第8話 鉄壁の騎士
時は少し遡る。
ここは、レイスが修行している場所から300キロほど離れた村。この村は現在、とある男の襲撃を受けていた。村人たちは武器を持って男に立ち向かったが、全く歯が立たなかった。あちこちの建物が破壊され、すでに老若男女問わず20人以上が重傷を負って、地面に倒れていた。
「おい、老いぼれ、貴様が知らぬはずはあるまい。」
男はこの村の村長に話しかける。男の目の前にいる村長は、「見えない何か」によって上から押さえつけられ、地面に体がめり込んでいる。
「ぐっ、、、ぐわぁっ、、、」
「この世界の絶対的な「神」、それは「転移者」様だ。全ての人は、偉大なる転移者様を崇め奉るのが当然であり、例外はない。なのに、、、「コレ」はどういうことだ?」
男は手に持っていた小さな「神像」を村長に突きつけた。
「なぜ貴様の村に「こんなもの」があるのだ?転移者様以外を信仰することは「統一帝国」の法で決まっているのだぞ?」
そう言うと、男は神像を握りつぶした。
この村では長い間、地母神を信仰していたのだが、10年前に、騎士たちが突然現れて神の信仰禁止令をだし、代わりに転移者たちを崇めるように強要した。当然村人たちは反抗したが、騎士たちはそれに圧倒的な「力」で答えた。転移者によって「力」を与えられた騎士たちに、村人は手も足も出ず、屈服することを余儀なくされた。
この村は、表向きは転移者を信仰することにしたが、隠れて信仰を続けていた。それが今回騎士の男に見つかってしまったのである。
「愚かな奴らだ。転移者様を崇めることだけを考えていたら平穏な生活を送れるというのに。今から村人全員が転移者様に忠誠を誓うというのであれば許してやらんこともないぞ?」
「、、、、、、の、呪われるがいい、腰巾着どもめ、、、!」
村長は男に憎悪の目を向けて吐き捨てた。
「、、、フンッ 馬鹿が。そんなに死にたいのならできるだけ苦しめて殺してやろう。転移者様に逆らうというこの上ない愚かな行為を心の底から後悔できるようにな。」
男がそう言うと同時に、村長のにかかっていた上から押さえつけられる力が強くなっていく。
「ぐわぁぁぁぁっっ!!」
村長が血を吐きながら叫ぶ。その声を聞いて、村人たちはスコップなどの武器を持って男に向かっていくが、どれだけ武器を振り下ろしても、見えない「何か」に防がれて、男を攻撃することはできない。
「バ、バカな、、、っ うわっ!!」
困惑した村人たちの体を衝撃が襲い、彼らは吹き飛ばされた。
「フンッ おいジジイ!貴様を殺したらあのバカ共も1人のこらず地獄に送ってやる。」
男のその言葉と同時に、村長にかかっていた力がさらに大きくなる。
「こ、この、、、悪魔めぇ、、、っ」
その時、
ドゴォォォンッッッ!!
凄まじい轟音とともに、大地震が起きたように地面が揺れた。
「ッッ!!?なにっ!!?」
男が驚きの声をあげる。その瞬間、村長にかかっていた謎の力が消え去った。
「ッ!ハァッ!ハァッ!ハァッ!」
謎の力による圧迫から解放された村長は荒い呼吸をする。倒れていた村人たちも、村長のもとに駆け寄ってきた。
男は彼らに目も向けず、轟音がした方向を見ている。
「このエネルギー量、、、もしや「神」か!」
男は飛び上がると空中に「立った」。
「貴様らを殺すのは後にしておいてやる!楽しみに待っているんだな!」
そう言うと、男は空中に立ったまま、高速で移動し、村を去った。
そして現在、、、
レイスとフレイヤは、突如現れた男、イーバーンと対峙していた。黒い鎧に身を包んだ、短い黒髪の三十代半ばほどのその男は、2人を見てニヤニヤと笑みを浮かべている。
「フ、フレイヤ様!こいつは!?」
「よく分からないけど、、、間違いなく敵よ!」
そう言うとフレイヤは構える。
「フッ その通りだ。俺はコウガ様に仕える騎士の1人。」
「コ、コウガだと!?」
「そうだ。このアルフガンドはコウガ様が統治しておられる数多の時空の1つ。ここの見回りを行い、反乱分子を粛清するのが俺の仕事だ。」
イーバーンは先程フレイヤが作った破壊の跡を見ながら続ける。
「さっきでかい音が聞こえたのでもしやと思って来てみたが、、、クックックッ、、、やはりあのエネルギーは神であったか。」
「ちょっとフレイヤ様!?あなたのせいでばれたんじゃないですか!?」
「う、うるさいうるさーい!もとはと言えばあなたが全然信じないからじゃない!!」
「、、、コホンッ とにかく、貴様を連れて帰れば手柄だ。女。貴様を城に連行する。」
イーバーンははっきりと宣言した。それを聞いたフレイヤから赤いオーラが放たれる。
「私のことをすんなりとお持ち帰りできる安い女だなんて思わない方がいいわよ?」
「抵抗する気か?面白い。村の奴らは張り合いが無さすぎて退屈していたところだ。」
「村の、、、奴ら、、、?」
レイスはイーバーンの言葉を聞いて、改めて彼を見ると、彼の鎧が大量の血で濡れていることに気づいた。
「ッ!?お、お前!その血はいったいなんだ!」
「ん?あぁこれか。ここから離れた村の住人たちを痛めつけた時についた血だろう。」
平然と言い放つイーバーンにレイスは驚愕した。
「な、何でそんなことを!?」
「何でだと、、、?奴らは転移者様に逆らっていたのだ!!転移者様以外を崇めるのは禁止されている!!にも関わらず!奴らは「地母神」とかいう神を隠れて信仰していたのだ!!」
「そ、そんなことで、、、」
「「そんなこと」だと!!転移者様を崇めないというこの上なく不敬で愚かな行いが「そんなこと」!?偉大なる転移者様に絶対の忠誠を誓い!感謝し!崇めるのは全ての生命体の絶対的な「義務」だ!!そんな常識的なことを理解できないクソッタレのゴミ虫共はぐちゃぐちゃにして分からせてやらねば気がすまんわ!!」
イーバーンは先程までの落ち着いた態度とは対称的に、激昂して捲し立てる。レイスはその様子を見て、コウガの取り巻きの女達や、病院のシスター、街の人たちを思い出した。
イーバーンのあまりの剣幕に、レイスはもちろんフレイヤも驚きを隠せていなかった。
「ハァ、、、ハァ、、、まぁ奴らは後できっちりとゴミ虫にふさわしい結末をくれてやるさ。貴様らを片付けたらすぐにな。」
「そう簡単にいくと思わないことね!!」
そう言うと、フレイヤはイーバーンに突っ込み、山を吹き飛ばした正拳突きを彼の腹に食らわせた。
「やった!」
フレイヤの勝利を確信したレイスは叫んだが、彼の目には信じられない光景が写った。フレイヤの拳はイーバーンに届くことなく、その直前で止まっている。それだけでなく、フレイヤの拳がひしゃげ、ぐちゃぐちゃになっていた。
「うわぁぁぁっっ!!」
激痛のあまり、フレイヤが叫ぶ。
「フンッ。弱いな。」
イーバーンがそう言ったと同時に、フレイヤはイーバーンの見えない攻撃に吹き飛ばされた。防御するときも攻撃するときも、彼は指1本動かしてはいない。
「フレイヤ様!!」
レイスは吹き飛ばされたフレイヤの元へ駆け出した。彼女は頭から大量の血を流していた。
「うぅ、、、」
「フレイヤ様!大丈夫ですか!?」
「えぇ、、、平気よ、、、」
フレイヤは頭を押さえながら立ち上がる。
「あれは何ですか!?魔法!?」
「魔法などというチンケなものと一緒にされては困るな、この力を。」
レイスの疑問にイーバーンが答えた。
「あなたのその能力、「チートスキル」ね。」
「フッ いかにも。」
2人のやりとりを聞いたレイスは疑問を感じた。
「えっ!?確か「チートスキル」は転移者しか持ってないはずなんじゃ、、、」
「、、、噂で聞いたことがあるわ。転移者の1人が「チートスキル」を作る能力を手に入れて、作ったスキルを取り巻きに与えてるって。」
「そうだ。俺は転移者様より「チートスキル」を与えられた。俺は貴様らよりもはるかに高次元の存在なのだ。」
「滑稽ね。力を手に入れてそこまで調子に乗れるだなんて。」
「クックックッ ボロボロの貴様が何を言おうが負け犬の遠吠えにしか聞こえんぞ!!」
ドゴォッ
「キャアアアッッ!!」
またしてもフレイヤに「見えない攻撃」が当たり、彼女は吹き飛ばされた。
しかし、今回は倒れ込むことはなく、すぐさま体勢を立て直して、イーバーンに向かっていった。
「うぉぉぉぉっっ!!!」
フレイヤはイーバーンにラッシュを叩き込むが、先程と同じく、イーバーンの手前で拳を防がれる。
「全く、、、弱いというのは罪だ、、、なっ!」
「グッッ!!?」
フレイヤはまたしてもイーバーンの前から弾かれてしまい、岩に激突して昏倒した。
「こ、この野郎!!」
レイスはがら空きのイーバーンの背中を殴ろうとしたが、フレイヤの時と同じく、拳はイーバーンに届かなかった。レイスの拳には、何かとてつもなく固いものを殴った感触があった。
(何だ、、、?何か「ある」、、、?)
「フンッ。学習せん奴らだな。」
イーバーンがそう言ったと同時に、レイスは「横から何かが来ている」ような感じがした。
「ッッッ!!」
レイスが素早く後ろに下がると、彼の目の前を「何か」が通過した。それは、踏切で電車が目の前を通過した感覚に似ていた。
「ほぅ、、、避けられるとは思わなかった。中々やるではないか、小僧。」
イーバーンは自身の攻撃を避けられたことが心底意外であったため、手放しでレイスを褒めた。
一方でレイスは、イーバーンの周りで起こった出来事を考えていた。
(攻撃はよく分からない何かに防がれる。それに、さっきは車みたいなのが俺の前を通りすぎた。)
レイスが考え込んでいると、イーバーンが彼に話しかけてきた。
「では、、、こいつはどうかな!!」
そう言った瞬間、レイスは今度は左右から「何か」が高速で迫っているのを感じた。
「くっ!!」
レイスはまたしても後ろに移動して回避する。しかし、それだけでは終わらない。その「何か」は、レイスの周りを高速で移動しながら、レイス目掛けて突進してくる。
レイスはその連続攻撃を、彼の運動能力と反射神経を頼りに、紙一重で避け続ける。
(驚いたな、、、見たところ独学のようだが中々の動きだ。身体能力だけならばSランク冒険者の領域に片足を突っ込んでいるかもしれないな。)
イーバーンはレイスの動きを冷静に分析する。一方でレイスは、攻撃を避けながら、イーバーンの能力の正体を考えていた。そして、遂に避けきれなくなった攻撃が彼の肩に直撃し、彼は地面を転がった。
「ぐわっ! い、痛い、、、だが、、、」
攻撃を食らったときや、殴ったときの感触から、レイスはある仮説を思いつき、レイスはその仮説を呟いた。
「透明の、、、壁、、、それを作るのが、、、お前の能力!」
「フッフッフッ ご明察!まさか見破られるとは思わなかった。」
レイスの言葉を聞いたイーバーンは、上機嫌そうにレイスに説明を始めた。
「褒美に詳しく教えてやろう。俺のチートスキルは「バリアー」。物理攻撃を防ぐ透明の壁を生み出せる。」
「その壁を高速で滑らせれば攻撃としても使えるってことか。さっき空中に立っていたのは、空中にバリアーを張ってその上に立っていたんだな。」
「その通り。頭は悪くないようだな。だが、タネが分かったところでどうにもできまい。俺はバリアーで自分の身を守りながら、同時に貴様らを攻撃できる。俺のチートスキルは「無敵」だ。」
その言葉と同時に、バリアーによる攻撃がさらに激しくなる。
「くそっ!」
レイスはなんとかかわしていくが、このままでは致命的な一撃を食らうのは時間の問題だった。
(なんとか、、、なんとか状況を打開しないと)
レイスはイーバーンの方を見る。すると、彼が時折わずかに自身の右側に注意を向けていることに気がついた。
(、、、もしかして!)
レイスは意を決して、イーバーンのバリアーをかわすと、イーバーンの正面に飛び込んでいった。
「ハハハハッ!バカめ!!」
イーバーンは今完全に油断している。その隙をレイスは見逃さなかった。
(今だ!)
レイスは反復横跳びの要領で、イーバーンの右側に移動して、拳を彼に突き出した。すると、レイスの拳はバリアーに遮られることなく、イーバーンの顔に迫った。
「な、何っ!?」
イーバーンはこの時、始めてはっきりと動揺を見せた。
レイスの決死の攻撃はしかし、イーバーンを倒すことはできなかった。
イーバーンはレイスの渾身の一撃を避けてみせた。しかし、一方で、レイスの拳は彼の顔をわずかにかすめ、彼の頬からは血が吹き出した。
「こ、このガキ!!」
「グフッ!!」
イーバーンが放った蹴りがレイスの鳩尾に刺さり、彼は思いきり蹴り飛ばされた。
「ゲホッゲホッ」
「ハァ、、、ハァ、、、ま、まさか、俺が傷をつけられるとは思わなかったぞ、、、」
イーバーンは剣を抜いて倒れ苦しむレイスに歩み寄る。
「貴様からは危険な匂いがする。貴様は転移者様に害を為すかもしれない。貴様は今ここで確実に殺す!!」
ドッ
イーバーンはレイスを貫こうとした。しかし、彼の剣が貫いたのはレイスではなく、2人の間に割って入ったフレイヤであった。
「フ、フレイヤ様!」
「女、、、邪魔をするか、、、!」
レイスはフレイヤに手を伸ばす。
「もう良い!2人まとめてあの世に送ってくれるわ!!」
イーバーンは剣をフレイヤから引き抜くと、再び振り上げた。その時、
ガッ
フレイヤがレイスの手をガッチリと掴んだ。その瞬間、
「ぐわぁっ!!」
膨大なエネルギーが放たれ、イーバーンは吹き飛び地面に倒れた。
「フ、フレイヤ様、、、」
「レ、、、イス、、、」
口から血を滴らせながら、フレイヤはレイスに告げた。
「あ、あんな奴らに、、、世界を、、、渡すわけにはいかない、、、あなたには、、、不本意かもしれない、、、でも、、、私の力を、、、受け取って、、、」
フレイヤの力がレイスにどんどんと注がれていき、その度にフレイヤの体が透けていく。
「お願い、、、世界を救って、、、!」
その言葉をレイスに言ったのとほとんど同時に、フレイヤは消えた。
読んでくださりありがとうございます。
次話はイーバーン戦決着です。