9 可憐なメイドになる予定が、現実はほこりと格闘中
《これまでのあらすじ》
突然勇者に認定され追い出されたリンは、迷子の末に魔王と狐のトミーに救われる。
魔王の住まいはゴミ屋敷で、曰く付きの品や怨念が満載だったが、魔王の独特な優しさに支えられる。
トミーの指示でリンはメイドに転職し、腐臭とカビが漂う台所を掃除することになる
覚悟を決め、リンはメイドとして新生活の一歩を踏み出す――。
神官服はもう限界だった。
ほつれ、染み、破れ……あれ、これ呪われてる?
だから、新しい服をもらったときは、嬉しかった。
でも、それ以上に――ホッとした。
私の“ここにいていい”を、肯定してもらえた気がして。
で、袋を開けたら――
「え、これ……メイド服?」
黒ワンピースに、白いエプロン。
胸元ふんわり、ちょっと緊張。ちょっと期待。
魔王さんが選んだ……わけじゃ、ないよね?
(いや、でも。昨日の救急セットといい、意外とそういうとこ……)
……そんな淡い期待を一瞬抱いた私を、現実が叩き落とす。
・ロング丈の黒ワンピ(埃対策)
・分厚い割烹着(防御力高)
・三角巾&フェイスマスク(完全封印)
・雑巾+ハタキ(どう見ても戦闘職)
理想:可憐なメイド。
現実:プロおばあちゃん。
「……まあ、そんなもんだよね。色は一緒だったけど」
でも、これでいい。
今必要なのは、おしゃれより戦闘力。
私は三角巾をきゅっと締め、窓の鍵に手をかけた。
ギィィ……
風とともに舞ったのは――紫色のもや。
「え、なにこれ……埃じゃない」
肌に触れた瞬間、ゾクッとした。魔素? いや、違う……でも、魔界の匂いがする。
ハタキを一振り。
ふわっ、と綿菓子みたいに消えていく紫のもや。
空気が、変わる。
(……こんな空間で、魔王さんとトミーさん寝てたの?)
こんな空気の中で……
「……もう。体に悪いって!」
もう一度ハタキを振る。
今度は右から左。パタパタ。もやが次々に消えていく。
景色が開けてく。
空気が軽くなる。
胸の奥も、少しだけ――あったかくなる。
「ここ、ちゃんと暮らせる場所にするからね」
魔王さんにも、トミーさんにも。
それに、私自身にも。
私が、ここで“暮らしていい”って、そう思える場所にする。
そんな風に思った、そのときだった。
カラン……
棚の下の鍋が、カタリと揺れた。
棚の下の鍋に、何かが潜んでいたなんて、私はまだ知らなかった。