第9話 覚醒
「、、、、、、」
レイスの体からは、いつの間にか傷が消えて無くなっていた。それどころか、自身の体にかつて無いほどの力が漲ってくるのを感じていた。
(お願い、、、世界を救って、、、)
フレイヤの今際の言葉を思い出す。
レイスは拳をグッと握りしめると、立ち上がった。
「うぅ、、、」
一方で、倒れていたイーバーンも、頭を押さえながら起き上がり、レイスの方を見た。イーバーンの目の前にいるのはレイスただ1人。
「あ、あの女はどこに行ったんだ!」
レイスは無言でイーバーンに向かい合う。そして、言葉ではなく行動で、イーバーンの問いに答えた。
「ハァァァァァッッッ!!」
レイスが力を込めて叫ぶと、大気がビリビリと震え始めた。そして、彼の姿に変化が生じる。彼の両手が真っ赤に光りだしたかと思うと、彼の手には機械でできた赤い「ガントレットグローブ」のようなものが腕全体に装着されていた。
さらに、彼は全身から炎のような赤いオーラを発し、髪の右半分が赤く染まった。彼の姿は、まるで武の神フレイヤのようであった。
レイスの姿を見たイーバーンは目を丸くしている。
「、、、驚いたな。噂には聞いていたが、、、「神と人間の融合」それがまさか本当に可能だったとは、、、しかし!」
イーバーンは自身の周りにバリアーを出現させる。
「融合したところで俺の「チートスキル」は絶対に破れんぞ!俺のバリアーは攻守共に隙の無い最強のスキルだ!貴様らが力を合わせたところで、どうこうできるものじゃないんだよ!バリアークラッシュ!!」
そう叫んだのと同時に、バリアーが変則的な動きをしながら高速でレイスに突っ込んでいく。
(今度は3枚だ!!)
三方向から一気にレイスを潰そうとした。しかし、イーバーンが気づいた時には、レイスの姿は消えていた。
彼は一瞬で、イーバーンの左側に移動していたのだ。
「ッ!?なぁっ!?」
イーバーンが驚愕で目を見開く。そして、回避するよりも先に、レイスのパンチが放たれた。
「おりゃああっ!!」
ドッ!!
「グッッ!!!」
レイスの拳が腹部に刺さったイーバーンは、勢いよく地面を転がった。
「グッ、、、ゴボォッッ!!ゲホッ ゲホッ」
内蔵を損傷し、大量の血を口から吐いた。バリアーのおかげで長い間攻撃を受けなかったイーバーンにとって、経験したことも無いほどの痛みであった。
「グッ、、、グゥッ、、、」
イーバーンは立ち上がろうとしたが、激痛のあまりできなかった。地面に倒れ込むイーバーンに、レイスは話しかけた。
「、、、バリアーの枚数には限りがある。」
「ッッッ!?」
「無制限にバリアーを出せるなら、何十枚とバリアーを出して、物量で押し潰せばいいのに、お前はそうしなかった。それに、お前がバリアーで攻撃をするとき、ほとんど無意識だろうけど常に右か左のどっちかを警戒していた。あれは自分を守っていたバリアーを攻撃に向かわせて、防御が疎かになるからだろ?」
レイスはイーバーンを指差して宣言する。
「お前が1度に出せるバリアーの枚数は、4枚か5枚だ!違うか!?タネさえ分かれば、攻撃のしようはいくらでもある!」
「な、舐めるなぁぁぁぁっっ!!」
イーバーンは痛みを押し殺して立ち上がった。
「ハァ、、、ハァ、、、確かに、お前の言った通り、俺が1度に出せるバリアーは「5枚」までだ。だが!5枚あればこういう使い方だってできる!!」
レイスの前後左右、そして、頭上に半透明の緑色のバリアーが展開されて。電話ボックスのような、レイスを囲むバリアーの立方体ができた。
「フハハハッ!どうだ!それは完全密閉された「バリアーの檻」だ!少しずつその中の空気は無くなっていき、やがて貴様は苦しんで死ぬのだ!!クックックッ より恐怖を感じられるように、色までつけてやったぞ!これでバリアーがどんなものか見ることができるだろう!?ハハハハッ!」
イーバーンは勝ち誇って高笑いを始めた。
「バリアーは俺自身が動かさない限り、展開した場所に完全固定されるから、バリアーを持ち上げて脱出することも不可能!そして、どんなに協力な攻撃も防ぐ!詰みだな。」
イーバーンはレイスの目の前に移動する。
「苦しみ死んでいく貴様の顔を、この特等席から見物させてもらうことにしよう。」
イーバーンは勝利を確信した。しかし一方でレイスは動揺する様子はない。彼は目の前の壁をペタペタと触ると、無言で正拳突きを撃つための構えをとった。
「ハハハハハッ!!往生際の悪いやつめ!!言っただろう!!このバリアーはいかなる物理攻撃も無効化する最強の」
「ハァッ!!」
イーバーンが言い終わるよりも先に、レイスは正拳突きを繰り出した。すると、
バギャンッ!!
ガラスが割れたような大きな音とともに、レイスの目の前のバリアーが粉々に砕け散った。
「、、、、、、えっ?」
イーバーンは目の前で起きたことが理解できず呆然とした。今まで1度も破られたことのなかったバリアーがパンチ一発で割れたのだ。
「次で終わりだ。次の一撃でお前を倒す!」
レイスはイーバーンを指差した。
「ヒ、ヒィッ!」
イーバーンはたまらず後ずさった。今のレイスと自身の力の差を思い知ったのである。
(俺が、、、負ける、、、? だ、だめだ!そんなことになったら、、、俺を認め、力を与えた「コウガ様の判断が間違っていた」ということになる!それだけはだめだ!コウガ様に間違いなど絶対にあってはならない!)
イーバーンはこの状況でも、敬愛するコウガの名を貶めてしまうことを心配していた。
イーバーンがここまでコウガに忠誠を誓う理由。それは15年前に遡る。
当時は、魔王軍と人類の戦争の真っ最中。「王国の盾」と呼ばれる名門の騎士の家系出身のイーバーンは、幼い頃より、王国への忠誠を厳しく叩き込まれた。そして、今から15年前、イーバーンが20歳だった頃、彼は要塞で魔王軍と戦っていた。しかし、魔王軍の力は圧倒的であり、騎士は次々と倒され、イーバーンも死を覚悟した。
その時であった。
「やれやれ。ひどい有り様だな。やれやれ。」
要塞に、コウガという男が4人の女性を連れて現れた。彼らは凄惨な戦場にいるとはとても思えないような落ち着きぶりであった。
彼らの強さは圧倒的であった。
獣人の少女は、体格に見合わない怪力で、大型の魔物を次々となぎ倒した。
エルフの少女は、強力な矢を放ち、遠くにいる魔族の眉間を撃ち抜いていった。
魔法使いの少女は、太陽を思わせるような火の玉をいくつも放って敵を焼き尽くした。
聖職者の少女は、聖魔法によって魔族や魔物を浄化していった。
そして何より、コウガの力は次元が違っていた。4人の少女達も、イーバーンからすれば人知を超えた存在に見えたが、コウガの戦いはそれをはるかに上回った。
彼は文字通り「一瞬」で数千の魔物や魔族を細切れにしていき、戦場はあっという間に敵の死体で埋め尽くされた。
そのあり得ないような光景を目撃した時、イーバーンの中で何かが壊れた。
王国への忠誠も、家の名誉も、どうでもよくなった。その日以来、イーバーンはコウガに心酔するようになった。世界はコウガ様に支配されるのが当然だと考えるようになった。
転移者がアルフガンドの支配を宣言したときも、イーバーンは賛成したどころか、逆になぜ王国のお偉方が反対しているのか、全く理解できなかった。
だから、自身が所属している王国の騎士団が、転移者達に攻撃を仕掛けようとしていたとき、決行の数日前に、イーバーンは王国を脱出し、転移者達に騎士団が攻撃をしようとしていることを告げた。
そもそもまともに戦っても王国に勝ち目がないことは分かっていたが、少しでも偉大なるコウガ様のお役にたちたくて、彼は転移者達に騎士団の作戦内容を全て告げた。
転移者達が騎士団に奇襲を仕掛けた際、縛り上げられた父親や同じく騎士だった兄弟達が自分を睨み付け、罵詈雑言を浴びせていたが、何も感じなかった。
王国が灰にされようがどうでもよかった。
家族や元々仕えてきた王族が拷問されようが処刑されようが、気にならなかった。
イーバーンの頭の中は、偉大なるコウガ様や転移者様達のことでいっぱいだった。
密告の褒美として、イーバーンはコウガ直属の騎士の1人となることを認められ、「チートスキル」も与えられた。彼はそれ以来、コウガをはじめとした転移者達の偉大さを示すための、「部品」の1つとなった。
(俺が、、、「コウガ様がお認めになったこの俺」が負けるわけがない!!)
「これでも食らえぇぇぇっっ!!!」
イーバーンは展開した5枚のバリアーを重ね合わせ、1枚の巨大なバリアーを作った。それに対して、レイスも構えをとる。
「バリアーデストラクションッ!!!」
巨大なバリアーが超高速でレイスに向けて発射された。同時に、レイスも右手に渾身の力を込めて、バリアーに突っ込んでいった。
レイスの拳とバリアーが激突した。
ビシッ ビシッ
レイスの拳を中心に巨大なバリアーにヒビが入り、どんどん大きくなっていく。
「ウオオオオオオッッッ!!!!」
「違う違う違うっ!!俺は選ばれた人間なんだ!!「コウガ様に選ばれた」人間なんだ!!俺が負けるなどありえない!!コウガ様!!コウガさまぁぁぁっっ!!!」
「終わりだぁぁぁっっ!!!」
バリンッッ!!
遂に巨大バリアーは砕け、その勢いのままレイスのパンチの衝撃波はイーバーンの胸を貫いた。
「コ、、、ウガ、、、様、、、グ、グフッ」
胴体に大穴があいたイーバーンは、主の名を呟いて崩れ落ちた。
「フゥ、、、勝った、、、か、、、」
激闘を制したレイスは一息つくと、その場に座り込んだのであった。
レイスVSイーバーン
勝者:レイス
読んでくださりありがとうございます。
次回で第1章は最終回です。