13 魔王様、私まだ掃除しかしてませんけど!?
《これまでのあらすじ》
魔王城の台所を掃除していたリンは、棚の古い鍋の中から巨大なネズミのような魔物に遭遇し、必死に追い出すことに成功したが、それは台所の守り神だった。
その後、魔石の詰まった濁った水場を掃除すると、水の精霊ウンディーネが姿を現わす。
魔王と彼らと一緒に台所の瘴気の原因やリンの状況について語り合う。
リンは魔界での新しい生活に戸惑いながらも、徐々にここでの役割を受け入れていく。
「ほえーっ! 一日で綺麗になりましたね! 臭くなーい!おや、ウンディーネさんご無沙汰です」
玄関の扉を開けて、トミーが素直に感嘆の声を上げる。
「……あら、リンちゃんに免じて水をかけるのはやめてあげるわ。何が“ご無沙汰”だか」
ウンディーネが腰に手を当ててプンスカ怒ってる。
――うん。怒るよね。
紫のドロドロ、カビ、臭い。
そりゃ水精霊だってキレるよ。
「でもこれからは、リンさんがちゃんとやってくれますから」
トミーがニンマリと笑った瞬間、
わたしの脳内で“今朝の感動エピソード:無理しちゃだめですからね。が木っ端みじんになった。
(おかしいな、さっきまで“子供扱い”されてたのに)
「――あっ! そうだ、食材がないので、皆さんのご飯ってどうすればいいのかなと思いまして」
「リンさん、ご飯まで作れるんですか?」
魔王さまもトミーも、同時にこちらを見て、びっくり顔。
「い、いえ、簡単なものですけど……神父さんにお作りしなければなりませんでしたから」
「自分の分も食べてないのに……」
魔王さまとトミー、まさかの涙目。
ネズミイは鼻をヒクヒクさせながら、じと目で見てくる。
「お前、要領悪すぎ! 絶対お前以外のヤツ、飯チョロまかしてたぞ」
……言い返せない。
そうなのだ。
カレンとか、他の子もうまいことやってたな……。
下町の彼氏とか、貴族様の神官付きとか……。
「リンさんがご飯を作れるのはすごいことです。ネズミイ、そういう意地悪はダメですよ」
魔王さまがピシャリと諭すけど、
……魔王さま、完全に“料理できる嫁属性”に弱いタイプだ、これ。
「簡単なご飯ですからね!? 聞こえてます!? ハードル上げないでくださいね!?」
※※※
魔王商店街は、魔王城から徒歩五分。
いわゆる――城下町。
魔王さまに手を引かれながら、初めての“おつかい”に出る。
「広いですし、迷子になったら危ないですからね」
トミーさんは買い物かごを持ち、落ち着いた足取りで歩く。
――うん。やっぱりこの構図、
どう見ても“お父さん・お母さん・子供”です。
街は人間の世界と似てるけど、店の名前がちょっと違う。
「八つ裂き肉店」
「カツアゲ亭」
「うらめし堂」
「死霊珈琲」
……個性、強いな!!
「まずは野菜ですね。久しぶりの野菜……ありがたいですね」
トミーがまっすぐ向かったのは、『根腐市場』と書かれたビル。
中から出てきたのは、ねじり鉢巻をしたガタイのいい鬼。
「おっ、トミーさんに魔王の旦那じゃないですか。今日は何をお求めで?」
「ああ、収穫鬼さん、久しぶりです」
魔王さまが笑顔で応対する。
迫力すごっ!? 叫びそうになるのを必死に堪え、魔王さまの手をぎゅっと握る。
――怖い。でも……離したくない。
それに気づいた鬼が、ふと真顔になって、魔王を見る。
「隠し子ですか? 魔王さん。……この子は?」
「……」
トミーが固まる。魔王さまも焦りの表情。
(あ、大義名分、まだ決めてなかったんだ)
「その、だな……」
「……その?」
「そのは、あの、だよ……」
「つまり?」
会話がドツボにハマっていくなか、魔王さまがついに開き直った。
「――よ、嫁候補だ」
「は?????」
トミー、鬼、わたし。全員そろって目を見開く。
なにさらっと言ってるんですか!?
「せ、成長を待って、だな……まだまだ先の話だ」
魔王さま、早口で補足するけど、完全にテンパってる。
「だからね。ここだけの話にしておいてほしい。内密に」
――その場で、鬼の奥さんがどこかへ走っていく。
情報、秒で拡散される未来が見える。
「……つ、妻の手料理が食べたい。リン、何を買おうか……?」
魔王さま、動揺で肩で息してるし、
「嫁候補」が一周して「妻」になってるし。
トミーさん、その場でクラッと立ちくらみ起こしてるし。
――なんかもう、逃げ帰りたいよー!