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銀の騎士姫は黒猫令息を溺愛する〜イケメン王女の囲い込み恋愛譚〜

作者: ふくまる

カッコいいお姫様が、でろっでろに美少年を甘やかして溺愛する糖分高めのお話です。

 ルクシア王国王城・西棟。人払いされた書庫の奥、重い扉の向こうにその令息は棲んでいた。


「……入るぞ」


 金属のきしむ音とともに扉が押し開けられ、差し込む光の中に現れたのは、漆黒の軍服に身を包んだ女騎士──否、王女セラフィーナ・ルクシアその人である。


 堂々とした背筋、無駄のない所作。腰に佩いた細剣は実用一点張りの鋼の輝き。銀糸の刺繍があしらわれたマントが、彼女の風格を際立たせていた。


「また来たの?騒がしいお姫さま。よっぽどヒマなんだね」


 本の山に囲まれた長椅子の奥、まるで陽に当たるのが苦手な猫のようにうずくまる少年が冷ややかに言った。真っ白な肌に、艶やかな黒髪。淡い紫の瞳がセラフィーナを一瞥する。


 ユーリ・ツェレシュタイン。かつて王国有数の名家に生まれ、今は城の片隅でひっそりと生きる引きこもりの天才令息。


「ふふ。もちろんヒマではないよ」


 セラフィーナは彼の皮肉を意に介さず、すっと近づいて腰を下ろすと、躊躇なく自分のマントをユーリの肩にふわりとかけた。


「なっ……何の真似だこれはっ!」

「君の肩が冷えていた。ネロも震えている」

 肩の上の小さなフェレット──ネロが、「キュー」と鳴いて王女に擦り寄った。いつの間にかセラフィーナの手の甲をぺろりと舐めている。

「お前……そっちの味方か……」


 ネロを手に抱き上げ、ユーリは小さくため息をついた。だがその頬は、かすかに朱が差している。


「今日も何かの相談で来たのか? それともただの息抜きか?」

「両方だ。君と話すのは有意義だし、楽しい」


 さらりと、真顔で言い切る王女に、ユーリは言葉を失い、恥ずかしげに視線を逸らす。


「……風が強いな」

「風は吹いていないが」

 赤面をごまかすための適当なセリフは、完全に不発である。


「本当にあなたは……理解し難い」

「そうか?」


 彼女はそう言いながらも、ユーリの座る椅子を引いて自分の隣に並ばせる。


「ほら、こっちに。君の話を聞きたい。昨日の魔導計算の続きを」

「……あれは学術会議用の草稿であって、素人の騎士姫が聞いても面白い話では──」

「君が語る言葉なら、私は全部知りたい」

「…………ッ!」


 思わず言葉を飲み込むユーリ。その心臓が鼓動を早めているのを、彼自身が一番理解していた。

(やめろ……そういう顔をするな。お前は戦場の英雄、騎士団長、王女──俺とは住む世界が違う)


「あなたは……からかっているのか? 俺のことを玩具のように弄ぶつもりなら──」


 その瞬間、セラフィーナは静かに立ち上がり、彼の前に片膝をついた。

「弄ぶつもりなどない。私は、君の存在を、誰よりも大切に思っている」


「なっ……っ」

 柔らかく手を取り、その甲に口づける。


「私の忠誠も、この剣も、この心も。すべて、君のためにある」

 騎士の宣誓。その完璧すぎる一連の所作に、ユーリの理性が崩れかける。


「……やめろ、やめてくれ……そういうのは……俺に効く……」


「ふふ……君の弱点は、覚えておく」

 彼女はいたずらっぽく笑った。


 だがその目には、確かに揺るがぬ想いがあった。

 それを感じ取ってしまったユーリは、逃げるように視線を逸らし、ネロを抱きしめる。


「……ネロ、俺はもうダメかもしれない」

「キュー?」


 フェレットの声が、どこか呆れて聞こえたのは気のせいだろうか。




 王宮に渦巻く空気が、最近になって目に見えて重くなった。

 父王の病が進行していることを、表立って話す者は少ない。けれども、誰もが感じ取っていた。次代の座を巡る動きが、静かに、だが確実に始まっていることを。


「……セラフィーナ殿下、貴女の立場であれば、我らと共に“安定”を取るのが最善かと」

「その“安定”のために、誰を切り捨てるおつもりか?」


 声を荒げずとも、私の言葉には冷たい刃が込められる。会議室にいた貴族たちの間に、一瞬、緊張が走った。

 彼らの言う“安定”とは、ユーリの一族──ツェレシュタイン家の完全な排除を意味している。かつての名門、いまは政敵の象徴。たった一人残されたユーリが、ただ静かに生きているだけなのに、どうにもそれが気に食わないらしい。

(……まさか、強引にあの子に手を下すつもりか?)


 思わず拳を握った。だが私は冷静な振る舞いを崩さない。王族として、そして騎士として、それが「私」のあるべき姿だから。



 * * *



「ユーリ、今日は顔色が悪いな。……寝不足か?」


 その夜、私は書庫を訪れた。相変わらず彼は部屋の隅でフェレットと本に囲まれていたが、どこか浮かない表情だった。


「……ああ。少し、夢見が悪かっただけだ」

「夢……?」


 私は彼の隣に腰を下ろす。今日もマントをかけるのを忘れない。そうしないと、何かが落ち着かないのだ。


「…あなたが、俺の夢に出てきた。血を流して、敵に囲まれて……助けようとしても、届かなくて…、必死に手を伸ばしたのに、あなたは……消えてしまった」


 彼の声がかすかに震えていた。私はその肩にそっと手を置く。


「…ただの夢だ。私はここにいる」


 だがその時、私は悟っていた。この夢が、何かの暗示であることを。

 王宮の動き。貴族たちの囁き。偶然では済まされない符号が、ユーリを脅かしている。


「私がいる。何があっても、君は私が守る」


「……いつもそう言う。まるで、俺が守られるべきものみたいに」

「違うのか?」

「……俺はただの、引きこもりだぞ? 城の片隅でホコリと魔導理論に埋もれてるだけの──」

「それが何?」

 私は思わず遮った。少し、強く。


「私は戦場で多くのものを奪ってきた。栄誉と称賛と引き換えに、血と命を背負った。だからこそ、君だけは……」

 君だけは、無傷でいてほしい。無垢で、聡く、美しく。


「……だからこそ私は、君に惹かれるのだと思う」


 ユーリは何も言わなかった。ただ、肩に置いた私の手を、そっと自分の手で包んだ。

「……なら、俺はここにいる。この部屋から一歩も出ない。“守られていてやる”」


 それは照れ隠しなのか、覚悟なのか。けれど、ユーリなりの誠意がそこにあった。


「ありがとう」


 私はそう呟いて、彼の頬に一瞬だけ触れる。


 彼がびくっと身を引き、フェレットが「キュー!」と抗議した。私は肩をすくめて、ネロに頭を下げる。


「すまないが、彼は私のだ。おまえにだって譲れない」

「おい、勝手に所有物にするな……!」


 何気ない会話、あたたかな触れ合い。

 その夜は、穏やかな空気の中で終わるはずだった。





 ──しかし翌朝。


「姫! ツェレシュタイン家の屋敷が……襲撃されました!」


 従者の声が、王宮に響いた。


「何故、そんなことを!」

「ユーリは?ツェレシュタイン令息は無事なのか?」


「まだ正確な情報は入っておりませんが、どうやら昨夜、何かを取りに一旦屋敷に戻ると部屋を出られたそうで…」


「…ユーリ!」


 私は馬を飛ばしてツェレシュタイン邸へ駆けつけた。王宮の衛兵が到着するよりも早く、私は現場に立った。

 玄関の扉は斬り裂かれ、庭には黒焦げの魔法痕。静かに佇む屋敷は、まるで沈黙の証人のように、ただ惨状を飲み込んでいた。


 そして――


「ユーリ!」

 奥の私室。乱雑に引き裂かれた本、倒れた椅子、砕けたガラスの向こうに、うずくまる一つの影があった。

 私は一気に駆け寄り、彼の背を支える。身体は震え、右肩には剣傷。血のにおいが、彼のかすかな香りを塗り潰していた。


「……姫……来たのか……」

「当たり前でしょう!」

 私は思わず声を荒らげていた。


 ──この子を誰にも傷つけさせない。そう誓ったのに。私の不覚だ。動きが遅れた。


「すまない、姫。部屋から出ないって約束、守れなかった。どうしても、これを姫に渡したくて…」

「そんなことはいい。止血を!」

「いや、よくない。こんなバタバタしてて、ムードも何にもないけど、これ、受け取ってくれないか…」

「これは?」

「母の形見。代々公爵夫人に受け継がれるやつ」

「ユーリ!」

「姫…いや、セラフィーナ…」

「ユーリ!痛むの?今医師が来るから!」



「…姫、あとの処置は私が」

「…ああ。しっかり治療してくれ。ユーリを頼む」

後から追いかけてきた医師に場を譲り、頭を冷やそうと部屋の中を改めてゆっくりと眺めた。


 怒りが、熱く込み上げる。

「兵を! 即刻追撃を開始する!」

「姫様、どうやら王宮に内通者がいるようです」

「分かっている」

「一人たりとも逃がすな。内通者諸共、一網打尽にしてくれる」


 私が睨む先にあったのは、逃げ去った魔導兵の足跡。そして、ユーリの肩を貫いたのは、王国直属騎士団の制式剣だった。

 疑いようもない。内部に敵がいる。


 私はユーリの側に跪き、その手を取ってそっと囁いた。

「全部片付けてくる。今度こそ、君を守ってみせる!」

「……俺は……守られることしか、できないな……」

「ふふ、ならそれが君の戦い方よ」

 彼の頬にキスを落とす。彼は驚きで真っ赤になって、私に手を取られたまま、ジタバタと暴れだした。


「あ、あなたはまたそうやって……!」

「……可愛い」

「…………ッ!」


 痛みをこらえ、顔を真っ赤にさせて狼狽える彼が愛しくて、私は静かに笑った。



 * * *



「殿下。貴女が出ては――」

「私は王女であり、騎士団長だ。父王が病に伏せている今、他に誰が適任だと言うんだ?」


 私は銀の鎧を纏い、宮廷から駆け出す。かつて「銀の姫騎士」と恐れられた姿を、今また世界に示そうとしている。

 馬上から風を裂き、剣を抜いた。


「私が名は、セラフィーナ=ルクシア。第三王女にして、騎士団長の任にある者。

  我欲のために無用な混乱を招き、我が愛する者を傷つけた咎を問う!」


 闇の中に現れたのは、仮面をつけた数人の男たち。その剣の構えは、軍仕込み。正規の騎士たちだ。


 私は問いかける。

「命じたのは誰か。答えれば、傷一つで済ませてやるぞ」

 男たちは応えない。剣を抜き、無言で迫る。

「……そう。ならば、“私”のやり方で聞き出してやろう」


 その瞬間、私は馬を下り、ひと息に距離を詰めた。

 一閃。

 銀の剣が、月を背にきらめいた。



 * * *



 短い戦闘の果てに、一人の男が剣を落とした。顔の下半分を隠していた仮面が割れ、見覚えのある顔が現れる。


「……やはり、あなたでしたか。宰相殿」

 腹心とされる男が、黙って血を吐く。彼がユーリの家を狙った理由など、問うまでもない。


「王位を継がれるべきは、貴女ではない……! ツェレシュタイン家と関わることで、すべての均衡が崩れてしまう!」

「ええ、崩してあげるわ。あなたたちの思惑も、くだらない伝統も、腐った体制も」


 私は男の胸元から封書を奪い取り、証拠とした。

 王に届け、すべてを終わらせる。王国の膿を、私の手で。


 ──そのとき、一瞬だけ、静かに私を見つめるユーリの眼差しが脳裏を横切った。

(……君は知らなくていい)

(私の罪と、私の戦いを)

 私はそっと、胸元のペンダントに触れた。先ほどユーリから受け取った、代々公爵夫人が受け継いでいると言われたもの。


 ――あなたと歩む未来のために。

 彼が時折見せてくれる、あの”はにかんだ笑顔”を守るために、私は何度でも剣を取る。



* * *



 静かな午後だった。春の陽だまりが庭に差し込む。城下の喧騒も、遠くの鐘の音も、ここには届かない。

 私は、ツェレシュタイン邸の客間にいた。今は私の――いや、“私たち”の私室と言うべきか。


「ふむ……どうだ?」

 机の上に並べられたのは、十数枚の薬草図と、配置された小瓶。分厚い魔道理論の本。

 ユーリは小さな金縁眼鏡をかけ、資料をぱらぱらと捲っていた。その指先の繊細さに見とれそうになった私は、慌てて視線を外す。


「すごいな。王国薬師会でもここまで詳細な記録はなかったはず。ユーリ、君は本当に天才だ!」

「……ずっと引きこもってたから、時間があっただけだよ」

「またツンツンして。本当にかわいいんだから」

「うっ…!?また、そんな…」


 私が笑うと、彼はぷいと顔を背けた。その頬が微かに赤く染まっているのが、可愛くて可愛くてたまらない。


 私はそっとその髪を撫でた。

 ――あの夜から一週間。王宮では宰相派の一掃が行われ、父王は私の進言を受けて政務改革に着手された。証拠と証言がすべて揃っていたこともあり、事態は思いのほかスムーズに進んだ。

 そして私は、晴れて“護衛騎士”の名目で、彼の傍にいることを許された。

 そう、正式な許可付きで。


 ……もっとも、私の肩書きが王女なのは変わらないし、隙を見てスキンシップしていたら侍女たちにため息をつかれたけど。気にしてはいけない。


「なあ、セラフィーナ」

「ん?」


 彼は、小瓶を指でつまんでこちらを見た。言葉と違って、瞳は真剣だった。


「あなたは、本当に……俺でいいのか?」


 その言葉に、私は笑みを深める。

「今さら、何を言い出すの。こんなに可愛い人を、手放すわけないでしょう?」


「ホント、可愛いしか言わねぇな……俺は何の力もないし、年下だし……あんな目に遭っても、結局何もできなかったし」

「それでいいの。その分、私が、君を守るから」


 私は膝をつき、彼と目線を合わせた。すぐに視線を逸らされてしまったけれど。


「君は私の心の支え。私が剣を取るのは、君の隣で笑うため。つまり、自分のためよ」

「……もう、そういうこと、さらっと言うよな」

 耳まで真っ赤にしたユーリが、膝の上で小さく拳を握っている。


 私はその手を取り、そっと自分の頬に当てた。

「好きだよ、ユーリ」

「…………っ」

「この世界に君がいてくれるだけで、私は救われるんだ」

「……俺も、好き。というか……あなた以外、無理…です」

「ふふ、嬉しい」


 私は彼を抱きしめた。やや力を入れると、子猫のようにびくんと跳ねたけど、逃がさない。


「ねえユーリ」

「……なに?」

「私、君を抱きしめる時が、一番幸せ」

「……そ、それは俺のセリフ……っ!」


 彼が顔を真っ赤にしたまま、小声で唸るように言った。


「セラ、やっぱり俺……お前といると心臓がもたないかもしれない……」

「じゃあ、もたせてあげる。私の心臓を半分、君にあげるよ」

「……セラ」

「ユーリ」


 そっと唇を近づければ、彼もゆっくりと目を閉じる。

 そして、触れるか触れないかのキス。羽根のように軽くて、けれど魂ごと震えるような感触。


 ――私は、世界のすべてを手に入れた。


 それは王位でも、剣の誉れでもない。

 たった一人の少年と、彼の笑顔だった。



 * * *



あれから半年。

王宮は落ち着きを取り戻しつつある。父王の体調も安定してきたので、そろそろユーリの爵位継承と、私たちの婚約が発表されるだろう。


「……で、セラ」

「はい?」


その夜、私はユーリの寝室にいた。

 正確には、“彼が私の部屋へ逃げてこようとしたのを、逆に連れ戻した”のだけれど。


「そろそろ……部屋、戻らねぇ?」

「ダメ。今日は、君の誕生日でしょう?」

「お祝いは昼に終わったろ」

「何を言っている?“夜のお祝い”がまだだ」


 そう言って微笑むと、ユーリは目をそらして、ふいとカーテンの方を向いた。

 頬が赤い。耳も真っ赤。

 これは、まだいける。


「君が生まれてきてくれて、本当に嬉しいんだ。だから……今日は、昼も、夜も1日中お祝いしてあげたいんだ」

「……そういうこと、真顔で言うのやめろ……」


 ごそっとベッドの上で身じろぎする彼の髪が、月光に透けるように揺れる。


 私は、そっと隣に腰掛けた。

 ふたりきりの空間。

 白い寝間着に身を包んだユーリは、いつもより幼く、けれどどこか艶めいて見える。


「セラ、ほんとに……今日、泊まっていく気か?」

「いやならやめておくよ」

「……別に、いやじゃねぇけど」

「じゃあ、決まり」


 私はベッドの上で、ユーリの背中にそっと手を添えた。


「その代わり」

「ん?」

「約束してくれ。“キス以上のこと”は、今日はしないって」

「…………は?」

 まさかの防衛線に、思わず固まる。


「ユーリ? それ、逆に期待されてるって受け取っていいの……?」

「違う! そ、そうじゃなくて! その、最近……セラの視線が、やたらと、獲物を見る肉食獣っぽいっていうか!」

「ええ、好きな相手に向けるごく自然な欲情ですけど?」

「言い方!」

「ふふ、冗談」


 私はそっと手を伸ばし、彼の髪に触れた。さらりとした黒髪が指に絡む。


「……キスは、してもいい?」

 問いかけに、ユーリはそっと頷いた。


「……軽く、なら」

「じゃあ」

 私は唇を近づける。けれど、触れる直前で止まった。


 この距離間。

 互いの吐息が交じるほど近く、けれどまだ交わらないその瞬間が、たまらなく愛しい。


「好きだよ、ユーリ」

「……知ってる」

「私の全部、君にあげたいくらい」

「それは……オ、俺だって」


 かすれた声でそう言った彼が、そっと目を閉じた。

 触れるだけのキス。


 けれど、そこに込めた想いは、今まででいちばん熱い。


 唇を離すと、ユーリは少しうつむいて、布団に身を沈めた。

「セラ……腕、貸して」

「いいよ。君が望むなら、何度でも」

 私は彼を抱き寄せ、その頭を胸元に引き寄せる。


 心臓の鼓動が、彼の耳元で小さく鳴る。

「……セラの心臓の音、落ち着く」

「ふふ、これが聞けるのは、世界中で君一人。君だけが私の”特別”なんだよ」

「その言い方、またヤバい」

「でも、好きでしょ?」

「……好き」


 ぼそりと呟いたその声が、布団の中に吸い込まれた。

 私は、彼の柔らかな髪を撫でながら、そっと囁いた。


「おやすみ、ユーリ。夢の中でも、会おうね」

「……夢の中くらい、俺が主導権とってもいいだろ……」

「無理ね。君は可愛すぎるから」

「セラぁ……っ」

 くすぐったそうに笑う彼の声を聞きながら、私は目を閉じた。


 この先も、何度だって彼を甘やかしたい。

 王女であることも、騎士であることも全部使って、徹底的に囲い込みたい。

 それが、私の戦い方。

 そしてきっと、それが彼の世界を守る手段でもあるから。


「ユーリ」

「……なんだ」

「明日も、明後日も、その先も……ずっと一緒にいてくれる?」 


世界でいちばん尊い、この人を守るためなら、私は何度だって剣を取る。

 ――だから、今夜だけは。


 この心と身体が触れ合う、ギリギリの距離で。

 ただひたすらに、甘やかし尽くさせて。


(完)


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