第3話 理解
「う、、、うぐっ、、、」
意識を取り戻したアレウスは、自分が地面に這いつくばるような姿勢で倒れていることに気がついた。身体中がズキズキと痛み、頭部からは血が流れ落ちて、アレウスの顔を濡らしている。黄金に光輝く鎧はバキバキにひび割れ、見るも無残な状態であり、その無様な姿に、偉大な軍神の面影はない。
「なにが、、、なにが起こった、、、?」
アレウスがかろうじて覚えていたのは、転移者の1人が、剣を振る構えをとったのを認識したところまで。それ以降から現在まで、アレウスは完全に気を失っていた。
「っ! そ、そうだっ!!我が軍はっ!!」
朦朧としていた状態から、ようやく意識がはっきりしてきたアレウスは、辺りを見渡して、自身の軍の様子を確認した。
「バ、バカな、、、っ」
アレウスの周りにあったのは、おびただしい数の死体であった。ほとんどの天使や神は、原型すらとどめていない肉片になっており、立っている兵は1人としていない。
「誰か、、、誰かいないかっ!生きている者はいないのかっ!?返事をしろっ!」
周りにある肉片は、アレウスの呼び掛けに答えることはできない。さながら地獄のような惨状を見て、アレウスはようやく、自分たちの身に起きたことを思い出した。
転移者はあの時、剣を抜いて構えを取った。そして、、、
振った。
ただ剣を振った。それだけである。たったそれだけの、攻撃とも言えないような行動で、彼の剣は凄まじい衝撃波を生み出し、迫り来る討伐隊の前衛部隊を跡形もなく消し飛ばした。さらに、衝撃波はそれで威力が落ちることなく、アレウスやその背後にいた兵士たちをも巻き込んだ。
こうして、アレウスの討伐隊は「一撃」で殲滅させられたのである。
「け、剣を、、、ただ、、、振っただけで、、、あ、あんな、、、なんでもないような攻撃で、、、わ、我らが、、、あ、ありえない、、、ありえないありえないありえない、、、」
アレウスは現実をすぐに受け入れることができなかった。人間が理解の範疇を超えたものを見たときに、本能的に脳が理解を拒むように、アレウスは必死に目の前の現実を否定しようとしたが、現実は変わらない。
「アレ~?みんなどうしたの?俺、また何かやっちゃったかな?」
アレウスが現実を受け入れきれずにいると、彼の前から、凄惨な戦場に似つかわしくない軽薄な声が聞こえてきた。
「キ、キサマ、、、ッ!」
アレウスは声の主に対して、恐怖と怒りが混ざった目で睨み付ける。
「戦い前のちょっとした準備運動のつもりだったんだけどな~。まさかこんなに弱いなんて思わなかったよ。」
アレウスはその男の顔に見覚えがあった。戦いに出向くよりも前、最上位神から渡された「転移者リスト」の中には、彼の顔写真があったからである。
「貴様は、、、っ 転移者コウガッ!!」
つい先程討伐隊を壊滅させた男、13人の転移者のうちの1人コウガは、口調に違わぬヘラヘラとした表情でアレウスの方に歩いてくる。金色の髪と青い目をしたコウガは、白を基調として、派手な装飾で彩られた貴族を思わせるスーツに身を包んでいる。
「やれやれ。なにをそんなに怒ってんの?俺は誰かを怒らせるようなことをした覚えがないんだけど?やれやれ。」
「おい、コウガ。調子に乗りすぎだ。」
その声とともに、黒目、黒髪、黒いコート、さらに、黒い2本の剣を腰に差した、「黒い剣士」と呼ぶのがふさわしい風貌をした男と、彼に続く形で、残り11人の転移者が現れた。コウガによる大破壊を目の前で見たはずの彼らの顔には、驚きの色が全くない。むしろ、至極当然であるかのような表情をしていた。
「俺の許可もなく勝手に攻撃を仕掛けるな。」
「嫌だなぁユウヤさん。素振りですよ素振り。」
「白々しい。お前が自分の素振りの威力を知らないはずがあるまい。」
ユウヤは淡々とコウガをたしなめると、ユウヤの背後から彼に同調するようなブーイングがまきおこる。どうやら転移者の間でもユウヤがリーダーの地位にあるらしかった。
「そうだぜ!このカズキ様が神界に華々しく一番槍をつけてやる予定だったのによぉ!オメェのせいで台無しじゃねぇか!」
ユウヤの後ろにいた11人のうちの1人、武道家のような風貌をした男「カズキ」が進み出てコウガに抗議する。
「やれやれ。お前にだけは一番槍をくれてやりたくないんだが?やれやれ。」
「あぁっ!?俺の一番槍の相手はテメェにしてやろうか!?」
「、、、やってみれば?」
2人の間にピリピリとした空気が流れる。そんな2人に対し、他の転移者たちは特に止めるでもなく呆れたような視線を向け、リーダー格のユウヤも、特に興味を示したような様子はない。どうやら、2人の喧嘩は彼らにとって日常茶飯事であるらしかった。
「き、貴様らぁっ!!いい加減にしろっ!!!」
沈黙を破ったのはアレウスであった。自身の部下たちを大勢殺しておきながら全く緊張感のない転移者たちに堪忍袋の緒が切れたアレウスは、彼らに怒声を浴びせると、既にボロボロの自身の体に鞭打って立ち上がった。
「俺も軍神!ただでは死なんぞ!貴様らに目にものを見せてくれるわっ!!」
そう叫ぶと、アレウスは鎧の上半身部分を脱ぎ捨て、背中に担いでいた大剣を抜いて構えた。
「偉大なる神剣イフニールよ!我が声に応え!力を解放せよ!!」
アレウスがそう言うと、イフニールから赤いオーラが放たれ、そのオーラはアレウスの体に流れ込んだ。
「グゥオオオオオオオッッッ!!!」
アレウスは野獣のような雄叫びを上げると、肌が赤黒く変色し、血管のような真っ赤な紋様が浮き出た。さらに、メキメキと音をたてながら、彼の筋肉が膨らみ、ただでさえ巨大な彼の体が一回り以上大きくなる。
神剣イフニールは、「軍神」の称号を持つアレウスの家系に代々伝わってきた神器である。この神剣は、軍神が持つことで真価を発揮する。軍神は一時的にイフニールの力を吸収することができ、力を吸収した軍神は、元の数十倍の強さとなるのである。
強力無比な能力を持つ神器だが、当然ながらリスクはある。イフニールの力の吸収は、体にとてつもなく大きな負担をかけ、長い間イフニールを装備していると死んでしまうのである。身体中がボロボロのアレウスがイフニールの力を吸収すればどうなってしまうのかは、アレウス本人がよく知っていた。
(この体の状態でイフニールの力を使った以上、俺はもう助からんだろう、、、だがっ!俺は、たとえ死んでも神界を守る!!)
アレウスは覚悟をすでに決めていた。自身の命と引き換えに転移者を討つ覚悟を。
そこにいるだけで宇宙を崩壊させるほどの莫大なエネルギーを放つアレウスを前にしても、転移者たちには特にリアクションがなかった。コウガはポリポリと頬をかくと、アレウスを指差してユウヤに言った。
「じゃあ今度は聞きますね。アレ、俺が倒してもいいですか?」
「好きにしろ。」
ユウヤは興味無さげに答える。それを聞いたコウガはニッと笑みを浮かべると、剣を抜いてアレウスの正面に立った。
「覚悟は、、、できているか、、、」
限界まで力を吸収し、巨大化して背中から何本もサイのような角が生え、軍神というよりも「魔神」と言ったほうがしっくり来る風貌になったアレウスは、目の前にいるコウガに問いかけた。
「ああ。」
それに対しコウガは特に抑揚のない調子の声で答える。アレウスは両手でしっかりとイフニールを握り、構えた。
「行く、、、ぞ、、、っ!」
「やれやれ。仕方ないな。やれやれ。」
「ウオオオオオオオオッッッ!!!」
アレウスは雄叫びをあげると、超高速でコウガに向かっていった。その速度は実に光の数兆倍。文字通り次元が違うスピード。人間に反応できるはずがない。現にコウガはアレウスが迫っているのにも関わらず全く動く気配がない。
この速度の勢いに乗って、全力でコウガの脳天にイフニールを振り下ろし、それによって発生するビッグバン数億発分を超えるエネルギーの衝撃波を発生させ、後ろにいる転移者たちもまとめて吹き飛ばすというのが、アレウスの狙いであった。
アレウスはすでにイフニールを振り下ろしている最中で、あと数センチでコウガの脳天に到達するところまで来ていた。
(終わりだっ!!)
アレウスは勝利を確信した。
その時、、、
コウガと目が合った。
「遅い。」
アレウスは全く理解していなかった。
転移者たちの力を。
自分がたった今死んでしまったことを。
アレウスは一瞬にして、コウガによって細胞レベルの大きさに細切れにされ、血煙となったアレウスは地面に落ち、消えた。
「やれやれ。お前程度じゃ準備運動にも「経験値」にもならないな。やれやれ。」
読んでくださりありがとうございます。そして、昨日は投稿できず申し訳ありませんでした。
また近いうちに4話を投稿するつもりです。
読んでくださって本当にありがとうございます。