35 精霊になった聖女の話
ここから、ウンディーネの過去回です。話がちょっと長め&重めですが、大事なところなので読んでもらえたら嬉しいです!
「……私ね、もともとは人間だったのよ」
ぽつりと、ウンディーネが呟いた。
「えっ? 精霊じゃないんですか?」
「それは、今の姿ね」
そう言って、ウンディーネはかすかに笑った。けれど、その瞳は少し寂しそうだった。
「私は、聖女としての力が生まれつき強かったの。それでよく頼まれて、ダンジョンに潜っていたわ。……そこで、ある男の人と出会ったの」
「男の人?」
「弱かったけど、まっすぐで一生懸命で……毎日、剣の練習をしていたの。よく怪我してね、私がいつも回復魔法で治してあげてた」
「回復魔法って、聖女の?」
「ええ。あなたも、きっと使えるようになるわよ。教えたくないけどね。利用されるから」
ウンディーネはそう言って、ウインクをしてみせた。
「私、回復だけじゃ足りなくて、ポーションも、解毒剤も、防御薬も……ぜんぶ自分で作ってた。そうするしかなかったから。
でも彼は優しくて、私の魔力を心配して回復を断ってくれることもあったの。そんな彼に惹かれていったわ」
「……その人って、もしかして」
「そう、勇者に選ばれたの。あの水晶にね」
「勇者……ギルド長!?」
「ええ。名前はマクライア。今はどうか知らないけど、あの人が勇者なんて、ね」
ウンディーネは皮肉めいた笑みを浮かべた。
「パーティは、私が回復役で、偵察がリース。魔法使いはガブリエル。
そして盾役が――キリルって男。物資を運んだり、ダンジョンの前衛もやっていたわ」
「……キリルさんって、教会に出入りしてるの、何度か見たことあります...ってえっ!ガブリエルってあのガブリエル神父??」
「ふふ……まだ繋がってるのね、あの二人」
ウンディーネの声が、ほんの少し震えた。
「魔界の門が開くと、魔王が復活する。それで私たちは魔王討伐に向かったの。……そのとき彼は言ったのよ。“これが終わったら結婚しよう”って――指輪をくれた」
一瞬、ウンディーネの瞳に光が宿った。でも、それもすぐに翳る。
「でも、その日は来なかった」
彼女の声は、静かに沈んでいった。
「瘴気がすごくて……周りには見えない。でも、私は見えるから、ひたすら浄化したの。どんどん狂化した魔物が押し寄せて、回復魔法を撃ちまくったわ。体が壊れそうでも、吐血しても、なんとかしようとした。でも無理だったの」
「……」
「それなのに、彼は言ったの。“助けてくれ、聖女だろ”って――泣きながら縋ってきた」
リンは言葉を失った。
「魔王ですらこの状況を止められないのに……どうして、私にできると思ったのかしらね」
ウンディーネは、少しだけ笑った。痛みの混じる、乾いた笑みだった。
「そこに、トミーさんがいたの。まだ小さくて、何も知らなくて……
マクライアは剣を振り上げたのよ。
“魔物”って! 誰であれ、子供を一番に狙うような人じゃなかったはずなのに――」
「……!」
「トミーさんを庇って、お母さんが前に出た。そこを、今度は盾役のキリルが殴り殺した。
その時のトミーさんの顔が記憶から離れなくて、私は……思わず、全部の回復魔法を放ったの。でも、間に合わなかった」
ウンディーネは、そっと胸に手を当てた。
「そこで、私の人間としての時間は終わったの」
「……」
「それからは、何もかも壊れたみたいで、何がなんだかわからなくて。
でも――魔王様が、私の指輪を外してくれたの。“きれいな心を思い出して”って」
ウンディーネは、ふっと微笑んだ。
「それで、ようやく思い出したの。助けたかったんだって。
ただ、それだけだったのにね」
ウンディーネは机に置かれた指輪の周辺をくるくる回る
指輪には、マクライアと……アルデリアと彫られている。
「ウンディーネは精霊の名前。ほんとはアルデリアっていうのよ」
ふふっと微笑んだ。
「浄化されて、自分のそばに戻ってきたら……なんか、久しぶりに会いたくなっちゃった。変よね。あんなに憎んだ人なのに」
指輪が、きらりと光る。
「愛されたかったの。みんなに搾取されてたから、大切に思ってくれる人が欲しかったの。
でも、スネクの教育を見て、あなたたちを見て、わかったわ。
私が選べばよかった。“そんなこと言うやつお断りだ”って、“浄化してほしかったら跪け”って、言ってやればよかった」
ウンディーネは泣いた。
「そして、あなたたちみたいに――一緒にいれば、それだけで幸せなんだって。
役に立つとか、立たないとか、関係ないんだって……気づければよかった」
ウンディーネは、リンを見つめた。
「わたし、マクライアに会いに行こうと思う。
自分がここに戻れるのか、会ったら狂化するのかすらわからない。
だから……リンちゃんが求めるなら、私が知ってる知識をすべて、あなたに渡す」
「でも、覚えていて!
意識的に、もしくは無理やり使ったら、わたしみたいに――あなたの命を削ってしまうわ」
リンにとっては衝撃だった。
でも、私にしかできない。
ウンディーネさんと同じ道を辿りそうだった。魔王さまに何かあったら、きっと全力で助けたいと思うはず。
だけど、
「聖女の技術、引き継ぎます。大丈夫! だって私が世界基準だから!!」
リンは笑って言った。




