第50話 次の世界へと(2)
ガンガンガンッ!!
ガンガンガンッ!!
「あーさーだーよーッッ!!!!」
楽器のように鉄を叩き合わせる轟音と、けたたましい咆哮のような叫び声が耳に突き刺さり、レイスはベッドから飛び起きた。
「わぁっ!?なんだ!?敵か!?」
パジャマのままガントレットを出現させ部屋を飛び出してきたレイスを見て、家庭的なエプロンと三角巾を見に纏い、両手にフライパンとお玉を持ったグレッグはため息をつく。
「おはようございます。落ち着いてください。朝食ができたから起こしただけです。時計をご覧なさい、もう5時半、良い子は起きる時間です。」
そう言うと、グレッグはテーブルを指差した。テーブルの上には、焼いたパン、サラダ、切ったベーコンと溶いた卵を油で炒めて黒コショウをまぶしたものがそれぞれ4人分並べられている。
テーブルの椅子の一つには、未だに寝ぼけ眼のパナケイアがうつらうつらといった様子で座っている。
「ホラッ!フレイヤ様も起きてください!!早く起きないと朝ごはんが消えてなくなりますよ!!」
グレッグの再三の呼びかけに、ようやくフレイヤが寝室から目を擦りながら出てきた。
「さぁ、みんな主に感謝をしながら食事といきましょう。人間にとって大切なことは規律です。規律を守ることにより、我々の精神はより豊かに、より強靭なものになるのです。というわけで、先日は少し寝るのが遅くなりましたが、5時半に起きて10時半までには就寝。規則正しい生活をこれから毎日心がけていきましょう。では、いただきます。」
「あ、はい、、、いただきます。」
若干早口の説教が終わり、ようやく4人は朝ごはんを食べ始めた。
(え?マジで?これから毎日5時半に起こされるの?)
(嘘でしょ?私普段8時余裕で過ぎるわよ?)
(え〜?明日から早起き〜?)
戦いに勝利した後の爽やかな朝にも関わらず、グレッグ以外の3人は明日以降の生活に不安を覚えながらグレッグの料理を口に運ぶ。
「えっと、、、とりあえず!今後のことを話し合いましょう!!」
暗くなった雰囲気を吹き飛ばすようにフレイヤが大声で話を振る。
「いよいよ今日、私たちはアルフガンドを発つわ。」
その言葉に一同、特に、アルフガンド生まれアルフガンド育ちのレイスとグレッグに緊張が走った。
転移者の能力で実質的に地続きになったとはいえ、その移動規模は旅行で外国に行くのとはまるでわけが違うのである。
文字通りの別世界。生まれ育った世界を完全に飛び出してしまうとなると、どれだけ強靭な神経を持った者であっても緊張せずにはいられないであろう。
「違う新しい世界はこことは全く全てが違うと考えなくちゃダメよ。重要なのはその世界の常識をあらかじめ学んでおくことよ。下手なことをして逮捕とかされたらたまらないわ。」
「はーい。」
レイスは自分の方を見られてる感じがして気まずそうに返事をする。彼自身も、フレイヤの言葉でミケーアで起こした騒動のことを思い出していた。
「ひとまず重要なのはそんなところね。昨日はみんな疲れてたから一晩休んだけど、本来グズグズしている暇はないわ。私たちがずっとここにいたら、アルフガンドが危ないもの。」
それは、ミケーアで話していた作戦のおさらいでもあった。レイスたちがアルフガンドに留まり続けていれば、転移者の手下が次々と押し寄せるか、最悪の場合、アルフガンドそのものを消しにかかるかもしれない。
それを防ぐためにも、レイスたちが常に移動しながら転移者の勢力を潰していくことで、彼らの目がレイスたちに釘付けになり、アルフガンドに手を出す余裕を奪う必要があった。
「特に昨日はコウガの側近の1人を倒したから、彼らも私たちを無視することができなくなってくるはずよ。だから早めにここを出ないと。ということだからグレッグ。早く乗り物の準備を。」
「え?」
思いもよらぬタイミングで話を振られたグレッグは間抜けな声色で聞き返す。
「いや、だから、ここに来る時に乗ってきたでしょ?アレよアレ。どこに置いてるの?」
「いや、、、ないですよ、、、?そんなの、、、。」
「はい?」
「だって、、、あの時こっちも結構ワタワタしてましたし、、、正直どこに行ったのやら、、、もしかしたら誰かの攻撃で吹き飛んだかも、、、」
「「、、、、、、」」
レイスとフレイヤが「これはマズイ」という表情になって顔を見合わせた。
そして、互いにわずかに頷くと、朝食を一気に全て食べ切って部屋を飛び出した。
「「ウォォォッッッ!!何か移動手段を探せェェェッッッ!!!」」
その後、グレッグとパナケイアも混えて屋敷を捜索した結果、屋敷から少し離れた倉庫の中に「それ」はあった。
「これはなんというか、、、でかいですね、、、」
レイスは本くらいでしか見たことがなかったが、それは明らかに数十人を運ぶことを目的とした大きさの「飛行機」であった。
「どうします?この大きさ明らかに持て余しますよね?そもそもこんなのに乗って街の中とか絶対に入れないですよ。」
「フッフッフッ!私が何も考えてないと思った?ジャジャーーンッ!!」
フレイヤが自信満々の表情で懐から小さな鞄を取り出した。
「、、、それは?」
「まぁ、見てなさい。それ!」
フレイヤが鞄を開くと、巨大な飛行機が吸い込まれてスポンと鞄の中に入ってしまった。
「なっ、、、!」
「これは「マジックバッグ」。さっきパーナ(パナケイアのこと)が見つけてくれたの。飛行機くらいなら収納できる、巷じゃ旅行に必須のアイテムよ。転移者が政権を握ってから技術はやたらと発達したからこういう時はありがたいわね。これで街に入らない問題は解決よ。しかもこの飛行機、最初に乗ってきたやつとは馬力が段違いだわ!これなら移動もあっという間よ!」
「なんという都合のいい、、、まぁ、問題ないならなんでもいいか、、、」
レイスとフレイヤの間で一件落着の雰囲気が流れるが、そこに顔面蒼白のグレッグが割って入った。
「あの、、、お話の途中失礼しますが、、、」
「ん?何?」
「これ、、、誰が操縦するのですか、、、?」
「「、、、、、、」」
「えー。本日のフライトの機長を務めますは、ミスターグラッドストンです。ではグラッドストンさん、挨拶をどうぞ。」
「乗客の皆様おはようございます。本日は快適な空の旅を、、、ってムリムリムリムリッッ!!すんませんすんません!!ノリでなんとかできる次元じゃない!!」
レイスに言われるがまま、2人揃って操縦士の服を着たわけだが、この段階で正気に戻ったグレッグは激しく首を振って後ずさる。
「大丈夫大丈夫。みんなをここまで連れてきてくれたじゃんか。」
「あれ一応政府職員になった義務として免許取らされただけですよ!?しかもプライベートで乗り物使ったことほぼないペーパードライバーです!あの時でもどのボタン押すのか割とうろ覚えだったのにこんな大型操縦できるわけないでしょ!?見てよこの3倍はありそうなボタンの数!!」
「いや、いけるって絶対。操縦席にマニュアルあったし。」
「マニュアルでなんとかなるとでも!?」
「信じるんだ。君の「主」を。」
そう言うとレイスは彼を担いで半ば強引にコックピットに座らせる。
「う、嘘でしょ、、、ホントに、、、?」
「俺を助けたときみたいに覚悟を決めてくれ。それとも俺が運転するか?」
「、、、免許持ってるんですか?」
「持ってると思う?」
しばしの沈黙の後、グレッグは顔の汗を拭ってハンドルを握った。レイスに操縦させるよりは自分の方がマシだと思ったのだ。
「、、、分かりました。しばらく勉強しますので少し1人にしてください。」
「では機長、よろしくお願いします。」
レイスはペコリとお辞儀をしてからコックピットを退出した。
客席では、フレイヤとパナケイアが並んでガールズトークに花を咲かせているところであった。
「あ、レイス。どうだった?」
「なんとか説得できましたよ。離陸まで少し時間がかかりそうですが。」
「よかった。この中でかろうじて運転できそうなのってグレッグだけだものね。」
グレッグが孤独な戦いを繰り広げている中、3人は結構呑気に雑談をする。
その後、
「フゥーッ。フゥーッ。主よ、、、私に勇気を、、、」
一通りマニュアルを頭に入れたグレッグが深呼吸をしながらハンドルを握る。そして、
ウィィィンッ
「おっ。ついに動き出した。」
機械音と共に、飛行機がゆっくりと進み始めた。飛行機はだんだんと速度を上げていき、ついに地面を離れて空を走る。
「すごいな。景色を楽しむ余裕がない。窓の外は完全な「線」だ。本当に別の世界に行くってじっかんできるなァ。」
(もう、子供ねぇ、、、)
レイスは小さい子のように窓に貼り付いて景色を眺める。少年時代の2年間を病院という名の洗脳施設で生活し、それから10年以上森で生活したレイスは、精神年齢が10代の頃のままであった。
そんなレイスを、フレイヤは母親のような目で微笑みながら見守るのであった。
呑気にしていたレイスとフレイヤであったが、コックピットはそうではなかった。
「私ならできる!私ならできる!!」
「頑張って〜グレッグ〜」
パナケイアの応援を背に、グレッグは汗をダラダラと流しながら震える手でハンドルを握る。
一方その頃、、、
「おっ、やっと動き出したか。」
飛行機の貨物室に忍び込んでのんびりしていたアイザックスが、音と振動から飛行機が発進したことを察した。
「徹夜の作業」により既に強い眠気に襲われていたが、本当にこの飛行機で移動するかは不明だったため、睡眠欲求に耐えてなんとか起きていたが、ちゃんと飛行機が動き始めたことで安心して、途端に一段と強い眠気が襲ってきて、大きなあくびをする。
「さてと、見つからないところで眠らせてもらうとしますかね、」
そう言うとアイザックスは物陰に隠れて眠るのだった。
こうして、三者三様の様子で時間は過ぎていく。やがてあっという間にアルフガンドを抜けて、一行は完全な「別世界」へ飛び出していくのであった。
そして、それは当然、さらに激しい戦いの始まりでもある。
一向の次の目的地は、冒険者の国「ナロピアン」。
彼らの波乱に満ちた冒険はまだまだ始まったばかりである。




