第5話 奪われた「変わらぬ毎日」
この物語の真の主人公、レイスの始まりの物語です。
「やぁっ! はっ!」
バシッ ドカッ
都会からはるか離れた、森の中にある村。その村の中央にある広場にて、1人の少年が、彼によく似た顔つきの青年と組み手をしていた。
「ハハハッ!まだまだ!」
少年と相対する青年は、少年の攻撃を軽々と躱していく。2人の間には、体格差以上に、明確な技量の差があった。
「ホレッ」
ガッ
「うわっと!」
青年に足を引っ掛けられた少年は、大きく体勢を崩す。そこへ、
「ハッ!!」
青年の張り手が容赦なく少年の胸を捕らえた。少年は地面に垂直に飛び、そのまま木に激突した。
2人の組み手を見ていた周囲からオーっという歓声があがり、青年を含めた複数の村人が、木の下で倒れている少年に駆け寄った。
「大丈夫か?レイス。」
青年は動かない少年、レイスに心配そうに声をかけるが、
「問題ないよ。シードル兄さん。」
すぐさま返事が返ってきて、レイスは何事もないかのように起き上がった。
「今日はここまでだ。家に帰るぞ、レイス。」
シードルに言われて、レイスは彼の後をついていった。2人が去った後、村人たちは各々兄弟について話し合った。
「いやー、よかったよかった。音がヤバかったからもしかしてって思ったけど、やっぱり大丈夫だったな。」
「当たり前さ。あいつは昔から体だけは滅茶苦茶頑丈だったからな。」
「ただなぁ、、、レイスは魔法も剣も弓もからっきしだからなぁ、、、そこらの農家の倅だったら全く問題ないんだが、魔王軍の侵攻が続く今の時代、領主に仕える騎士の息子が体が強いだけで魔法が全く使えないのはなぁ、、、」
「あぁ、確かに。それでも、兄貴があのシードルじゃなかったら、あそこまで比べられることもなかったんだろうが、」
「まっ、騎士として普通にやっていく分には困らないんじゃねーの?」
シードル・ビネガーとレイス・ビネガー。この兄弟は、故郷の村をはじめ、いくつもの街や村を治める辺境伯に仕える騎士、ワイン・ビネガーの息子として生まれた。
7つ年が離れた2人は幼い頃から、領主に仕え、人々を守ることが義務であると教わり、将来的には2人とも騎士となるために、日夜修行に励んでいた。
しかし、この2人の「差」は、それこそレイスがまだ幼少の頃から顕著に現れていた。
兄のシードルは、若干5歳にして複数の種類の魔法を覚え、剣術や弓術、格闘術などあらゆる分野で大人顔負けのセンスを発揮して、2年前、彼が15のとき、彼よりも年上の多くの候補生を試験で破り、史上最年少で騎士に任命された。
一方で弟のレイスは、秀才を絵に描いたような兄とは対象的な存在であった。この世界の人間は、たとえ魔法が不得意な者であっても、4、5歳の時点で指先に光を灯すくらいのことはできるが、レイスは10歳になっても、魔法の類を全く扱うことができなかった。彼は魔法だけでなく、剣術や弓術などの才能にも恵まれず、いつも優秀な兄と比較されていた。唯一得意と言えたのは生まれ持った頑丈な体と、そこから繰り出される格闘術であったが、それでも兄との差は埋めることができなかった。
レイスは、兄に対して、憧れと嫉妬が入り混じった複雑な感情を抱いていたが、不思議と兄弟仲は悪くなく、シードルが休みの日などは2人はよく一緒に修行をしていた。
「なかなか惜しかったな。お前、かなり上達したよ。」
「ホントに?」
「ああ。見違えた。このままだとすぐに追い抜かれるかもな。」
帰りの道中、シードルは弟の成長を褒めるが、レイスは素直に受け入れられなかった。
「兄貴が言うと嫌味に聞こえるな。俺はまだ魔法も使えないし、、、」
「魔法や剣が全てじゃないさ。俺の見立てだと、お前には素手で戦う才能はかなりある。全部を手に入れようとするんじゃなくて、得意なことを伸ばしていけば強くなれるさ。」
シードルは弟に対して威張ったりすることなど全くなかった。そのため、兄の才能に嫉妬はしつつも、レイスは兄を嫌いになることはなかった。
その夜、寝室にて二段ベッドの下側からシードルが弟に話しかけてきた。
「なぁレイス。俺には夢があるんだ。」
「夢?」
「今こんな時代だろ?いつ魔王軍が攻めてくるか分からなくてみんな不安がってる。俺さ、もっともっと修行して、誰にも負けないくらい強くなったら、騎士やめて魔王をぶっ倒しに行きたいんだ。そんで英雄になって女の子にモテモテに、、、ウヒヒ、、、」
「最後のがなかったら感動したかもね。」
「コホン。まぁ、半分、いや7割くらいはそれが目当てだが、世界を平和にしたいのも本当だ。このまま領主様の護衛を続けても、世界は変わらない。俺に才能があるのなら、それをみんなのために活かしていきたいんだ。レイス。単なる俺のわがままだけど、お前には強くなって、立派な騎士になってほしい。そうすれば親父も安心するだろうからな。」
「、、、、、、まぁ、あまり期待しないで。」
それから2年、、、
シードルはどんどん出世をしていき、ついに19歳という異例の若さで領主の近衛兵に抜擢された。
そして、レイスの成長も目覚ましかった。彼の格闘センスは同年代でも群を抜いており、身体能力だけならば熟練の騎士や冒険者と比べても遜色は無かった。
兄と比べられていたのももはや昔の話で、レイスはシードルに並ぶ新たなヒーローとして村中から期待されていた。
「聞いたぞレイス。訓練所の教官を組み手で倒したらしいな。」
朝食の最中、正面に座る父が嬉しそうに話す。
「お前は魔法が全く使えないから少し不安だった、、、兄さんがアレだからお前も気にするんじゃないかと思ってな。だが、よくここまで頑張ったな。」
「ありがとう。父さん。」
「それでだ、今度の私の3日間の休日なんだが、シードルの休日と被ったから、一緒に領主様の街に行かないか?久しぶりに家族みんなで過ごそうじゃないか。」
「っ! うん!!」
シードルが都会で働くようになって以来、全く会えていなかったため、レイスは喜んだ。こうして親子は、ほとんど丸一日かけて、シードルのいる街に向かったのだった。
街に着いて、レイスは圧倒された。領主がいるだけあってただでさえ人口は故郷の村とは比べ物にならない。それに加えてこの日は祭りで、どこもかしこも人でごった返していた。レイスははぐれないよう父親の手をしっかりと握り、大通りを二時間もかけて少しずつ進んでいき、ようやく待ち合わせの場所で、レイスたちが大通りで苦労しているのを見透かしてニヤニヤしているシードルと合流できた。
久しぶりに親子で揃った3人は、祭りを満喫することにした。その最中、シードルが弟に耳打ちをする。
「なぁ、レイス。ちょっといいか?」
「ん?何?」
「今日親父に言おうと思ってるんだ。お前が大きくなったら騎士辞めて魔王を倒しにいくってことを。」
「、、、、、、」
「今日ぐらいしかないと思って。まぁ反対するだろうけどさ、言い争いになったら援護してくれよ?」
「、、、うん。」
(アレ本気だったのか、、、)
レイスは、兄が子供のような夢を持ち続けていたことに内心呆れつつも、兄が自分のことを一人前だと認めてくれたようで嬉しかった。
(でも冒険者になるなんて、父さんは許さないだろうなぁ、、、)
2人がこの後激しく喧嘩するのは目に見えてる。さてどうしたものかと頭を悩ませていた時、
ドォォォン!!
雷のような轟音が通りに響き渡った。通りにいた全員が、音のした方角を見る。すると、街のどの場所からでも見える丘に建つ巨大な屋敷から大きな煙がモクモクとたち昇っていた。
祭りの楽しさは一変、通りは一気にパニック状態になり、人々が次々と走り出して、さながら川の流れのようになる。
「こっちへ!近くに俺が取っておいた宿がある。」
シードルは父と弟の手を引いて、通りを抜けていった。
彼の言っていたホテルは本当にすぐ近くにあり、彼らはホテルの部屋に駆け込んだ。
恐ろしい光景を見たレイスは、ベッドの上で震えている。シードルはそんな彼に飲み物を渡すと、父親と話し始めた。
「親父、爆発が起こったばしょだが、、、」
「ああ、間違いない。あれは領主様の屋敷だった。」
2人は互いに頷くと、クローゼットから2本の剣を取り出して、1本ずつ腰に差した。
「レイス。頼むから少しだけここで待っててくれ。俺たちはすぐに問題を片付けてくる。」
「い、嫌だ!俺も行く!」
「駄目だ。お前はまだ子供だ。」
「お、俺はもう兄さんと同じくらい強いよ!お願い連れてって!」
レイスは恐怖を押し殺し、まっすぐ兄の目を見る。
「、、、分かった。」
シードルはそう言うと、優しくレイスを抱きしめる。
「レイス、本当に立派になったな。」
「兄さん、、、」
ドスッ
「え、、、?」
シードルの手刀がレイスの首を直撃し、レイスは訳も分からず意識を手放した。
「ごめんな。軽く片付けてくるから、ちょっとだけ待っててくれ。」
レイスをベッドに寝かせたシードルは、父と共にホテルを後にし、領主の屋敷へと向かうのであった。
それから約3時間後、、、
「イテテテ、、、ちくしょう、兄さんめ、、、」
レイスは兄への恨み言を呟きながらベッドから起き上がった。
「そ、外は、、、?」
レイスがホテルの窓から街を見下ろすと、先ほどまでのパニックは一体どこへ行ったのか、お祭り状態に戻っていた。
「そうか!兄さんたちが悪い奴をやっつけたんだな!
、、、ところで、2人はどこにいるんだろ?」
兄たちのお陰で混乱がすぐに収まったのだと思ったレイスは大急ぎで部屋を出て、ロビーに向かう。
「いやー。やっぱりすごいよな。コウガ様とそのお仲間たちは。」
「あれだけ大勢いたのに、バッタバッタと無双状態だもんなぁ。」
「あれこそまさに「英雄」って奴だよな!」
ロビーでは、人々が何やら話をしていた。
(コウガ、、、?確か、最近話題の冒険者だったっけ、、、?)
冒険者ギルドに登録してわずが数日で、ギルドの記録を次々と塗り替える若き冒険者コウガの噂は、レイスも村で聞いたことがあった。
(その人もこの街に来てたのか、、、もしかしたら、兄さん達がどこにいるか知ってるかも、、、)
「しかし驚いたよなぁ。まさか領主が奴隷組織の元締めとか盗賊団の支援とか、色々やってる大悪党だったなんて。」
ホテルを出ようとした時、噂話をしていた人たちの1人が、衝撃的なことを口にした。
「ま、まって!おっちゃん!領主がなんだって!?」
「ん?なんだ坊主知らねぇのか?さっき外で爆発があっただろ?あれどうやら、コウガ様が裏で悪事を働いていた領主を倒すために放った攻撃だったらしいぜ。」
「な、なんだって、、、?」
あまりに予想外のことで、レイスは一瞬頭が真っ白になる。そして、別の男が興奮しながら放った言葉は、レイスをさらに驚かせた。
「それでな。その領主を守るために多くの騎士が立ちはだかったらしいんだ。コウガ様のパーティーは5人、対して騎士は数百、にもかかわらず、コウガ様たちはバッタバッタとなぎ倒して、領主を守っていた騎士達をほとんど全滅させたらしいぜ。」
それを聞いた瞬間、レイスはホテルを飛び出した。ありえないと思いつつも、ある可能性が頭をよぎって離れなかった。休む間もなく走り続け、父と兄を呼ぶ。
「兄さん!父さん!どこにいるの!?」
いくら呼びかけても、返事は返ってこない。レイスは自然と、領主の屋敷の方へ向かっていた。
そこには屋敷はなかった。それどころか、屋敷が建っていたはずの丘さえもなかった。あったのは半径数百メートルはありそうな巨大なクレーターだった。
「なっ、、、なっ、、、!」
あまりの光景にレイスは言葉を失う。レイスがここに来たのは、父と兄は領主を助けに来たに違いなく、その領主の屋敷ならば、何か手掛かりを得られるとおもったからだった。しかし、実際に来てみると、そこにあったのは巨大な破壊の跡。手掛かりなど手に入る余地もなかった。
「おい坊主。そんなところで何をしている。危ないぞ?」
呆然とするレイスに気づいた見張りの兵士が、心配そうにレイスに話しかけてきた。
「こ、ここで、、、何が、、、」
「知らないのか?コウガ様が領主を守る騎士達に囲まれた時に、魔法で屋敷ごと一掃したんだ。それに加えて丘までこんなふうに跡形もなく消しちまうんだからな。人間業じゃねぇよなぁ。全く大したお方だよ。」
兵士はコウガへの尊敬が混ざった口調で、レイスにこの場で起こった事実を告げた。兵士とは対照的に、レイスは全く楽しくなかった。兄と父がここで死体すら残さずに死んでしまったことを。
レイスはトボトボと街へ戻って行った。そこでレイスは、街がやけに盛り上がっているのに気づいた。ほとんど無心のまま、レイスは音のする方向へ歩いていく。
やがて、街の広場らしきところにたどり着いた。そこにいたのは人、人、人、街中の人間が集まったんじゃないかと思うほど大勢の人が、ドーナツ状になって誰かを囲んでいた。
「ありがとー!」
「英雄様の誕生だー!」
「コウガ様バンザーイ!」
民衆が熱狂していた対象はコウガであった。それを聞いたレイスは居ても立っても居られず、人をかき分けて広場の中心に進んでいく。そして、ついにレイスはコウガとその仲間達を目にした。
「やれやれ。僕は大したことなんてしてないんだけどな。やれやれどうしてみんなこんなに拍手してくれるのかな?」
「ニャー。謙遜しすぎなのがコウガのいけないところだニャ。」
「フッ。全くだな。コウガ殿はその偉大さに対して欲が無さすぎる。」
「ホントよね。コウガならすぐに王様にだってなれるのに、まるでそんなこと望まないんですもの。」
「はわわっ!わ、私はそんな慎ましいところも好いております!!」
パーティーは5人。真ん中のコウガと思われる人物以外は全員女性であった。真ん中の男コウガは、困ったようなヘラヘラした表情を浮かべ、女4人はそんなコウガを称賛しまくる。
つい先ほど、激しい戦闘があったとはとても思えないような軽いノリの集団。
「こんな、、、奴らに、、、兄貴が、、、。」
その態度が、既に怒りで満ち溢れつつあったレイスの逆鱗に触れた。
「うおおおおおおおっっっ!!!!」
レイスは雄叫びをあげ、数年ぶりに剣を抜くと、群衆から抜け出してコウガ目掛けて突っ込んでいった。その場にいた全員がレイスを見る。
「コラッ!止まれ!」
コウガ達を囲っていた兵士たちが、レイスが武器を持っているのに気付き、止めようとするが、
「どけっ!!」
ガッ
「ぐぁっ!」
レイスは立ちはだかる兵士たちを難なく弾き飛ばす。邪魔者を退けたレイスは父と兄仇目掛けて飛びかかった。
コウガの方は、状況を理解できていないのか、ポカンとした口半開きの様子で立ち尽くしていた。周りにいた女達も、驚きの表情こそ見せたものの、レイスの迎撃に動く気配はない。
「喰らえぇぇぇっっっ!!!」
渾身の力を込めて剣を振り下ろす。かつて、レイスは修行の一環で、村の近所にあった大岩を、周囲の静止を聞かず思い切り殴ったことがあった。
そして、大方の予想を裏切って、レイスの拳は大岩を粉々に砕いたのだった。
それほどの力で剣を振り下ろしたため、レイスは、コウガが真っ二つになって倒れるに違いないと思った。
「、、、、、、は?」
しかし、直後彼の目の前にあったのは、真っ二つになったコウガではなかった。完全に切り裂いたと思ったコウガは平然とし、それどころか、振り下ろした剣の刀身が完全に消滅してしまっていた。
実際には消えたのではなく、コウガが一瞬で剣を抜き、レイスの剣を砂つぶ以下の大きさに細切れにして再び剣を収めたのだが、レイスはその一連の動きを、感じ取ることすら出来なかった。
「な、なにが、、、」
訳がわからず呆然とするレイス。そこへ、何かが自身の体目掛けて飛んでくるのを感じた。
「ッッ!!?」
ドゴッ!!
「ぐふっ!?」
それが攻撃であると本能で理解したが、レイスはその動きに反応しきることができず、その攻撃を腹部にまともにくらってしまう。
吹き飛ばされたレイスはそのまま壁に激突して倒れた。
「ガ、ガハッ!」
一瞬遅れてきた激痛にレイスは身悶え、胃から逆流してきたものを地面にぶちまける。
広場は一瞬にして騒ぎとなり、多くの人々がその場から離れて、建物の影などからコウガ達とレイスを見物する。
「フニャーッ!!コウガを怪我させようとするヤツは許さないニャッ!!」
レイスに強烈な蹴りを放った、コウガのパーティーメンバーの1人、獣人の少女「タマ」は、全身の毛を逆立てながら、嵐のような殺気を放つ。
「まったく、タマは相変わらずおバカさんね。コウガがあんなので傷つくはずがないですわ。」
魔法使いの少女、マリーが、そんなタマに呆れて、ため息をついた。
「まぁまぁ。そんなイジワル言わないで。僕のために怒ってくれてありがとう。タマ。」
「ニャフー♡」
コウガがタマを褒めながら彼女の頭を撫でると、タマの尻尾がフリフリと揺れる。先ほど命を狙われたとは思えないなんとも呑気な光景だが、パーティーの女達はともかく、コウガは意識を常にレイスに向けていた。
(タマの「亜光速」と言っていいスピードの蹴りをくらって原型を留めてる。それに、、、一瞬タマの動きを目で追った。)
コウガの人智を超えた動体視力は、タマに吹き飛ばされたあの一瞬の間で見せたレイスのわずかな動きを見逃さなかった。彼は、レイスの思いもよらぬ戦闘の才能に内心驚いていた。
「ガハッ、、、ゲホッ、、、」
(ク、、、ソ、、、あの女、、、なんてパワーだ、、、)
タマの身長はせいぜい150センチで、12歳のレイスとそう変わらない。にもかかわらず、彼女から巨人を思わせるほどの強烈な一撃を受けたことに、レイスは衝撃を受けた。
「ハァ、、、ハァ、、、こんちくしょおおっ!!」
持ち手だけになった剣を捨てて、レイスは拳を振り上げて再びコウガに向けて走り出す。
ドスッ!
「ッッッ!!?」
「コウガ殿に仇なす者は誰であろうと許さん!」
レイスの肩に矢が刺さる。コウガの取り巻きの1人、長い金髪のエルフの女が放ったものであった。
「クソッ、、、これしき、、、」
レイスは肩の弓を引き抜くが、
「ウギャァァァァァッッッ!!?」
直後、全身にかつてないほどの激痛が走り、レイスは地面をのたうち回る。その際、口から流れ出た血が辺りに飛び散った。
(ど、毒か、魔法か、、、!?)
「クソッタレェェェッッッ!!!」
激痛を堪えてレイスは起き上がった。しかし、もはや彼に走る体力は残されていなかった。ゼーゼーと荒い呼吸をしながら、あと数メートルの距離まで近づいたコウガに向けて、一歩をようやく踏み出そうとしたその時、
「パラライズ。」
「グッ!?」
レイスの体が突然、何かに押さえつけられたように動かなくなる。
(これは、、、拘束魔法!?)
見ると、レイスの取り巻きの1人、魔法使いのローブを羽織った女が持つ杖が光っていた。
「やれやれ。君は一体何者なのかな?」
レイスの動きが完全に停止したのを見届けたコウガは、舞台から下りてきてレイスの目の前に立った。
抜き身の剣をオモチャのようにプラプラと揺らせながら話すコウガは、思ったよりもずっと緊張感も威圧感もない男だった。身長は普通、顔つきも特に特徴はなく、幾度も死線を潜り抜けてきたような雰囲気も見せない。また、彼のある意味10代半ばから後半らしい顔つきは、身につけている豪華な貴族服と相性が悪く、どこか「着せられている」ような印象を受ける。
「いくつもの偉業を成し遂げてきた凄腕の冒険者」という説明文とともに彼を紹介されても、大抵の人間は信じないだろう。そういう印象を受けた。
(コイツが、、、父さんと兄さんを、、、!)
コウガの軽薄な口調や態度を見て、さらに沸々と怒りが込み上げてきたレイスは、拘束魔法に抗って口を開く。
「テ、テメェ、、、!よ、よく、、、よくも、、、!父さんと、、、兄さんを、、、!」
「っ!へぇ。タマの蹴りだけじゃなく、カレンの弓やマリーの魔法を受けてなおそこまで話せるのか。」
コウガはレイスの意外なタフさに一瞬驚いた。
「でも不思議だな。僕は君に恨まれることをした覚えはないんだけどな?」
「コウガ。ちょっといいでしょうか?」
「ん?何?」
「彼が持ってた剣ですが、騎士達が持つ剣に装飾を加えたものです。どこかで見たことがあると思いましたが、屋敷でコウガに最後まで食い下がってきたあの騎士の剣と同じものですわ。」
「ああ、これか。」
コウガは腰に差していた剣を取り出した。その剣の柄は先ほどまでレイスが持っていたものとまったく同じ長剣であった。
騎士になった際にもらえる剣2本に星型の装飾を加え、うち1本を弟のレイスに渡した、この世に2本しかない代物。
「よ、よくも、、、兄さんを、、、」
「1人だけ装備が違うし、やけに強かった「ボスキャラ」の彼か。なるほど。この子は彼の身内ってことね。」
レイスの怒りのこもった言葉を無視して、コウガはうんうんとうなづきながら独り言をブツブツと呟いた。
「「ボスキャラの身内が復讐しに来る」か、、、確かに「テンプレ」な感じだな。でもなぁ、こういうのは大体「美少女」って相場が決まってるんだけどなぁ。まぁ、そんなにうまくはいかないか。世の中うまくいかなくってツライなぁ。やれやれ。」
(コ、コイツ、、、何言ってるんだ、、、?)
レイスには、コウガの言っていることがまったく理解できなかった。理解できなかったが、コウガが自分や兄含め、全ての者を舐めていることは喋り方から容易に想像できた。
「どうしたもんかなぁ。「ボスキャラの身内が復讐に来るけど「主人公」の偉大さを知って仲間になる」ってのはテンプレだけど、男はパーティーにいらないし、それに、どうやったら僕の偉大さをこの子は知ることができるのかな?」
「あの!それでしたら!」
台から1人の女が降りてきた。教会のシスターの服を白色にしたような衣装を見に纏った、ストレートの銀髪、上品な顔立ちが特徴の女であった。
「彼を、私が管理している「病院」に入れて、「治療」を受けさせるというのはどうでしょうか!?そうすれば、彼にも神をも超越しておられるコウガ様がいかに偉大な存在であるかが分かると思います!!」
女はコウガへの賛美を交えながら大声で主張する。
教会で働いている印象を受ける格好の彼女が、大声で1人の男、それも、自分の主人というわけではないパーティーの一員にすぎない男、コウガを、「神をも超越した存在」と絶賛している。それは、側から見ればかなり異常な光景であったが、当の女はそれに対して気恥ずかしさなどはまるで感じていない。彼女は心の底から、コウガが神よりも偉大な存在であると信じているのである。
「なるほど!シルフィは賢いな!」
コウガは聖女姿の女、シルフィの頭をポンポンと撫でる。
「はわわっ! プシュー、、、」
「ニャー、、、シルフィズルいニャ。」
「ま、全く、、、それくらいで倒れるなんて未熟な奴だ!、、、わ、私だってされたいのに、、、」
「コ、コウガ、、、私の頭もいつでも撫でてくれていいですわよ?」
シルフィが顔を真っ赤にして崩れ落ち、他の女3人がそれぞれ嫉妬の感情をむき出しにする。
「アレ?みんななんで怒ってるんだろ?僕なんかやっちゃったかな?」
「もう!コウガってば鈍感なんだから!」
「ニャー。コウガは鈍いニャ。」
「そこがコウガ殿の数少ない欠点だな。」
「わ、私はそのようなところも好いております、、、!はわわ、、、!」
(な、何を見せられてるんだ、、、?俺は、、、?)
拘束されているレイスを完全に置き去りにして、彼らは彼らだけの世界に入ってしまった。レイスはその茶番を見て、たまらなく不快な気分になった。
(に、兄さんを殺したというのに、、、!コイツら、、、!)
「テ、テメェら、、、!!いい加減に、、、!!」
「ん?ああっ、忘れてた。 シルフィ、この子をとりあえず眠らせてあげて。」
「はい!コウガ様!」
指示されたシルフィは嬉しそうに魔法を展開させる。
「や、やめ、、、」
「スリープ」
シルフィが放った魔法がレイスを直撃すると、レイスは一瞬で意識を完全に失ってしまった。
レイスの過去とコウガ達との因縁は、短編のものと比べてだいぶ補足するつもりです。
次の話でレイスの過去は終わる予定です。
最後に、ここまで読んでくださって本当にありがとうございます。