水がチャプチャプ波打って、逆立っている。
「謝りたいって言ってたくせに、先に死ぬとか意味わかんないし!
トミーさんにもまだ懺悔中でしょ!?
ちゃんとやり遂げてから成仏しなさいよ!」
魔王さまがふっと目を伏せた。
「……でも、マクライアもこれで“無事にあの世に”……とはよく考えたら.....いかないかもしれないな」
「えっ?」
「その指輪ケースさ。アルデリアに渡したくて買ったのに、結局渡せなかった。未練だらけだよ、たぶん」
「……それって、マクライアさん、まだ迷ってる可能性があるってこと……?」
魔王さまは、手に魔法陣を展開して、伝書鳥を呼び出した。
「鳥さん!? 手の中で飼ってたの!?」
「鳥籠から転送しただけ。……ほんと、リンは面白いな」
にこっと笑って、伝書鳥の羽を軽く撫でる。
「伝書鳥。マクライアにメッセージを頼む。もし迷ってるなら、道案内も。リンの時みたいに」
窓を開けて、黒い翼が空へと飛び立っていった。
「……俺、これ以外選択肢なんてないって思い込んでた。でも、色んな場面で、もしかしたら違う答えも選べたはずなんだよな。もっといろんなこと」
「……後悔しますよね。私もです」
リンも呟く
ウンディーネも、ぼそっとつぶやいた。
「もっと早く、マクライアを許してあげれば良かった。
“ありがとう”って素直に言えてればよかった。
あんなひとりぼっちで暮らさせて……」
水の精霊が涙を流している。文字通り、ぽたぽたと。
「なんでこんなときに指輪ケースなんか……
私、もう実体ないのに……
持ち上げることすらできないのに……
気を遣わせちゃった……」
「違います。マクライアさん、ウンディーネさんに喜んでほしかっただけです」
リンが、そっと寄り添うように微笑んだ。
「きっと、これからも一緒にお話できるのを楽しみにしてたんです」
「……リンちゃん....」
ウンディーネが、ぼそっと呟いたその時――
ピカッ。
机の上の魔石が光り、エアリアが転移してきた。
「……大変だよ!!」
「エアリアさん!?」
「九尾一族の里……崩壊してる!!
廃屋になってて、トミーさんの痕跡はあったけど……
誰もいなかった!」
部屋の空気が、一瞬で凍りついた。
さっきまでの涙とぬくもりが、遠くへ押し流されていく。
静かに、魔王さまが目を伏せた。
「俺はまた選択を間違えたのか?」




