39 もう会えないはずの君と、ふたりで過ごした日
伝書鳥を肩に乗せたまま、マクライアは自分のギルド兼住居の扉を押し開けた。
その手には、小さな指輪――
かつて、恋人アルデリアに贈ったただ一つの形見を大切に握りしめて、すぐさま「本日休業」の札をかけて、扉にぶら下げる。
「アルデリア、ちょっとだけ……待っててくれ」
彼は振り返り、そっと指輪に声をかけた。
目元は赤く、鼻をすすりながらも、どこか少しだけ安堵しているように見える。
まずは伝書鳥に水と食事を出す……はずだったが。
「……あー、そういやコイツ、普通のエサじゃ食わねぇんだった」
戸棚を開け、取り出したのは――まさかの鶏肉。
しかも、下ごしらえから始めなければ...
「唐揚げが好きなんだよな、こいつ。グルメ鳥でさ……」
まな板の上で手際よく肉を切る。
調味料をまぶし、粉をまぶす。
長年の習慣が染みついた手つきで、調理はあっという間に進んでいった。
一方そのころ――
指輪の中から、精霊として存在するウンディーネ(=かつてのアルデリア)は、そっとマクライアの様子を見守っていた。
……うそ。
あんなに何もできなかった人が。
台所仕事だけは様になっちゃってるじゃないの!
まるで時間を飛び越えたような光景に、ウンディーネの胸がきゅっとなる。
50年の月日は長い。
人を変えるには十分だ。
「…美味しそう。私も食べたかったな」
油に唐揚げを落とすと、じゅわわわっという食欲をそそる音が響く。
「うっ……すまねえ……ほんとだよ……食べさせたかった……」
じわりと目元を濡らしながら、マクライアは手でそれを拭う。
もう涙を拭うことに夢中になり油忘れてる!!
「油から目を離しちゃダメ!!!」
思わず叫ぶと、マクライアはびくっとして反応した。
「はいっ!!」
相変わらず真面目で不器用なのだ。
時が変わっても、持って生まれた性格は変わらない。
ウンディーネは苦笑しながら、ほんの少しだけ目を細める。
「相変わらずね、ほんと。……でも、なんか安心した」
再会すれば怒りで壊れるかもしれない。
そんな不安さえ、今はどこかへ消えていた。
唐揚げを与えられた伝書鳥が、満足そうに羽を膨らませる。
マクライアはキョロキョロと室内を見渡し、申し訳なさそうに言った。
「ごめんな。……いい座布団が見つからなくて」
そして、まさかの汚れた鍋敷を引っ張り出し、その上に指輪をちょこんと置こうとする。
「……こらっ!!せめてタオルくらい敷いてよ!鍋敷きって何よ!しかも汚れてるじゃない」
「は、はいぃっ!」
棚をごそごそと探し、綺麗なタオルを持ってきて丁寧に折り畳む。そして、そこにそっと指輪をおいた
この指輪には、魔王とリンが小さな魔石を仕込んでくれていた。おかげで、精霊となったウンディーネも、指輪があれば、空間を移動できる。
「あの二人、いわくつきの指輪なのに……ラブラブで細工なんかしちゃってさ。もはや“呪われた指輪”に戻れないじゃないの、これ」
そうぼやきながら、指輪の上でふわりと水が揺れ、人の姿を象っていく。
それをぼんやりマクライアは眺めていた。
現れたのは、かつての恋人――今の精霊、ウンディーネだ。
変わらない。
口調も、見た目も。
俺は歳をとってしまった。
だけど、アルデリアは変わらないんだな
「……あ、あの」
「なに? 」
「唐揚げは無理でも、お茶とかなんか食べられるもんあるか? 作るよ」
『あんた、変わらないわね……。でも、もう体はないから食べられないの』
「……そっか」
二人の間に、ほんの短い静けさが流れた




