第35話 狂愛
天にまで迫るコウガの巨像がそびえ立つ「神の地」。
その敷地内で、巨像から離れた場所に、一つの球団があった。
「愛の宮殿」
誰が名付けたというわけではなく、いつのまにかその建築物はそう呼ばれた。
この宮殿がそのように呼ばれる理由。
豪華かつ繊細なデザインの装飾が、建築家の宮殿への愛を感じさせるからか、
否
結婚式の会場として使われそうだからか、
否
その呼び名の理由は、宮殿の外ではなく中にある。
「それでは、これより宮殿の清掃を開始します!ホコリ一つ残さないように!」
「「「はい!!」」」
「宮殿清掃係」のリーダー格の男が部下たちに指示を出すと、彼らはそれぞれ班に分かれて持ち場へと向かう。
彼らは、奴隷の中でも、宮殿内での仕事を命令された奴隷たちである。
庭園を作ったり、像を作る奴隷たちからは「勝ち組」のように見られているが、彼らの身が安全かと言えば、断じて違う。
食事係は、料理が少しでも獣人の口に合わなければ、よくて拷問、悪ければ殺される。
清掃係は、廊下や階段の手すり、窓に僅かにでも埃が残っていれば容赦なく殺され、別の清掃係がその死体を片付ける。
そして、何よりも恐ろしい仕事は、「絵画係」であり、これこそが、この宮殿が「愛の宮殿」と呼ばれる所以である。
「遅いニャー。まだできないのかニャ?」
「ハ、ハイィッ!も、申し訳ありませんっ!!」
身体中が毛で覆われ、長い尻尾をフリフリと動かす猫の獣人の少女の言葉に心底怯えた中年の画家が、自然と震える手をなんとか押さえながら絵を描いている。
画家を急かしているこの少女の名前はタマ。幼く見えるがこの少女こそが、かつてコウガのパーティーの一員として魔王軍と戦った歴戦の猛者である。
宇宙統一政府の最高機関「統帥省」に次ぐ「開拓庁」の一員である彼女は現在、「神の地」の巨像建立の指揮を行う立場にある。しかし実際のところ、像の建立は奴隷やレオンハルトをはじめとした獣人たちに丸投げし、彼女は基本的に「愛の宮殿」の中で、名のある画家に絵を描かせていた。
「で、出来ました!!」
「見せるニャ。ふーむ、なるほど、、、」
完成した絵は、コウガとタマが並んでポーズをとり、人々から礼賛されているという構図のもの。タマは完成した絵を食い入るように眺める。
「、、、うん。まぁまぁだニャ。行ってもいいニャ。」
「は、はい!ありがとうございます!」
「合格」を貰った画家は心底安堵して、そそくさと部屋を出ようとする。
「で、では、、、私はこれで失礼します。」
「ちょっとまつニャ。」
部屋を出る直前、画家はタマに呼び止められる。先ほどとは明らかに違う声のトーンに、画家は心臓が凍りつきそうになる。
「は、はい、、、」
「このコウガの服が「汚れてる」のは、どういうことだニャ?」
画家が描いたコウガの服には、返り血や土煙でついたと思しき汚れがいくつもあった。
「そ、それは、、、!コウガ様とタマ様が「強敵を打ち倒して人々から拍手喝采を浴びる」という図のテーマに基づきまして、、、!」
「ニャッ!」
画家が言い終わるよりも早く、タマがその爪で持っていた絵画を細切れにし、それだけにとどまらず画家の体がバラバラになってボロボロと床に崩れた。
「この大バカが!!解釈違いもいいところだニャッ!!どんな時だってコウガが戦闘でほんの少しでも苦戦するなんてあるはずがニャイッッ!!」
タマは肉塊となった画家の死体を何度も何度も踏みつける。しばらく画家をグチャグチャと踏み潰して部屋を血の海にすると、ブザーを鳴らした。
「お呼びでしょうか。タマ様。」
1分もしないうちに清掃係が現れた。彼は、目の前の惨状を見ても、眉1つ動かさず平然としていた。
「コイツは「廃棄」だニャ。すり潰して畑の肥料にでもするニャ。それと体が汚れたからお風呂にはいってくるニャ。それまでにカーペットも綺麗にするニャ。」
「かしこまりました。直ちに。」
清掃係の返事を聞いたタマはバスルームのある部屋の奥へと消えていった。タマが去ったのを確認した清掃係は、近くで待機していた同僚たちに指示をする。
「よし。早く済ませるぞ。A班はカーペットの交換と洗濯、B班はご遺体を運ぶ係だ。急げ!」
3人ずつに分かれた清掃係はそれぞれ作業にかかる。しかし、始まって早々に、B班の若い男が死体を目の当たりにして吐き出しそうになってしまう。それを見た指示役は持っていたビニール袋を彼の前に広げて、彼の吐瀉物を受け止めた。
「も、申し訳、、、ありません、、、」
「お前は確か新人だったな。今日のところはカーペットのほうにあたれ。だができるだけ早く慣れろ。こんなことしょっちゅうだからな。」
「は、はい、、、」
「よし急げ!タマ様が戻ってきた時に掃除が終わってなかったら、次こうなるのは俺たちだぞ!」
指示役の号令とともに、6人はカーペットや遺体を入れた袋を持って早足で廊下を進んでいった。1人部屋に残った指示役は床の血を拭き取りながらため息をついた。
(クソ、、、一体いつまでこんなイカれたことに付き合わされなきゃならないんだよ、、、)
声に出すことは絶対にできない。しかし、この宮殿で働く者たちは皆、不満、不安、恐怖、怒り、あらゆる負の感情で満たされていた。部屋の中を見回すと、そこにあったのは無数のコウガの絵やコウガの人形、コウガの顔がプリントされた家具だった。
これこそが、タマの住む宮殿が「愛の宮殿」と呼ばれる理由であった。
廊下や部屋の壁には、ズラリとコウガの肖像画が並び、至る所にコウガの人形やグッズが置かれている。ここで働く者たちは皆、まるで常にコウガに監視されているようで、薄気味悪く感じていた。
これらを作らされていたのは、獣人たちに征服された国の1つ、アルフガンド屈指の芸術大国「ムジア」から連れてこられた名のある芸術家たちであった。彼らは皆、見る者全てを唸らせ、売れば屋敷が建つような素晴らしい作品を作る者たちであり、その腕を買われ、タマによってコウガの作品を作るためだけに連行されたのである。それも、重用されるわけではなく、ほんの少しでもタマが気に入らなかったら、作品ごと細切れにされてしまう。ムジアの至宝は次々とタマの爪の前に倒れてきたのである。
タマの異常とも言えるコウガへの愛。それが全面に現れているこの宮殿を、人々はいつからか「愛の宮殿」と呼び始めた。
(付き合ってられねぇよあの病気猫め、、、神でも悪魔でもいいから、こんなクソみたいな所、跡形もなくぶっ壊してくれねぇものか、、、)
指示役は絶対に口に出してはいけないことを思いながら、掃除を続けるのだった。
「にゃふー♡」
当のタマは清掃係たちの思いなど一切知らず、裸の「コウガ人形」を抱きながら広い湯船に浸かっていた。
「あーー!!コウガコウガコウガッ!!!タマは寂しいニャー!!最近全然会ってないニャ!!早くあの像を見せたいニャ!!そんでいっぱい褒めてもらいたいしいっぱいコウガを舐めまわしたいニャ!!」
タマは人形の全身を撫で回しながらコウガへの愛の言葉を大声で発する。
タマは、自分がおかしいとは思っていない。コウガのために大勢を犠牲にすることを間違いだとも思っていない。コウガの利益のためにあらゆることを犠牲にするのは当然だと心の底から思っている。彼女にとってコウガは、神をも超えた究極の信仰対象なのである。
タマは、小さな獣人の集落で生まれた。「広い世界を見たい」という理由で、家出同然で集落を飛び出した彼女であるが、外の世界は彼女が思っていたほど甘くはなく、日に日に体力を消耗し、やがて亜人を目当てにした盗賊に捕えられた。
盗賊のアジトに連行される途中、何者かが襲いかかってきて、あっという間に盗賊の集団を根絶やしにしてしまった。
「やれやれ。ちょっとやりすぎちゃったかな?やれやれ。」
その男がコウガであった。
タマは助けてくれた恩返しをしたいと、コウガに同行を申し出た。コウガの行く先々では様々なトラブルが起こったが、その都度コウガは「チートスキル」という不思議な力を使って解決していった。
それだけでなく、コウガと一緒にいるうちに、「チートスキル」の影響を受けたタマはどんどん強くなっていき、次第にコウガの隣で戦えるほどに成長した。
服も、食べ物も、力も与えてくれた。日が経つにつれ、タマの中でコウガへの思いは、尊敬から崇拝へと変わっていった。そして、コウガのためならば何をしても構わないと思うようになっていった。
この狂気的な愛情が、少女をモンスターへと変えたのであった。
読んでくださりありがとうございます。
追記
展開にどうしても納得がいかない部分があったため、レイスの過去話を丸ごと変えようと思います。




