43 妻の力、見せて差し上げますわ
多くの重鎮たちが“聖女アンド妻ですビーム”に浄化される中、狸谷宰相のふっさふさな尻尾が、怒りでぶわっと最大限に膨れ上がった。
「魔王さま! 質問に答えておりませんぞ! この人間、我らにとって脅威ではときいているのです!?」
魔王はリンの手を離さず、ちらと視線だけを向ける。
「この人間……だと?」
ひっ、と狸谷が一歩後ずさる。
「口を慎め、狸谷。リンが脅威だと? そうだな、脅威かもしれんな。お前など、リンなら指一本で……」
魔王がにこりと微笑み、自分の指を数センチ、横に滑らせる。
その瞬間——空気が震えるほどの威圧感。
「……消滅するかもな」
そして、さりげなくリンの指に、自分の指を絡めた。
(ちょ、何その演出!? 私、瘴気しか消せませんけど!?)
(ふむ。ならば“お前などいつでもクビ大作戦”で脅せばいい)
心の会話とは裏腹に、指を絡ませ、見つめ合うふたり。
周囲からはそう見えた。
「魔王さま……そんな、脅威に見られてしまうのは……つらいですわ。
でも、わたくし、所詮、人間ですし、聖女ですし……」
(ここ!ここが見せ場!笑顔は演出!涙は武器!!)
滲む——かに見える瞳。
うーるるん!!
からの、
慈愛の笑顔ビーーーーーム!!!
「ふわああああ!!」
鼻血を噴き出して倒れる重鎮たち。
スネク先生がオーガさんを落とした理由、少しだけ理解できた気がした。
狸谷の尻尾がぷしゅーーっと音を立てて萎んでいく。
(なにその高性能尻尾!?)
「で、ですが……!」
まだ言うか狸谷
「素晴らしい方なのはわかりましたが……信頼できる方かどうかは、また別の問題かと」
——案外、真面目だった。
狸谷はただのプライド魔族かと思っていた。
これだけの威圧と浄化を受けても信念を曲げない。
魔界を守るという責任感で立っている。
リンは魔王を見た。
その指先が、ほんのわずかに震えている。
心配してくれてるんだ——この人は、何度もこうして采配を振るってきたんだ。
私は大丈夫。私は、魔王の妻になると決めたから。
「魔王さま、狸谷さまのご領地のお庭……汚れているようですわ」
「なっ、なぜそれを!?」
(ふふ、エアリアの調査のおかげよ。別に聖女スキルじゃないわ)
「おや?そうなのかい?」
魔王がしらばっくれる。
「お国のために頑張ってくださっている狸谷さまのために、わたくし、お掃除させていただきたいです」
魔王を見上げると、その目に一瞬の迷い——
けれど、それはリンだけにわかるサイン。
魔王が指をひと振りすると、気づけば会議室の全員がワープしていた。
場所は、瘴気で汚染された狸谷の領地。
地面から、じわじわと瘴気が浮かび上がる。
紫の陽炎かみえる。
(だから、魔王の跡継ぎを急いでたのか)
魔王は無表情を装いつつ、心の中では動揺していた
ざわつく重鎮たち。
「狸谷宰相!これは……!」
「魔界の門の地下水が、我が領地に繋がっていたようです。瘴気の影響で……。どうにかせねばと思っておりましたが、対応が……遅れました。リン様には、お見通しだったのですね。魔王様、申し訳ございません……」
思ったよりひどい。
リンの額から汗が滲む。
ハタキでどうにかなるレベルじゃなかった。




