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第6話 決意

レイスの目が覚めた時、彼は、真っ白な部屋でベッドに寝かされていた。起き上がろうとしたが、両手両足を鎖で縛られていて全く動くことはできない。


「クソッ なんなんだこれは、、、」

「おはようございます。レイス様」


レイスがもがいていると、部屋に1人のシスターが入ってきた。コウガの取り巻きの1人、シルフィと似た感じの服であるため、レイスが眠らされる前のコウガたちの会話から考えて、レイスはこのシスターがシルフィと関係のある人物なのだろうと察した。


「お、おいあんた!これはいったい、」

「レイス様にはこれから「教育」を受けてもらいます。」


レイスの声を遮るように、シスターが淡々と告げた。


「は、、、?教育、、、?」

「はい。偉大なる英雄コウガ様の素晴らしさはこの国中の人たちが知っていますし、コウガ様の功績や偉大さを称えるのは全ての人の義務であります。しかし、中にはコウガ様の功績を知らず、あまつさえコウガ様に反抗しようという愚かでかつ憐れな者たちが少なからずいるのです。そのような者たちに対して偉大なるコウガ様は慈悲深くもチャンスを与えてくださいました。それがこの場所です。」


シスターはコウガへの賛美を随所に混ぜながら、怒涛の説明を始めた。


「ここは憐れな者たちを矯正するために作られた「コウガ様教育病院」です。ここは院長である「聖女」シルフィ様がお考えになられたコウガ様の素晴らしさを教えるための教育プログラムをコウガ様の素晴らしさを理解していない憐れな患者の皆様に受けてもらう病院となっています。」

「ちょ、ちょっと待て!なんで俺がそんなトチ狂ったことをされなくちゃならないんだ!?あんなヤツについて学ぶことなんか全くねぇ!あいつは父さんと兄さんの仇だ!あの野郎をぶっとばしてやる。」

「、、、なるほど。シルフィ様が仰られていたように、どうやら相当重症のようですね。ではやはりあなたにはシルフィ様が直々に作った教育プログラムを毎日受けてもらいます。」



その日以降のレイスの生活は、まさに地獄と言ってもよかった。



起床は深夜の3時。体に貼り付けられた機械から電流を流され起こされる。


そこから6時までの3時間、コウガがいかに素晴らしい人間なのかということを綴った辞書のように分厚い本を朗読させられる。部屋は常に監視カメラで見張られており、少しでも朗読を止めようものなら、容赦のない電流が全身を襲う。


7時から正午までの5時間は、瞼を無理やり開けさせられてコウガの戦いぶりを記録した映画を見させられる。


13時からは、6時間ぶっ通しで、コウガを褒め称える内容の授業を受けさせられる。少しでも不真面目な素振りがあれば、すぐさま懲罰部屋へ連れていかれ、審問官による過酷な拷問が待っている。


そこから就寝時間である23時まで、再びコウガの素晴らしさを記した本を朗読させられる。基本的にこの1日が繰り返された。時々、自由行動が許可されたが、それは病院の中を歩くことだけであった。おまけに、院内には至るところにコウガの素晴らしさを称えるポスターが貼られており、レイスのように院内を歩き回る患者たちは皆ぶつぶつとコウガを称賛する言葉を発し続けていた。そのため、わずかな自由時間でさえも、レイスの精神をすり減らし続けた。


レイスの新しい生活は、このような環境であった。当然、レイスは何度も脱走を試みたが、逃げ切れるはずもなく、脱走する度に連れ戻され、拷問を受けた。


何度も何度も気が狂いそうになったが、レイスが正気を失いそうになる度に、シスターたちが彼に回復魔法をかけて無理やり正気に戻すため、レイスには正気を失うという逃げ道さえなかった。



レイスがとった最後の手段、それは、コウガの狂信者を演じることであった。ある日を境にレイスは誰よりも熱心にコウガの本を朗読し、映画を視聴し、授業を受けるようになった。そして、自主的にシスターを呼び止めては、コウガの素晴らしさを語った。

レイスにとってはこの上ないほどの屈辱であった。しかし、彼は耐えた。この「地獄」から抜け出すために。


レイスのこの努力は実った。

次第にレイスはシスターたちからも警戒されなくなっていき、自由に行動できる時間が増えた。

そして、この病院に来てからおよそ2年、「教育」が完了したと判断したシスターたちにって、レイスはついに退院を許された。病院を出た頃には、ビネガー家の特徴である彼の赤い髪はストレスによって真っ白になっていた。


病院を出たレイスは、入院していた他の10数名とともに、故郷の村に帰すという係の者に連れられて、街を歩いて行く。道中で見た街の光景は、まさに「異常」を形にしたかのようなものであった。


(なんだ、、、これは、、、?)


純金でできた巨大なコウガやその取り巻きたちの像。コウガを褒め称える内容の詩を子供に聞かせる吟遊詩人。コウガのポスターや彼のフィギュアを売る店等々、まるで街すべてが、コウガのためだけに存在しているかのようであった。


あまりの不気味さに恐怖を感じたレイスであったが、それを顔に出そうものならまた病院に連れ戻される。


しばらく歩いていると、駅のような場所に辿り着き、用意されていたバスにレイス達は乗り込んだ。何が起こるかわからないため、バスの中でもレイスは気を抜かなかった。バスは窓から景色が全く見えないほど速く、停車する度に風景が変わる。1人、また1人、元患者たちがフラフラと下車していき、とうとうバスの中はレイス1人になった。そして、次に停車した時、見えたのは、懐かしい故郷の村だった。


(帰れる、、、これで、、、ようやく、、、)


レイスは胸がいっぱいになり、涙が溢れそうになったが、それをグッと堪えて、運転手にペコリと頭を下げて下車をした。


(ああ、、、懐かしいなぁ、、、)


この時ばかりはレイスの心から怒りが無くなった。レイスは久しぶりに弾む気持ちで村に入って行った。


しかし、そこで見たものは、レイスの心を打ち壊した。


「こ、これは、、、」


村の様子は、記憶とはかなり違っていた。そこは元々いた街と同じように、至る所にコウガを褒め称えるポスターが貼ってある。そして、レイスとシードルが修行をした広場には、見上げるほど大きな、剣を掲げたコウガの像が建ててあった。

かつて、ホテルで目が覚めた時と似たような状況。

猛烈に嫌な予感がしたレイスは、自分の家目掛けて走り出した。しかし、そこにはもはや家はなく、ただの更地があった。


「そんな、、、バカな、、、」


唖然として立ち尽くすレイス。通りかかった村人に話を聞いたところ、経緯はこうであった。

領主が倒されたあと、コウガの使者が村に訪れ、領主がいかに悪党であったか、そして、コウガがいかに素晴らしい存在であるかということを、何ヶ月にも渡って広めた。

その結果、村の誇りであったはずのビネガー家はあっという間に嫌悪される存在になり、家も取り潰されてしまったのだった。




家族も、家も、誇りも、全てを失ったレイスは、村を出てトボトボと何も考えず何日も何日も森を歩いた。


「ぐっ、、、ぐぅぅっ、、、うわぁぁっ、、、!」


今の今まで溜め込んできた感情が溢れだしたようにレイスの目から涙が流れた。

レイスは悔しかった。尊敬していた父さんと兄さんが、あんな軽薄な、何も背負っていないような男に、虫ケラのように殺されたことが。


そして、コウガの全てを見下すかのようなニヤケ面や、そんな彼を無条件で賛美の限りを尽くす女たち、そして、彼らを盛り上げるための舞台装置に成り果てた街の住人たちを思い出すと、怒りが沸々と込み上げてきた。


「殺す、、、殺してやる、、、っ!あいつを、、、あいつの取り巻きどもを、、、全員グチャグチャにぶっ殺してやるっっ!!」


レイスは、自分から全てを奪った者たちへの復讐を決意した。そして、彼はさらに森の奥深くへと移動をし、そこを拠点として、10年以上、ただひたすらトレーニングに励むことになるのである。


すべては、コウガたちを倒すために。

レイスの過去編はこれにて終了です。

読んでくださりありがとうございました。


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