46 前の皇后と前の魔王、そして50年前の何か
リンは、あの“聖女兼・魔王の妻お披露目会”から数日間、ずっと部屋でごろごろしていた。
目眩と吐き気はすぐ治まったけど、魔王さまが「もう絶対安静」って言い張って、部屋からの外出を完全禁止にされたのだ。
レッスンもなし。浄化対象もなし。スネク先生からも逃げ放題だけど、することもない。
遊び相手はエアリアさんか、ご飯を運んでくるネズミイくらい。
(暇すぎる……)
この「皇后の間」って名前のお部屋は、魔王さまのお母さんが使ってた場所らしい。
やたら豪華で、床も壁も大理石みたいなマーブル模様、真っ赤なふかふか絨毯、天井高っ!
神父さまの部屋の何倍ゴージャスなんだろう。
なんとなく、落ち着かない。
私は今日も、部屋のすみっこで体育座りしていた。
「ねえリンちゃん、なんでそんな隅っこいるの?」
エアリアさんが笑いながら声をかけてくる。
「……空間が痛いんです」
「へ?」
もうこの部屋のゴージャスさが、精神にダメージくるのよ!
むしろ、エアリアさんのほうが、すっかり慣れ親しんでて、ここに面白い本があるよ。とかここに隠し部屋からあるの。とか知ってて驚いちゃう。
「ねえ、エアリアさん。魔王さまのお母さんって、どんな方だったんですか?」
「うーん、私が来たのはウンディーネよりちょっと前だけどね。皇后さまが亡くなった後だったんだよね」
「亡くなってたんですか……」
魔王さまの家族の話って、聞いたことがない。
言わない理由があるのかなって、なんとなく聞かずにいた。
「噂ではね、病弱だったみたい。魔王さまが生まれてすぐに亡くなったって」
「そっか……寂しかったでしょうね」
「そうだね。スネク先生の帝王学も厳しかったし。でも、前の魔王さま――魔王さまのお父さんが優しい人だったから、救われたかも」
「へぇ……」
てっきり、交流のない親子かと思ってた。
でも、写真とか絵姿もまったく残ってないってどうなんだろ。
「魔界では、写真とかより魔族の方が長生きしちゃうから。保存文化、あんまりないの」
エアリアさんは肩をすくめて、微笑んだ。
「そういえば、魔王さまって昔ね、庭の噴水で水遊びしてたのよ」
「えっ、あの庭ですか? 私が最初に来たときにエアリアさんとあったところ…」
「そうそう。あそこに連れていって、びちゃびちゃになりながら遊ぶ魔王さまを、前の魔王さまが笑って見てたの。あのときだけは“魔王”じゃなくて“お父さん”の顔してたなぁ」
……ほんとだ。想像つかないけど、ちょっとだけ見てみたかったかも。
「でもね、魔王さまには“つらいこと”があって。それ以来、前の魔王さまの話は……禁句になったの」
「……禁句」
「うん。だいたい、人間界でいうと50年くらい前の話だったかな」
50年前――?
その数字に、私は思わずまばたきをした。
ウンディーネさんが、好きだった人と別れて精霊になった時期と、たしか……同じ頃――。
偶然……なのかな。
「リンちゃんって、魔王さまに遠慮してるの?」
「……本人が言いたくなさそうなことを、無理に聞くのはダメかなって」
「ふふ、いい子ね。でも知りたくなったら、私に聞いて。風の精霊はね、いろんな場所でいろんな声を聞くから。情報収集力、魔界トップクラスなのよ?」
えっへん!と胸を張るエアリアさんは、どこか誇らしげだった。
でもその時――
バタン、と部屋の扉が開いて、魔王さまが暗い顔で戻ってきた。
「魔王さま……?」
「伝書鳥から、SOSがあった。マクライアのギルドに向かったんだ」
魔王さまが人間界にいくと、この間みたいに魔王復活とか言われちゃうから、ほぼ行くことはない。トミーさんが有給休暇でいないし、それだけ緊急のことなんだね。
「……彼は、殺されていた」
え!
――嘘、でしょ。
あんなに、あんなに優しい顔でウンディーネさんが話してたのに……。
言葉が出てこなくて、ただただ、空気だけが重くなっていった。




