16 メイドの掃除魂、風と水を味方につける
《これまでのあらすじ》
リンが淹れたコーヒーで、魔王と秘書官トミーがゆったり台所で朝を迎える。
しかし、瘴気にまみれた魔王城の廊下は紫色の霧で視界が遮られ、絨毯もドロドロに溶けかけている。
ウンディーネが城前の白い噴水と小川に魔石を持って行けば、絨毯を清められると提案。
掃除好きのネズミイが怒りのモップを持って参戦。
魔王とトミーは執務を台所で続けつつも、現実逃避気味にくつろぐ。
こうして、瘴気に負けずに掃除作戦が始まるのだった。
魔王城の正面――
本来は真っ白なはずの噴水が、いまや見るも無惨な姿をさらしていた。
濁った水面には、謎のゴミがぷかぷか。
小川には紫の靄が立ち込め、ブンブンとうるさい虫が飛び交っている。
……もはや瘴気の沼地である。
「こっちは任せて。あいつら、水が苦手みたいだから」
ウンディーネが水球をふわっと浮かべると、それが一斉に虫たちへと飛んでいく。
ぎゅぎゃーピチピチ!!!
「虫の断末魔ですよね!? ピチピチって何の音ですか!?」
リンが思わず叫ぶ
ウンディーネは容赦なく水流が虫どもを処理し続ける
その間に、ネズミイがモップを構えた。
「掃除はな、磨きが命!」
「はいっ、師匠!!」
モップとたわしを手に、リンも気合い十分で続く。
リンが、紫煙に包まれた床をこすれば、不思議と少しずつ霧が晴れていく。
その隣でネズミイは、汚れを職人技でゴリゴリと磨き上げた。
「……ん?なんか光った?」
リンはしゃがみ込み、裾を膝上まで捲って帯でぎゅっと結ぶ
細い足があらわになる。
小川の中に入り、底に手を差し入れると
ずしりとした、冷たい感触。
手のひらサイズの透明な石が、光を反射してきらりと輝く。
「これ……魔石?」
その瞬間。
――ゴウッ!!
リンの手元から、突風が噴き上がった。
「リンちゃん!」
「危ねぇっ!」
ウンディーネが水の壁を張り、ネズミイが吹き飛ばされそうなリンの腕をつかむ。
空中に立ちのぼる風の柱。
その中心から、淡い光が差し――
「うあ〜……やっと出られた〜!」
ふわりと現れたのは、宙に浮かぶ女性だった。
長い髪を風になびかせ、両手を上げて大きく伸びをする。
「エアリア!? こんなところにいたの!?」
「ウンディーネ?水、めっちゃ冷たかったんだけど〜!」
ふわふわと漂う女性は、風そのもののような存在。
無邪気な笑みと抜けた雰囲気が、妙に場に馴染んでいる。
「ネズミイ、リンちゃん。この子はエアリア。風の精霊よ」
「よろしくね〜。最近は水も来ないし、ここきったないし、瘴気は溜まるし、寝てたらこんなことに〜」
エアリアによれば、瘴気のせいで誰も来なくなり、水も止まって長らく放置されていたらしい。
ウンディーネも洗い場に埋まってたし……
そりゃ噴水も止まる。
リンは、ふわふわ浮かぶエアリアを見上げたまま、目をぱちくり。
「エアリアが協力してくれるなら、掃除も早く終わるわね」
ウンディーネが言うと、エアリアは嬉しそうにぴょんと跳ね、絨毯の山を見下ろす。
「うわっ、ドロッドロ。これ洗うの?」
「はい! お願いします!」
「オッケー☆ お風呂みたいにしちゃうよ〜!」
こうして――
水と風による、精霊スペシャル絨毯クリーニングが始まった。
エアリアの風で絨毯を小川までひゅんっ!
リンがそれをフミフミ。ウンディーネが水をバシャー!
紫の汚れが、じわじわと落ちていく。
「どす黒……紫……薄紫……」
リンが呟いた。
そして。
「……透明!」
溶けていたはずの絨毯が、元の姿に戻っていく。
仕上げはエアリアの風。
洗い終えた絨毯が空をふわりと舞い、パタパタと音を立てて乾いていく。
「すごい……本当に色が戻ってきてる……!」
リンは城に戻り、窓を開けてハタキでパタパタ!
ネズミイが廊下をピカピカに磨き上げると――
差し込んだ。
今まで一度も届かなかった、澄んだ光が。
「綺麗……!」
リンとエアリアが絨毯を敷き直し、ネズミイが鼻をフンッと鳴らす。
こうして。
――魔王城、廊下完成!!
感動の中、ウンディーネは
やっぱり、この子....とリンをみつめた
その頃
あのふたりは、いまだにーー
台所で、リンの嫁問題について真剣に語り合っていた。