48 魔王の子が、魔王を殺すその日まで
魔王さまは、それからずっと私を膝に乗せて、ぎゅっと抱きしめていた。
言葉はなかった。
でも、沈黙の中のぬくもりが、すべてを語っていた。
「トミーさんじゃないよ」なんて、軽くは言えない。
でも、そうではないようにと願う彼の心に、そっと寄り添いたかった。
そして――ウンディーネさんのことを思うと、胸がぎゅっと痛くなる。
やっと、二人は許し合えたのに。
マクライアさんは、指輪ケースを用意して、きっと喜ばせようとしてたのに。
……どうして、こんなに上手くいかないの?
「リン」
魔王さまが、ぽつりと私の名前を呼んだ。
「ウンディーネが、お前にとって大切な存在だということは、わかっている」
私は小さくうなずく。
ネズミイさんと同じ、この世界で出会えた――初めての“友達”。
「でも彼女も、もともとは死んだ存在だ。マクライアがいない今、精霊契約を解除して……あの世に返してやろうと思う」
「……二人は、そっちで会えるんでしょうか?」
「それは、わからない。でも……もう大丈夫だと思う」
魔王さまの微笑みは、あまりにも儚くて、見ていられなかった。
「ただ、水の精霊がいないと、君の浄化に負担がかかるかもしれない」
そう言って、彼はそっと私の頬に触れる。
「リンに何かあったら……私は、きっと狂う」
その声は静かで、深く沈んでいた。
「……それを止められるのは、私の子供だけだ」
「……子供?」
思わず聞き返してから、自分の顔が熱くなる。
え、子供? いや、キスはしたけど、そんな段階じゃ……!
「私の子供が、狂化した私を殺す。そうでなければ、魔界は壊れる」
「え……?」
子供が、魔王さまを……殺す?
「五十年前、前の魔王が瘴気に呑まれて、魔界の門が開いた。
狂化した魔物が人間界にあふれ、新たな魔王が現れるまで止まらなかった」
魔王さまは、遠い昔を思い出すように語る。
「人間は“魔王が復活した”と思ってる。勇者がそれを倒すって。でも違う。
本当は、“新しい魔王が、前の狂化した魔王を殺す”――それが、魔王の継承なんだ」
私は、言葉を失った。
つまり、私との間に生まれる子供が、魔王さまを……?
「……父が悪人なら、きっと割り切れた。けど……」
魔王さまは目を伏せ、低く続けた。
「母を早くに亡くした私に、父はたくさんの愛情をくれた。
でも瘴気に呑まれ、苦しみながら私に……『殺してくれ』と懇願した。
誰も止められなかった。だから私が……」
その苦しみは、想像もできない。
どれほどの決断だったか、胸が痛くなる。
「リンとの子は、きっとかわいい。大切にしたい。
でも……私と同じことを背負わせたくないんだ」
魔王さまの手が、私の背をぎゅっと抱きしめる。
「それに……もし君が、ウンディーネのように力を使いすぎて消えたら、その子は――どれだけ不幸か。考えるだけで、怖くて仕方がない」
そして、ぽつりと続けた。
「でも……それは私たちの感情の話だ。
ウンディーネとマクライアを、ちゃんと解放してやれるのは……私たちしかいないんだよ」
その腕に、もう一度、力が込められた。




