38 墓前で泣いた元勇者に、元カノ精霊はブチギレた
取り残されたような寂しい墓地に、マクライアはそっと小さな花束を置いた。
そこに眠る者はいない。
けれど、この墓は、かつて愛した人、アルデリアのための場所だった。
「……また来ちまったな」
膝をついて、草に指を触れる。
焦りばかりの若い日々。
役立たずの烙印。パーティでの孤立感。
情けなさと、それでもそばにいたいと願った想い。
「……結局、守れなかったよ。俺は」
あの日、魔界の門が開き、押し寄せる魔物の群れの中で。
成果を出そうと焦った自分が、目をつけたのは――まだ幼い九尾の子ども、トミーだった。
斬りかけた刹那――母親が庇い飛び込んできた。
だが盾役のキリルが、躊躇なくその母親を殴り殺した。
「俺は……魔物だろうが子供だろうが、ためらわず斬れる男になっちまってたのかって……あの時、ようやく気づいた」
アルデリアは血を吐きながらも回復魔法を放ち、母親を救おうとした。
けれど間に合わなかった。
「お前が命を懸けて守ろうとしたものを……せめて俺が、最後まで守ろうと思った」
ガブリエルの放った炎からトミーを庇い、自分も全身に大火傷を負った。
生死の境をさまよい、気づいた時には彼女の遺体すら残っていなかった。
「……生きてて、ごめんな」
墓前に深く頭を垂れたその時――
「クルルッ」
見覚えのあるカラスが頭上を旋回し、降り立った。
「……伝書鳥、か」
あの少女を送って以来、戻ってきていなかったので気になっていた。
その足にくくりつけられていたのは、小さなカプセル。
ん?何かまた魔王様から連絡事項か?
伝書鳥がマクライアの腕に止まる。
またすっかり顔馴染みだ。
そしてその中には――
「……っ!」
あの時、自分がアルデリアに贈った婚約指輪。
安物だったが、何十回もダンジョンに潜って、必死に手に入れた唯一のプレゼント
「アルデリア……」
震える声でつぶやき、膝の上で指輪をぎゅっと握りしめる。
思い出と後悔で、涙と鼻水がボトボトと落ちていく。
魔界の門で、アルデリアの亡骸を探したが見つからなかったんだ。これは唯一の形見だ。
魔王様、見つけてくれたんだろうか?
「ごめん……ほんとにごめん」
マクライアは50年ぶりに触れる指輪に懺悔するしかなかった。
だが、その瞬間だった。
「――あーもう、握りしめないでくれる? 出るに出られないじゃない」
「へっ……?」
墓地に、マクライアの間の抜けた声が響いた。
どこから?どこから声した?
そーっと、握りしめた指輪を見る
「『へっ?』じゃないわよ! アンタほんと変わってないわね!」
その指輪から、マクライアの目の前にふわっと人の形をした魔素が立ち上がる。
そこに現れたのは――かつての恋人、いや、今の精霊・ウンディーネだった。
「え、え、えっ……ど、どちらさま?」
思わず腰を抜かす。
だ、誰?
オタク、誰?
マクライアは凝視しながら呟く。
「はぁ~~っ!? この顔! この声! どう見たってアルデリアでしょ!? 少し姿が精霊っぽくなったくらいで見分けつかないとか、どんな鈍感よ!」
怒りの指先でマクライアの胸をぷすりと突く。
「ていうか、年取りすぎて顔変わったのアンタの方なんだからね!? こっちはほぼそのままよ!」
びしっと指を突き刺される。
これだけごめんと泣きながら、
まさかここで「どちらさま?」って言われるとは。
さすが、マクライアだわ。
この鈍感力、変わってなさすぎる。
でも、こんな困った奴だからこそ、わたし、好きになったのよ――
ウンディーネは頭を抱えたくなった。




