第20話 覚悟
グレッグの緊張とは裏腹に、ジョナサンの視察という名の巡行は、拍子抜けなほどスムーズに進んでいった。街を練り歩いている最中は、ジョナサンやグレッグは、街の人々からの恐怖の視線をその身に受けていたが、ジョナサンは全く気にしている様子はなく、むしろ人々が自身に恐怖しているのを楽しんでいるようであった。
つい昨日、レイスの襲撃を受けたため、その腹いせに街の人々に危害を加えるのではないかと気が気ではなかったが、グレッグの警戒に反して、視察の最中、ジョナサンは特にアクションを起こさなかった。
(どうやら、、、今日はなんとか何事もなく終わりそうだな、、、)
視察も終わりに近づいてきたところで、グレッグはホッと胸を撫で下ろした。彼は、ジョナサンの邪悪な笑顔には気づいていなかった。
「では、ジョナサン様。城に戻りましょうか。」
グレッグは一通り街を巡ったキリのいいところで、ジョナサンに城に戻るよう提案した。グレッグとしては、この視察をさっさと終わらせて、ジョナサンを街の人々から一刻も早く遠ざけたくて仕方なかった。
「いや、最後に1つ、開催しなければならない大きなイベントがある。」
「イ、イベント、、、ですか、、、?」
「そうだ。今日は祭りだ。盛り上がるぞ。」
グレッグは、今日の視察で何かのイベントが起こるなど、全く聞いた覚えがなかった。周りの兵士達を確認すると、彼らには困惑の表情は見られなかった。どうやら、今日のイベントとやらのことを知らなかったのは、グレッグだけらしかった。
(そういえば、、、兵士が随分減っている、、、)
グレッグは、城を出たときは数百人はいた兵士達が、ほんの十数人になっていることに気づいた。グレッグは、基本的にジョナサンにのみ注意をはらっていたため、兵士達が視察の中で次々と離れていっていることには気づかなかったのである。
「クックックッ。兵士がいなくなっている、と思っているな?」
グレッグの考えを見透かして、ジョナサンが笑いながら指摘してきた。
「え、ええ、、、はい、、、」
「彼らには街の人間を広場に集めてもらっているのだ。そろそろいいだろう。我々も広場に向かおう。」
グレッグはジョナサンに言われるがまま、ミケーアの中心にある一番大きな広場に向かっていった。
広場に着くと、恐ろしい光景が目の前に広がった。たくさんの人間が縛られ、足に重りをつけさせられて、地面に並べられていたのである。数はどれだけ少なく見積もっても100人はいる。その人たちは全員、グレッグが治める地区の住人であった。グレッグにとっては見知った顔ばかりであるが、その中にはミアやアバンはいない。人々は泣き、喚き、怒鳴りと、阿鼻叫喚の様相を呈しており、そんな彼らを囲うように兵士達が並んでいた。
「よしよし。結構集まったみたいだな。」
不安そうなグレッグや街の人達とは対称的に、ジョナサンは楽しげに集められた人々を眺めている。
「ジョナサン様!ここで一体何をするつもりなのですか!?」
「すぐに分かるさ。」
ジョナサンは人々の前に移動すると、人々に話をし始めた。
「さて、諸君。諸君らが集まってもらったのは、君たちにやってほしいことがあるからだ。」
ジョナサンの言葉を聞いた群衆はにわかにざわつき始める。
「い、一体なに、、、?」
「やってほしいこと、、、?」
「お家帰りたい、、、」
混乱する人々を見てジョナサンは楽しげに笑いながら続ける。
「クックックッ。そんなに緊張しないでくれ。大したことじゃあないんだ。本当に。ただ君たちには、、、サクッと死んでもらいたい。」
その言葉と同時に、人々を囲っていた兵士達が一斉に腰に差した剣を引き抜いて、人々に切っ先を向けた。人々の間から絶叫が巻き起こる。
「ど、どういうことですか!」
グレッグはジョナサンの袖を掴んで叫ぶ。グレッグは何もかも訳が分からなかったため、ジョナサンに説明を求めることしかできなかった。
「昨日決まったのだ。お前が治める街の人間を1割ほど処刑するとな。」
「な、何故!?」
「昨日、コウガ様の側近の1人であられる「シルフィ様」から連絡があった。あの方によればこの都市の「教育」が思ったよりも進んでいないことを、コウガ様はひどく憂えておられるらしい。で、早急に何とかするようにという命令を受けたわけだ。」
ジョナサンはやれやれと困ったようなポーズをとって続ける。
「だがそんなことを急に言われても難しいだろう?そこで俺は考えた。適当に街の人間を殺して、その首をシルフィ様に「提出」し、「転移者様に逆らった者共を処刑した」と報告すれば、とりあえずその場はしのげるんじゃあないかとな。」
「そ、そんなことで、、、」
グレッグはたったそれだけの理由で、特に罪悪感を感じる様子もなく、ジョナサンが街の人間の処刑を行おうとしている神経が理解できなかった。
「仕方ないさ。もしもシルフィ様の怒りを買っちまったら、ミケーアなんか跡形もなく破壊されて、俺達はみんな死ぬよりも恐ろしい目に合わされちまう。犠牲は少ないにこしたことはない。違うか?」
ジョナサンはそれだけ言うとグレッグの手を振りほどいて、人々を囲っている兵士以外の兵士達に命令を下した。人々を囲っているのは脱走させないための監視役で、それ以外の兵士は実際に処刑を行う役割であるらしかった。
「よし!時間もないからさっさとテンポ良くいくぞ!とりあえず20人ずつだ。手間取るなよ。20人分首切り落としたらすぐに次の20人って感じでいくぞ。」
「「「イェッサーッ!!」」」
ジョナサンの命令に対し兵士達は皆威勢のいい返事をする。その表情には罪悪感の欠片もなく、全員嗜虐的な笑みを浮かべている。これから処刑を行うのが楽しみで仕方がないとでも言いたげであった。
「ま、待ってください!!」
グレッグは、ジョナサンの前に進み出て、跪くと地面に頭を叩きつけた。
「お、お願いです!どうか処刑は中止してください!」
「あ?さっきも言っただろ。これはもう決定事項なんだよ。」
「ど、どうか!私が彼らの代わりに処刑されます!私の首をシルフィ様に差し出してください!彼らの命だけは助けてください!お願いします!」
グレッグは地面に何度も頭を叩きつけながら死に物狂いで懇願する。
「ちっ。うるさいやつだな。」
ゴッ!
「グフッ!?」
ジョナサンは必死に土下座しているグレッグを面倒くさそうに蹴り飛ばした。グレッグは歯が何本も折れ、口から血を流しながら、5メートルほど吹き飛ばされた。
「ゴホッ!ゴホッ!」
グレッグは口を手でおさえるが、手の間から赤黒い血がボタボタと流れ続ける。
「お前の命1つでシルフィ様を誤魔化せるわけないだろ!常識で考えろ馬鹿が!」
ジョナサンはそう吐き捨てると、再び群衆の元に歩きだした。
「ま、待て!」
グレッグはすぐさま起き上がると、走りだし、ジョナサンの前で両手を広げて立ちはだかった。
「、、、何のつもりだ。」
「ハァ、、、ハァ、、、こ、殺させない、、、誰も、、、殺させない、、、たとえ、、、私が、、、死んでも、、、お前達から、、、みんなを、、、守る、、、」
グレッグは重傷を負いながらも、真っ直ぐジョナサンを睨み付ける。
「、、、、、、そうか。そういうことか。」
グレッグの様子を見て、ジョナサンは察した。グレッグのこれまでの転移者への狂信ぶりが、全て演技であったことを。
「なるほどな。すっかり騙されたよ。まさかずっと狂信者を演じ続けていたとはな。」
「ハァ、、、ハァ、、、」
今この瞬間、グレッグのこれまでの忍耐の日々は全て無駄となった。彼のこの行動は、自分が反逆者であることをジョナサン達に告白したも同然である。しかし、それでもグレッグは、目の前で人々が殺されてしまうのを見て見ぬふりをすることができなかった。彼には、自分の命を捨ててジョナサンに立ち向かう覚悟ができていた。
「クックックッ。「嘘から出たまこと」と言うやつか。まさか本物の反逆者がずっと目の前にいたとはな。お望み通りお前の首はシルフィ様に献上してやろう。お前の後ろにいる奴らの首と共にな!」
そう言うと、ジョナサンは空中に1本の光の剣を出現させ、光の剣は高速でグレッグに突っ込んでいった。
ドスッ
「ガッ、、、!」
光の剣はグレッグの腹部を容易く貫いた。ワンテンポ遅れて、グレッグは口から大量の血を吹き出す。
「ゴ、、、ゴフ、、、」
グレッグは倒れてしまいそうになるのを何とかこらえて、腹に剣が刺さったまま立ち続ける。
「しつこいやつだ。」
ジョナサンはグレッグに近づくと、彼を蹴り飛ばす。先程とは比べ物にならないほど強烈な蹴りを食らったグレッグは地面と平行に飛び、勢い良く壁に叩きつけられてそのまま地面に落ちて動かなくなった。
「まったく、、、手間をとらせやがって、、、よし!気を取り直して、まずは20人!俺の前に並べろ!」
ジョナサンの命令を受けた兵士達は群衆に向かっていき、人々の手首を掴んで連行する。皆激しく抵抗したが、協力な装備を身にまとった兵士には敵わず、次々と引きずり出されていく。あっという間に兵士達によって、20人の男女がジョナサンの前で横1列に並べられた。ジョナサンは列の左端にいる女性の前に立つと、自身の剣を引き抜いた。
「さて、、、最初の1人は俺がいただくとするか、、、」
「ヒッ、、、や、やめてください、、、」
「安心しろ。すぐ楽になるさ。たぶんな。」
ジョナサンは嗜虐的な笑みを浮かべると剣を振り上げた。その瞬間、
「っ!!」
ヒュンッ! ドスッ!
上空から突然、透き通った剣が降ってきた。ジョナサンは間一髪で後ろに跳んで剣を回避し、剣は地面に突き刺さった。
「これは、、、」
ジョナサンはその剣に見覚えがあった。
「そこまでだ!ジョナサン!」
ジョナサンが声のしたほうを見ると、Sランク冒険者の「氷姫ミア」を筆頭に、10人以上の冒険者が武器を構えていた。
「、、、また邪魔者のおでましか。」
冒険者達を見たジョナサンは呆れたように呟いた。
「アバン。お前はグレッグの元に行ってくれ。」
「ああ。」
アバンは大量の血を流して倒れるグレッグに向かって走りだした。
「と、止まれ!」
その進路途中にいた兵士が何人かアバンに切りかかったが、容易く剣を防がれ、反対にアバンによって切られそのまま倒れた。
「おい!グレッグ!しっかりしろ!」
「ア、、、アバン、、、」
幼馴染みの声を耳にして、グレッグは目を開けた。
「3つ数えてから剣を引き抜くぞ!いちっ!」
ズボッ
「グギャアアッ!!」
アバンは3つ数えることなくグレッグの腹から剣を引き抜き、グレッグは痛みのあまり絶叫する。
「ポーションだ!ゆっくり飲め!」
グレッグの口にポーションが流し込まれる。それによって、僅かではあるがグレッグの痛みが和らいだ。
「回復魔法はまだ使えるか!?」
「あ、あなたに心配されるまでもありませんよ、、、」
グレッグはそう言って微笑むと、右手を腹部にあてた。すると、彼の右手が緑色の光を発して傷口を包み、少しずつ傷が塞がっていく。
「よかった。衰えてないようだな。」
「、、、何故助けたのですか?」
「友達がこんなひどい怪我をしてたら助けるに決まってるだろ!」
「、、、そう、、、ですか、、、まだ、友達と思ってくれていたのですか、、、」
「当たり前だ!お前のことは昨日レイスから聞いた。もう大丈夫だ。後は俺たちに任せておけ。」
(レイス君、、、やっぱりミア達に話していたのか、、、)
一方、冒険者達は大勢の兵士達と戦い、ミアはジョナサンと向かい合っていた。
「お前がこれまでに行った数々の悪行、そして、私たちの友人をあんな目に合わせた報いを受けてもらう!」
ミアはジョナサンに剣を突きつける。Sランク冒険者に剣を突きつけられているのにも関わらず、ジョナサンは動揺していない。
「これはこれは、、、まさかSランク冒険者「氷姫ミア」が俺の相手をしてくれるとは、実に光栄だな。」
ジョナサンは大袈裟なお辞儀をして剣を構える。ジョナサンがここまで落ち着いているのは、彼自身がSランク冒険者であること、そして何より、自分の「チートスキル」に絶対の自身を持っているからに他ならない。
「やはり昨日に続いて今日はいい日だ。反逆者どもをまとめて狩れるのだからな。」
「すんなり狩れると思っていると痛い目を見ることになるぞ。」
短い言葉を交わすと、ミアとジョナサンは同時に駆け出し、互いの剣がぶつかって火花が散る。
こうして、Sランク冒険者ミアと、元Sランク冒険者にしてミケーアの支配者ジョナサンの戦いが始まった。
読んでくださりありがとうございます。
投稿が遅くなって申し訳ありません。




