30 「ごめんね」って泣いた魔王さまに、ぎゅっとされました
魔王さまがくる。
魔王さまと会える。
スネク先生には
「選ぶのは自分だ! 跪かせろ!」
って叩き込まれたけど――
落ち着いてくると、それよりずっと、
また会えることのほうが嬉しかった。
……わかってる。
魔王さまは、優しい人だ。
商店街で「嫁候補」と言っていたのも、きっと事情があったんだ。
今回の嫁宣言は、魔王さま本人が望んだものじゃないかもしれない。
意地悪なメイドさんたちは、魔王さまには身分の高い魔族の女性からの結婚の申し出がたくさん来てるって言っていた。
魔界では人間の立場が弱いことも、嫌というほど知った。
だから。
どれだけスネク式で「選ぶのは私!」と訓練されても、
魔王さまが不利を被っているんじゃないかと思うと、申し訳なさで胸がつぶれそうだった。
……それでも。
会いたい。魔王さまに、また会いたいよ。
そう思いながら振り向くと――
魔王さまが、そこに立っていた。
「あ……」
「その、ノックしようと思ったんだけど……気づいたら転移してた。」
(毎晩の癖とは言えない)
気まずそうに目を逸らす魔王さまに、ふっと胸が熱くなる。
リンの顔を見た瞬間、魔王は目を細めた。
夜はわからなかったが、髪も肌も、以前よりずっと健康的になっている
少しだけ、顔色もいい。
肉付きも良くなって――とはいえ、まだ痩せてる。厨房長にまた頼まなければ。
あと……
「魔王さま、魔王さま……っ!」
リンの目に涙が溜まり、あっという間にこぼれ落ちる。
魔王は、何も言わずにぎゅっと彼女を抱きしめた。
ああ――
戻ってきた。ようやく、彼女のもとに。
この子は何も知らされず、いきなり魔王城の曰く付きの部屋に閉じ込められて。
頼れる人もいない。
周りからの嫌がらせにさらされた
理由もわからないまま、スネクの“理不尽特訓”を受け続けていた。
どれだけ、怖くて、苦しかっただろう。
俺は、何も伝えてやれなかったのに。
「リン……ごめん。本当に、ごめんね……」
情けないくらい、涙が止まらなかった。
こんなふうに弱さを見せるなんて、魔王になってから初めてだ。
それでも、今だけはいいと思えた。
リンの前でなら、泣いてもいいと思えた。
あのリンの過ごした少しの期間は、家族と理不尽に別れなければならなかった自分にとってとても愛しい瞬間だった。
いつも先頭切って指示をして、どんな時にも表情を崩さず、魔王という立場で、全てを諦めなければならないのに。
リンとの過ごした日々を自分のものにしたかったのだ。
俺は認めなければならない。
リンが好きだ。
気を使わないで、変なことを言っても笑ってくれて、みんなが魔王、魔王という中で、一人でできることを頑張ってくれた彼女が好きだ。
二人で抱き合って、声をあげて泣いていた。
そして、泣き止んだ頃。
リンが涙を拭って、ぽつりと笑った。
「スネクさんの指導って、泣いて、オーガさんのおにぎり食べるまでが成長のワンセットなんだって。オーガさんが言ってました」
その言葉に、魔王の記憶の奥がくすぐられる。
かつて、泣きながら厨房でにぎってもらって食べたおにぎりのことを思い出した。
魔王は、ゆっくりとひざまずいた。
「リン。俺は、君に理不尽ばかり強いてきた。
これからも、きっとたくさんつらい思いをさせると思う。
けど……そのたびに、一緒に泣いて、笑って、愚痴って、
オーガのおにぎりを一緒に食べよう」
リンは、目を丸くして――
すぐに、とても嬉しそうに笑って、頷いた。
「はいっ!」
泣き回です!スネクの“泣いて成長→おにぎり”説がまさか魔王さまにも!?
ふたりの距離がグッと近づいた回なので、よければブクマ・感想いただけると励みになります!




