29 魔王さま、それって恋じゃないんですか?
「さて、これからどうしようかな」
魔王は執務室に戻ると、椅子に腰を下ろし、机に肘をついて息を吐いた。
号外がすでに出回っている。誰かがリークしたのだろう。手回しが良すぎる。
「え? 考えて宣言したんじゃないんですか?」
トミーが目を丸くする。
「考えたさ。とびきり打算的に、な」
魔王は微かに笑った。
「けど――リンを嫁にする。……これ以上マシな手が、あるか?」
これで堂々と、会いに行ける。
今までは、理由がなければ顔を出せなかった。
寝顔を盗み見るしかできなかった日々が、やっと終わる。
……会える。
それだけで、どうしようもなく、胸が高鳴る。
顔が見たい。声が聞きたい。ちゃんと眠れてるか、ごはんを食べてるか。
(……それだけだ。ただ、それだけ)
何度もそう思い込もうとしている。
けれど、心のどこかでは気づいている。
これはもう、ただの情じゃない。
とっくに――好きになっている。
けれど、彼女にとって自分は「守ってくれる大人」だ。
この異世界で頼れる存在が、他にいないから甘えているだけかもしれない。
そんな立場の自分が想いを告げたら――
それは、愛じゃなくて命令になる。
しかも、彼女は自分が聖女だと知らない。知った時、利用されたと悲しむだろうか。
「リンさんに会ったら、なんて言うつもりなんですか?」
「……さあな。“愛してないけど、結婚してくれ”……とか?」
「最低ですね、それ」
トミーが肩をすくめた。
「ていうか、本当に愛してないんですか?」
魔王は言葉を飲み込んだ。
「ごはん、ちゃんと食べてるか。眠れてるか。魔王さま、毎日気にしてますよね?普通、そこまで他人のこと見ませんよ」
「……恋ってのは、もっとこう、触れたいとか、抱きしめたいとか、そんな感じじゃないのか?」
そういうのはない。
少なくとも、自分はリンにそういう欲を抱いたことがない。
「でも、“隣にいてほしい”って願ってるんですよね?それ、十分すぎるほどの愛情だと思いますけど」
「……ただ、笑っていてほしいだけなんだ」
それが、自分の唯一の願いだ。
トミーは静かに笑った。
「それが“好き”じゃなかったら、たぶん、もう何も信じられませんよ」
魔王は目を伏せた。
――どうやら、自分はもう、恋をしている。
⸻
夜。リンには、人目を避けて行くと伝えてある。
それだけで緊張が走る。
今日の会議なんかより、よっぽど怖い。
絶望的な状況のはずなのに、
会えると思うと、どこか嬉しくて。
でも――嫌われたら?
泣かれたら?
一つ、息を吐いた。
「……だいじょうぶだ。大丈夫」
根拠のない言葉を呟いて、魔王は、リンの部屋へと転移した。




