14 魔王城のメイド、買い物一つで命がけ
《これまでのあらすじ》
リンは台所掃除を終え、魔王城近くの魔王商店街へ買い出しに出る。
店名が個性的で驚きつつも、トミーと魔王に手を引かれて緊張しながらも進む。
収穫鬼の店でのやり取りで、魔王が「リンを嫁候補」ととっさに発言して場が凍りつく。
魔王は慌てて言い訳するが、その場は混乱状態に。
リンは動揺しつつも、魔王の気持ちを感じながら新生活の複雑さを実感する。
「あはは!でもさ、人間の女の子が魔界で、しかも魔王城で暮らすなんて言ったら――もう、そう言うしかなかったんじゃない?」
湯気の向こうでニヤリと笑うウンディーネ。
鍋の野菜スープがコトコト音を立てて煮えているのを、私は木のヘラで優しく混ぜながら、顔を赤くした。
「だって“嫁候補”って! 魔王さま、さすがにそれはやりすぎですよ!」
ウンディーネは肩を揺らして大笑い。
「あの後、“八つ裂き肉店”でもまたひと騒動あったって?」
ため息混じりに思い出す。
⸻
根腐市場を出ると、商店街はざわざわ。
いつの間にか人が集まり、ざっと野次馬の輪ができている。
その目つきが、何ともいえず怪しい。
「まさかロリ…いやいや、そんな趣味なわけ…?」
「見た目は子どもだけど、合法なのか?」
「隠し子説もあるぞ。あの目元、似てるって言われてるし」
全部丸聞こえだってば!
しかもトミーさん、もふもふの毛皮の下で血管がピクピクしているのが見える。
そんな空気の中、魔王さまはなんの躊躇もなく言った。
「リン、お肉食べよう。大きくならないとね」
その言葉が空気を一瞬で凍らせる。
「育ててから手を出すタイプだよ」
「光源氏かよ」
「アウトォ!」
私の周りでツッコミが鳴り響いた。
まったく、ダークファンタジーが一瞬でコメディに崩壊した瞬間だ。
⸻
八つ裂き肉店は、巨大なタコ魔物が店長を務めている。
「おお、魔王さんとトミーか。そいつが噂の子か?」
タコ店長は8本の脚をゆったりと揺らしながら、私を見下ろした。
もう野次馬たちは追い出してくれていて、周囲は落ち着いている。
…意外と優しい人なのかも?
でも問題は支払い方法。
「ここはな、現金じゃなくて、実力主義だ」
魔王さまが苦笑いしつつ説明した。
「勝って買わなきゃ商品はもらえないんですよ」
「なら今日は腕相撲で決めよう!」
タコの腕は吸盤がついていて、太さは私の太もも以上。
カウンターにドンと置かれたその腕を見て、私は震えた。
「じゃ、レディ・ゴー!」
腕相撲開始の合図と同時に、吸盤が私の手に吸い付き、力強く引っ張られる。
ふわっと身体が浮いて、私は逆さまに吊るされた。
「うわあああああ!?」
タコ店長は焦りつつも力を緩められない。
「これじゃダメだ。両手でいけ!」
「全体重かけてこい!」
言われるがままに必死に力を込めると、壁に吹っ飛び、なんとか魔王さまにキャッチされた。
3度目、逆さつりになると、リンも肩が震え始め、店長は頭(?)を抱えて呟く。
「悪かった…こんな子に泣かれてしまっては…」
なぜか、タコ店長が涙をぽろぽろこぼしながら、
「今日は特別だ。商品はタダで持ってけ!」
ようやく机の上に戻された私は、フラフラと呟いた。
「魔界の商売は厳しすぎる…」
⸻
「あらあら、かわいそうに」
ウンディーネさんは本気で同情した。
「タコ店長も見かけによらずいい人だからな。どこで稼ぎを作ってるんだか?」
ネズミイも苦笑い。
「で、魔王さまとトミーは?」
「帰って緊急会議だってさ」
三人は顔を見合わせて、ため息をついた。
「そりゃそうだよね…」