18 まだ“候補”ですから! 魔王さまの焦りと聖女の寝落ち
無理やり寄せたガラクタ山のすき間には、ふかふかのお布団が敷かれていた。
今日も――秘書官のトミー、メイドのリン、そして魔王さま。三人は川の字で就寝スタイルだ。
「……おやすみなさい」
リンは魔王さまの顔をちらっと見てから、毛布にくるまり、コトンと寝息を立てはじめた。
……三秒で寝落ち。
「……あんなことのあとでも寝られるのね」
ウンディーネが呆れたように言ったが、リンにとってはいつも通りだった。
孤児院では子どもたちとくっついて寝ていたし。
魔王さまと一緒でも、トミーさんも隣で寝てるし、特に違和感はない。
――でも。
「りんちゃん、おかし〜!」
布団の端っこでエアリアがくすくす笑いながら転がる。
え? なにが? どうして??
リンは心の中で小さく首をかしげたまま、すやすやと夢の世界へ。
※ ※ ※
「寝ましたか?」
「寝ましたね」
夜更け、そっと起き上がるトミーと魔王。
二人は静かに寝室を出て、台所へと向かう。
ネズミイは鍋の中に潜り込みながら、寝床を調整中。
「……なんだよ。夜中まで作業すんのかよ」
「いや、ちょっと話したいことがあるんだ」
魔王の声は、めずらしく真剣だった。
それを聞いたウンディーネも、魔石からゆらりと現れる。
「リンの掃除の件だけど……」
「おいおい、あいつの掃除姿に発情しろって? 今日はびっくりしたぜ!」
即ツッコミをかますネズミイ。
「ち、ちがっ……! ハレンチだ!そういう意味じゃない!」
魔王さまが珍しくうろたえて、耳まで真っ赤になる。
「発言がハレンチなんですよ、あなたが」
トミーが冷静に刺してきた。
「まあまあ、茶化すのはそこまでにして」
ウンディーネが腕を組む。
「話したいこと、私も察してるわ」
魔王が小さく息をのむ。
「やっぱり……そう、なんだね」
「?」「???」
ネズミイとトミーが揃って首をかしげた。
「彼女――リンは、聖女よ。しかも、相当な力を持ってる」
「ええええええええ!?!?!?」
ネズミイとトミーの声が、廊下に響きわたった。
「マジかよ! もっとこう……聖女って聖女な感じかと思ってたぞ!?」
「でもよく考えると、リンさんが掃除したあとって、空気が澄んでるんですよね」
「初日に会った時、あれって思ったの。台所、カビや汚れだけじゃなく瘴気まで消えてた」
「……ハタキのせいじゃなかったのか?」
「だったら全員パタパタしてるわよ」
「今日の噴水や小川も、リンの掃除のあと瘴気が消えたんだったな」
「絨毯もね。踏んだ瞬間に、瘴気がじわっと抜けてった」
「そうそう〜。私は風を通しただけ〜」
エアリアがふわっと登場して、指先で空気をくるくる撫でる。
「リンちゃんが瘴気をほぐしてくれてたおかげで、廊下もスイスイだったよ」
天然、無自覚、でも最強クラスの浄化能力。
リンは――まぎれもなく、「聖女」だった。
「これ……大変なことになるぞ……!」
トミーが真顔になる。
「聖女って、本来は魔王を浄化するために召喚される存在じゃないですか……!」
「つか、“嫁候補”になった前例なんかねえだろ……」
ネズミイが頭を抱える。
「……でも、大義名分になるわ」
ウンディーネが肩をすくめる。
「瘴気を消してくれる存在が魔王のお嫁さんですもの。国民みんな大喜び。」
「いや、わたしは……そんな打算じゃ……」
魔王は視線をそらして、耳まで染めて口ごもる。
その顔に、なんとなくリンを意識している?と思わなくもないがーー
トミーはあえて、何も言わなかった。
そのとき――
ドンカラガッシャーーン!!
寝室から、轟音が響く。
「しまった……リンは!!」
「寝相が悪いんだったーーー!!」
深夜の魔王城に、魔王さまの全力ダッシュが響き渡る。
あのゴミ魔窟は、曰く付きだらけだ!