27 魔王会議、修羅場につき
魔王城 最上階会議室
窓を開ければ、薄靄に包まれた城下町が霞んで見える。
ふわりと風が舞ったが、エアリアの気配はない。
──まあ、来るはずないか。
こんな、腹黒魔物だらけの密室に、精霊が好き好んで来るわけがない。
エアリアもウンディーネも、あの子のそばにいるのは……あの空間が澄んでいるからだ。
「それで魔王様──ご説明いただけますかな?」
会議室の空気を裂いたのは、狸谷宰相の声。
丸い尻尾がピクリと揺れ、金縁の眼鏡がギラリと光る。
「人間の娘を、嫁候補にしたという噂。あれは……本当ですかな?」
出た!初手から爆撃!さすが狸谷様!
周囲の魔族重鎮たちは、ニヤニヤが止まらない。
こいつは大波乱の予感だ。
「説明も何もない。人間界に逃げた魔物回収に行ったとき、彼女に一目惚れした。それだけだ」
魔王はいつも通りの無表情で、平然と爆弾を投下した。
一瞬、静まり返る。
……そして、爆発。
「正妻という意味ですか!? 妾なら、まだ……!」
狸谷の目がカッと見開かれ、尻尾が逆立つ。
「おや? 私が愛した人を、妾にしろと?」
魔王の目が、きらりと光った。
周囲の空気が凍る。
「ま、魔族の血を絶やすおつもりかと……!」
「我が家の姫もお会い願えませんか!」
「抜け駆けはなしだ、うちの娘も──!」
堰を切ったように、各家の重役たちが口々に叫ぶ。
完全に婚活戦争である。
「静まりたまえ」
一喝したのは、トミーだった。
メガネをくいと直し、表情を崩さない。が──
(……いやいやいや、いつ惚れて、いつ愛して、いつ求婚したんですか)
手がぷるぷる震えていたが、周囲は「怒り」と勘違いしてくれたようで、場は静まり返る。
だが、狸谷は引かない。
「魔王様。先日の瘴気事件。門の綻び。魔物の暴走。お体は……限界なのではありませんかな?」
魔王の目が、かすかに揺れる。
「……」
「我々は知っております。先代魔王の最期も。
瘴気を抱えすぎた魔王は理性を喪い、“魔王復活”となる──」
ざわり、と空気が動いた。
誰もが知っている事実。
そして、それを討ったのが今の魔王であることも──
「だが魔王様、貴方には後継がいない。どうされるおつもりで?」
「まだ死ぬつもりはないが……。それとも宰相、私が倒れたら君が代行するかい?」
魔王は口元を緩める。
スネク式の教育のおかげで、表に出す感情は抑えられている。
……だが、リンの前では毎回だだ漏れだ。
「ご存知のはずです。魔王になれるのは、魔王の血を継ぐ者のみ!」
狸谷が叫ぶ。
「だから嫁を決めていただきたいのです!」
「わたくしどもの子供は、自身の犠牲など厭いませんぞ!」
ふん──
お前やお前の子は“名誉”がほしいだけだ。
だが、産まれてくる子供が同じだと思うな。
脳裏に、かつての父の最期がよぎる。
震える手。潰れる声。
あのときの絶望が、今も背後に張りついている。
(父さん……ごめん)
魔王はゆっくりと立ち上がる。
「私の後任の件は保留だ。瘴気は処理済み。体調に問題はない。そして──」
言葉を区切り、ゆっくりと一歩前に出た。
「私は、リンを嫁に迎える予定だ。以上だ」
どよめきすら起きない。
ただその背を、皆が無言で見送った。
唯一、表情を崩したのは──
「へぇ……言っちゃったな」
にやりと笑ったトミー。
(いよいよ、聖女が魔王の嫁になるか)
狐の目が、妖しく細められた。




