24 聖女の力があがったら嫉妬の力も上がった件について
「リンちゃん、聖女の力……だいぶついてきたわね」
ぽつりと呟きながら、ウンディーネは小さくなってきたガラクタゴミ山を見つめた。
今日もリンは、スネクの特訓で地下訓練室へ。
部屋にひとり残されたウンディーネは、ため息と一緒に手を組む。
「ペース、早すぎるのよ……」
魔王城に来たばかりの頃のリンは、風に揺れるタンポポみたいだった。
髪はぼさぼさ、肌も荒れて、体もガリガリ
聖女? まさかねって本気で思ってた。
なのに今は――
真っすぐ前を見て歩く。姿勢が美しい。
メイドたちの視線が変わってきたのも、気のせいじゃない。
最初は笑ってたくせに、最近は……嫉妬。
「……あの子を守る方が、大変かもしれないわね」
ウンディーネの視線が、ふとゴミ山へ戻る。
「でも……その前に、私の番か」
かつて魔王に託した、人間だった時の、愛した人との思い出の品。
怨霊になりそうになった自分が、その品を手放すことで、自身の浄化力と魔王の力で精霊になった。
この呪われた山のどこかに、それが眠っている。
もしリンが見つけてしまったら――
「……覚悟、できてないのに」
そのとき、ふわりと風が吹き抜けた。
「やっほ〜、おおっ!お掃除進んでるじゃん」
エアリアがふわっと舞い降りて、曰く付きごみ山の減り具合に目を丸くした。
「リンちゃん、多分……私より強いわよ、聖女として」
「ウンディーネが言うなら、相当ね。でも、そのせいで嫌がらせが悪化してる」
エアリアは困ったようにいう。
「……なにがあったの?」
「今日なんて、水ぶっかけられてた」
「はぁ!?」
ウンディーネの顔がひくつく。
「でも本人、にっこり笑ってこう言ったの。“あら、そんなことしかできないなんて可哀想。私ならそんなことしないけど”って」
「うそ……」
「そのあと私に『乾かして』って頼んで、乾いたら“失礼します”って。完璧だったわ」
「スネク、やりすぎよ……」
「でも似合ってたよ。“視線でねじ伏せる女”って感じ」
「……リンちゃんが……」
ウンディーネが目を伏せると、エアリアはにやりと口角を上げた。
「寵愛、受けてるからね。どっちにしてもやった子たちも、無事にはすまないわよ?」
「……寵愛?」
「ふふん、知らないの? 魔王さま、毎晩リンちゃんの寝顔見に来てるわよ」
「な……!?」
「布団蹴ってたらかけ直して、頬とか撫でたりして」
「それ、アウトじゃないの!?」
「寝てるからセーフでしょ? リンちゃん、帰る場所ないんだもん。保護者のひとりやふたり、いてもいいじゃない」
エアリアはふわふわ漂いながら、ぽつりと言った。
「人間の世界にも、魔物の世界にも、彼女の居場所はないんだよ。精霊になれば話は別だけど……中途半端なままだと、どこにも属せない」
「それでも、誰か一人でも味方がいたら……家族みたいに思ってくれる人がいれば……それだけで救われるものよね」
ウンディーネは静かに呟いた。
「ま、魔王さまはその辺まったく自覚してないみたいだけど。あの人も家族はいないから惹かれたのかなあ」
エアリアは、魔王がすでにリンに恋に落ちていると思っているようだ。
たしかに、毎晩見にくるなんてらしくない。
どちらかというと、誰に対しても冷静平等。
心を許しているのはトミーにだけだと思っていたが。
それとも勇者、もしくは聖女という肩書きが気になっているのだろうか?
「……まあ、あの人は一定のところで線を引くでしょう」
ウンディーネは魔王の普段の姿からそう考える。
リンは人間だし、連れてきた手前、目を離すわけにはいかないからあの距離感なんじゃないだろうか?
それこそ、父親みたいな....
「本人だけは“保護者のつもり”で、着実に沼にハマってるっていうのが……いいよねぇ」
「なにが“いい”のよ」
「ううん、なんでも」
エアリアはくすくすと笑い、また風に溶けるように姿を消した。
残されたウンディーネは、曰く付きゴミ山を見つめなおす。
「……急がなきゃ、私の気持ちのほうが間に合わなくなるかもね」




