41 魔王の妻になりたいと言ったら、教育係が鞭を持ってきました
「ウンディーネさーん! おかえりなさい!」
ぱっと顔を輝かせた。
リンが魔石から戻ってきたウンディーネに駆け寄る。
「ただいま。……無事に帰ってこれたわ」
柔らかく笑うウンディーネに、リンはそっと胸をなでおろした。
ウンディーネはふと部屋を見渡して、眉をひそめる。
「……あれ? ここ、ゴミ部屋じゃないわよね?」
魔界樹のつやつやした机、ふかふかのベッド。
部屋はピカピカで、以前のゴミ山があった無機質部屋から嘘のような豪華な部屋だ。
「えへへ、今日から正式に“聖女デビュー”しました! 一気に出世です!」
ちょっと得意げに胸を張るリン。けれどすぐ、ぺろっと舌を出して照れ笑い。
「でも、さすがにちょっとだけ体力使っちゃいました……」
「ふふ、よく頑張ったわね」
「それで……マクライアさんとは?」
少し声を潜めて尋ねると、ウンディーネはふっと肩をすくめた。
「おっさん、通り越して、ほぼお爺ちゃん。情けないったらないわ」
ぽつぽつと語られる再会のエピソードに、リンは思わず声を上げる。
「汚れた鍋敷き……!? それ、魔王さまスタイルじゃないですか!」
「でしょ!? 50年ぶりの婚約者に座布団のつもりで鍋敷き渡して、しかも『どちらさま?』って! 昔から鈍感だったけど、あれはもう犯罪レベルよ!」
ぷんすか怒るウンディーネ。
けれどその頬は、ほんのりと赤い。
――よかった。ウンディーネさん、ちゃんと幸せそう。
リンはそっと、嬉しそうに笑った。
* * *
朝から、魔王さまは不安定だった。
部屋の中をそわそわ歩き回ったかと思えば、急に抱きしめてきて――
「もうここに閉じ込める!」
本気で言い出す始末。
「魔王さま、私が選んだことです。大丈夫ですよ」
抱き返して背中をトントンすれば、いったんは落ち着く。でもすぐに、また不安そうな顔でつぶやく。
「……リンに何かあったら、俺……どうすればいい……?」
いつもは頼れる大人なのに、今の魔王さまは、まるで泣き出しそうな子どもみたいだった。
――だから私は、迷わず言った。
「わたし、あなたの妻になりたい」
手を握って、まっすぐに見つめる。
魔王さまの瞳が、涙でにじむ。その繰り返し。
そのとき――
バァアアアアアアン!!!
扉を破って乱入してきたのは、トミーさんとヘビ鞭を構えたスネク先生だった!
「魔王さま……秘書官から聞きましてよ。まあまあ、なんとぐずぐずと!わたくしの教育が間違っておりましたわ!!!」
ピシッ! パシッ!!
「い、痛っ!? 先生!? なぜ私までーー!!」
「帝王とは、なんぞや!!」
「わ、〝私はこうありたいを世界に押し通せる存在です!〟」
(えっ!? 魔王ってそういう立場なの!?)
「そう、姿勢! 髪! 指先! あなたのすべてが命令なのです!」
(わ、私の指先、ボロボロなんですけど!?)
リンは急いで髪と爪をチェック。
「そして……黙っていても背中で支配できる姿勢!!」
パシッ!
(だから、なんで私にまで鞭がーー!!)
「そしてリンさん!」
「は、はいっ! 私が世界基準です!!」
「個人的にはそれでよろしい。ですが、あなたは魔王の妻!!」
「は、はい! でも、まだ正式では……」
パシッ! パシッ!!
「魔王に愛されるだけでは魔王の妻になれません!
魔界すら従える女になること――それが真の魔王の妻です!! さあ、お行きなさい!!」
「はいぃぃぃっ!!」
二人は、スネク先生の怒涛の鞭に追われるように、最上階の会議室へと駆け出していった。
――そこで、魔界を揺るがす初の聖女誕生がまっている。もちろんリン本人は、そんな大事になるとは微塵も思っていなかったけれど。




