第34話 突如現れた(獣人にとっての)脅威
「オラァ!さっさと働け!人間ども!」
レオンハルトの視察があった場所から少し離れた所、そこでは複数の獣人が、黄金を運ぶ人間の奴隷たちを怒鳴りつけていた。
「ケッ!人間は相変わらずすっとろいな。オイッ!もしも仕事が遅れたらどうなるか、、、分かってるよなぁ、、、?」
獣人の1人が自分の爪を舐めながら問いかけると、作業していた奴隷たちがビクリと震える。
「そうさ!お前らはもちろん、お前らの家族も1人残らず処刑してやる!こんな風にな!」
犬獣人は腕を上げると、それを奴隷の1人に向けて振り下ろした。体の大部分を切り裂かれた奴隷は、ほとんど叫ぶこともできずそのまま崩れ落ちる。
「おっと、手が滑った。」
犬獣人が何も悪びれる様子もなく半笑いで血のついた爪を舐めると、辺りから悲鳴が起こる。
「うるせぇぞ!てめぇら!」
悲鳴に苛立った犬獣人が自身の爪を地面に叩きつける。すると、地面には長さ10メートルはある3本の亀裂ができる。
獣人と人間の圧倒的な力の差を目の当たりにした奴隷たちは、青ざめて一斉に黙り込んだ。
奴隷たちが怯え買っている様子を見た犬獣人は満足そうにニヤリと口を歪めて笑い、周りにいる他の獣人たちも牙を覗かせて大笑いする。
「分かったか!お前らなんぞ俺らからすればゴミ同然なんだよ!この世は強者が支配するもんだ!お前らはこれから先、永遠に、「力を持った」俺たち獣人に支配されるんだ!」
言いたい放題言われているのに、奴隷たちはただ俯いて唇を噛むことしかできない。
何か意見をしたら殺されるというのもあるが、それ以上に、タマ率いる獣人の「圧倒的な力」に蹂躙された過去を持つ彼らは「強者が支配する」という摂理を獣人たち以上に理解しており、犬獣人に反論する言葉が見つからなかったからだ。
恐怖に怯え、あるいは悔しそうに俯く奴隷たちの様子を見た犬獣人はうっとりとした恍惚の表情を浮かべる。
(あぁ、、、これだ、、、これこそが正しい光景だ、、、)
獣人の多くは、自分たちは人間よりもはるかに優れた種族であり、強い種族である獣人こそがこの世のあらゆるものを支配するべきだと心の底から信じている。その自信は、自然界の「弱肉強食」の理論に基づいている。しかし、人間を凌駕する戦闘能力を持つにも関わらず、そもそも獣人の数が少ないなどの理由で、獣人はこれまで、人間よりも圧倒的に優位に立つことはできなかった。多くの獣人は、そのことをずっと不満に感じていた。
それが一変したのが、今から約12年前、転移者と呼ばれる存在が、アルフガンドを支配した時である。転移者の1人、コウガの仲間にタマという獣人の少女がいた。彼女は、その圧倒的な力でもって、転移者に逆らう者を次々と粛清していった。そして瞬く間に、彼女はアルフガンド「全土」を支配する女帝になった。
彼はこの状況に心から満足していた。彼のみならず、「神の台地」にいる獣人は全て、人間を奴隷として扱う現在こそが、世界のあるべき姿だと思っていた。
(あの田舎者の小娘のタマが俺たちの王なのは気に入らねぇが、、、)
「おっと。また手が滑ったぜ。」
ズバッ
「ぐぅぅ、、、っ!」
ドサッ
犬獣人が何気なく手を振ると、それと同時に数人の奴隷の体が切り裂かれ、地面に崩れ落ちた。それからも、犬獣人は奴隷たちをその爪で次々と殺害していく。ほとんどの奴隷たちはすでに抵抗する気力を失っていて、されるがままとなっている。
(この楽しさの前ではそれもどうでも良くなるってもんだ!)
「おいおい。あんまり人間どもを減らすなよ。」
周囲にいた獣人の1人が、殺戮を満喫する犬獣人を嗜める。
「あん?なんだよ止めるのか?」
「人間を殺すのが楽しいのは分かるが、やりすぎると作業に影響する。そうなると俺たちも怒られちまうじゃないか。」
「ハッ!それなら全く問題ないぜ!レオンハルト様が言ってた!近々いくつかの国を潰して奴隷を補充するってな!だから今貧弱そうな奴隷を100や200殺そうがなんてことないんだよ!」
「それ本当か!?最高じゃねぇか!!」
犬獣人の言葉を聞いた獣人たちがにわかに騒ぎ始める。
「ヒヒヒ。最近奴隷を痛ぶれなくてストレスが溜まってたんだ。ここらでパーっとやろうぜ!?」
「おう!」
獣人たちが一斉に鋭く尖った爪を伸ばして、奴隷たちに向ける。そのような状況下で奴隷たちは、ある者はその場に座りこみ、ある者は静かに涙を流し、乾いた笑い声を出す者さえいた。
反応は様々だったが彼らは、誰1人逃げようとしないという点で共通していた。長い奴隷生活の中で、逃げようとした者や、反抗した者を何人も見てきた。そして、彼ら全員には、残虐な最期が待っていた。
その後光景を見続けてきた奴隷たちは、いつしか抵抗することを諦めていた。死が目前に迫る今でさえ、恐怖よりもこの地獄から解放されるという喜びの感情の方が勝った。
奴隷たちの思いを知ってか知らずか、犬獣人がゲラゲラと笑いながら奴隷たちに大声で叫ぶ。
「ヒャハハハッ!!下等種族どもめ!!恨むんなら人間なんて弱い種族に生まれたことを恨むんだな!!この世は「弱肉強食」!!強い奴が正義なんだよ!!ギャハハハッ!!」
「ああ、その通りだな。」
犬獣人が、背後から聞き慣れない声が聞こえたのを感じたのと同時に、彼の胸から赤いガントレットが生えてきた。
「ハハハ、、、ハ、、、は?」
「確かに、強い者が好き勝手するのが世の摂理だ。だから、俺も好き勝手させてもらう。」
ズババッ
レイスは犬獣人を貫いた腕を素早く左右に振ることで、彼の胴体を両断した。
「なん、、、え、、、?」
犬獣人の胸から上は訳が分からないといった表情のまま、地面に落ちた。その直後、立ったままの犬獣人の体の断面から、シャワーのように血が吹き出した。
奴隷も獣人も、その場にいた誰もが、その衝撃的な光景に理解が追いつかなかった。
「ッ!き、貴様ぁっっ!!!」
いち早く我にかえった獣人の1人が、レイスに向けて鋭い爪を振り下ろした。レイスは難なくその攻撃を避けるが、彼が立っていた場所には10メートル以上の長さの切り傷が刻まれていた。
他の獣人たちも我にかえり、突如現れて同志を殺したレイスを囲む。
「人間!貴様、何者か知らんが我々に歯向かうことがどういうことか分かっているのか!!」
「さぁ?どうなるんだ?下等な人間である俺にどうか教えてくれないか?」
「ククク。その身をもって思い知るんだな!不意打ちで1人倒した程度で調子に乗っている貴様に、圧倒的な力の差を分からせてやる!!」
そう言うと、4人の獣人が四方からレイスに襲いかかる。
「石も金属も容易く切り裂く!我らの「獣爪拳」!その身で味わうがいい!!」
四方からの攻撃にレイスはなすすべもなくバラバラにされるとその場の誰もが思った。
しかし、そうはならなかった。
獣人たちが爪を振り下ろした時には、すでにレイスはいなかった。彼は、元いた場所から2メートルほど離れた場所に立っていた。攻撃を仕掛けた獣人たちはもとより、囲んでいた者たちも、奴隷たちも、瞬間移動したとしか思えないレイスの移動に目を丸くする。
「い、いつの間に!?」
「、、、児戯だねぇ。」
驚愕する獣人たちをよそに、レイスは感情のこもってない声で呟いた。
「な、なんだと!?」
レイスの物言いに怒った獣人が彼の方を向いた時、何かがボトリと落ちる音がした。
下を見ると、地面にあったのは、手首だった。
「、、、え?」
手を失った手首の断面を見ていると、ワンテンポ遅れて、大量の血が吹き出した。
「う、うわぁぁぁぁぁっっっ!!俺の手が!!ひぎっ!?」
手が切り落とされた事実を知って叫んだのとほぼ同時に、獣人4人の体にいくつもの切り傷が走り、そのままボロボロと崩れていきただの肉塊となった。
「バ、バカな、、、!」
「「獣爪拳」とか言ったっけか?そんなもん、こうすれば俺もつかえるぜ?」
そう言うとレイスは、指を曲げて手を野菜を切る時の「猫の手」に近い形にした。
「クッ!怯むな!一斉にかかれ!!」
「「「うおおおおぉぉぉぉっっっ!!!」」」
衝撃と恐怖を押し殺した獣人たちが、レイスに殺到する。
「くたばれ!下等種族が!」
「俺たちを舐めるな!!」
「バラバラにしてやる!!」
必死の形相で獣人たちはレイスに攻撃を仕掛けていくが、その爪はかすりもしない。それどころか、
「あげっ!?」
「ぐぇっ!?」
「きひっ!?」
逆にレイスのカウンターによって1人、また1人と、獣人たちは物言わぬ肉塊に変わっていく。
奴隷たちは、そのありえないような光景を前にして、ポカンとした表情で眺めていた。
「すっげー。めちゃくちゃ強い。」
「速すぎて全く見えない。」
「ていうか、あの人ホントに人間なの?獣爪拳使ってるけど、」
「いいえ。違います。」
奴隷たちが各々感想をいう中、いつの間にか現れていた背の高い神父姿の男、グレッグがそれを否定する。
「あれは獣爪拳ではありません。指の力で体を抉っているんです。」
「「「えぇ、、、」」」
爪で切り裂くよりももっとありえなさそうなレイスの攻撃方法を聞いて、奴隷たちは軽く引いたのだった。
遅くなって申し訳ありません。
読んでくださりありがとうございます。




