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今回は三人の視点が入れ替わります。
読んで下さってありがとうございます!
◆綺堂 薊サイド
人間とは後悔する生き物らしい。
哲学に興味は無いが俺は頻繁に後悔するので、この言葉には共感できる。まあ、そもそも「人間とは〜」から始まる言葉が好きでは無いため共感できても嬉しくないが。
話を戻そう。人間とは後悔する生き物で、例に漏れず俺も後悔する生き物だ。酔った勢いで失敗した事の後悔やボーッとしてて失敗した事の後悔など山程ある。
「時よ戻れ」と何度、願った事か分からない。一度たりとも叶わなかったがな。
まぁいい。さて、何故こんな事を考えているかと言うと。転生してからの、この僅かな期間に新たな後悔を拵えたからである。
◆
「はぁ、昨日は少し態度が悪過ぎたよな……」
ダンジョンから帰った翌日、俺は部屋で凹んでいた。
と言うのも、昨日『雁野 来紅』に取った態度が我ながら悪過ぎた。いくら体調が悪かったとはいえ、言い訳にはならない。何故なら態度が悪かった理由は体調以外にも理由があったからだ。
俺は彼女の善意を知った上で、それを踏みにじった。
早い話が俺は今、罪悪感に押し潰されているのである。はぁ、と思わず溜息が出る。
「気晴らしに散歩でもするか」
元々、前世から散歩は好きだ。嫌な事があれば割と散歩に出てたし、そうじゃなくてもする事はあった。
「よし、行くか」
善は急げと言う。転生してから散歩に行って無い。
また、ゲーム知識で街の全てを把握してる訳も無く、俺に『綺堂 薊』としての記憶は無い。
周辺施設の調査も兼ねて行きますか。
◆雁野 来紅サイド
「お父さんのバカ」
私は走っていた。最低限、人や物には当らないようにしているが、自分が何処にいるか、よく分からない。何せ涙で視界が滲んでいるのだ。
それでも私は走った。走って無いと悪い考えに押し潰されそうだったからだ。
「いつも子供扱いしないでって言ってるのに…… 何で分かってくれないの」
父が私を思ってくれている事は知っている。私も、そんな父の事は大好きだ。勿論、いつも味方してくれる母の事も。そして、そんな大好きな父には私の事を分かって欲しかったし、分かってくれると思っていた。思っていたのだ、なのに……
「お父さんの事、嫌いになりたくないよ。でも私の事を分かってくれないお父さんは嫌いなの」
頭の中がグチャグチャになる。自分でも冷静で無い事がはっきりと分かった。
もう何も考えたくない。そんな事を考えていると、ちょうど目の前にコンビニが見えた。家を出てから一晩中、叫んで泣いてと水分を消費して喉が乾いた。飲み物でも買おう。
うまく思考が逸れた私は、やっと走ることを止め、歩きながらコンビニへと向かった。
◆主人公 綺堂 薊サイド
「癖って怖いな……」
俺は前世で喫煙者だった。無論、この世界に転生してから吸った事は無いし、吸ってる暇も無ければ、俺が憑依転生する前の『綺堂 薊』がタバコを買ってる事も無かった。ちくしょう吸いてえ。
だが吸えない。この世界も前世日本と同じく酒とタバコは二十歳からだ。
しかし体は正直だ。
前世では散歩のお供にタバコを吸っていたし、タバコが無ければ散歩ついでにコンビニまで買いに行っていた。その癖で無意識にタバコを求めてコンビニまで来てしまった。
「吸えないとなると余計に吸いたくなる。その不満を誤魔化すために酒で酔っ払う事すら出来ないとは未成年は不便だな」
転生当初は置いておいて、落ち着いた今では「若返ってラッキー」と思う事も多々あったのだが、今回はアンラッキーな気分だ。
「まあ、せっかく店の前まで来たんだし中も見てくか」
そう呟いて俺は今世で初のコンビニ入店をした。
◆『ダンジョン都市』のとあるコンビニ店員
俺は売れないコンビニの店員である。仕事内容は品出しとレジ打ちが主な仕事のはずだが、商品が売れなすぎて、ほとんど立っている事が仕事になっている。
だが、今は珍しく店内に二人の客がいた。しかし、ただの客ではない。
「なんなんだろう。このニ人は」
一人は明らかに未成年なのにタバコをガン見している客。人相的に不良っぽいからタバコデビューしたいのかな?
もう一人はドリンクコーナーで右往左往している客。さっき珍しくドリンクの品出しに行ったら「お金、売り上げと一緒に家に置いてきちゃった。どうしよう……」と聞こえた。なら帰れよ、そして買えよ。
「まぁ、他に誰もいないからいいけど」
売れないコンビニ店員の彼は意識が低かった。
◆主人公 綺堂 薊サイド
タバコをガン見すること約五分、やっとの思いで未練を断ち切った俺はコーヒーでも飲むかとドリンクコーナーへ向かった。いや、やっぱり未練あるわ。(前世ではタバコと一緒に、よくコーヒーを飲んだ事を思い出したため)
「ニコチン、タール、アメリカン・スピリ○ト……」
未練を少しでも発散させようも口から垂れ流していれば、ドリンクコーナーに先客が見えた。しかも見覚えがある、ごく最近に。
「お金無いけど家に帰れない…… どうしたらいいの……」
なんか知らんが昨日の借りを返す絶好の機会みたいだ。普段なら「さっさと帰れよ」で終わるものの、今回は行幸と言えよう。
「あの、昨日ポーションを頂いたものです。よろければドリンク代、出しましょうか?」
「あなたは昨日の顔が怖い上に青くなってた人……」
思わず殺意が湧く。こいつ、見捨ててやろうか。
忘れてた、彼女は困っている人を見過ごせない人柄で周囲に優しく自分に厳しい。そんな何処に出しても恥ずかしくないヒロインだ。
けど、それだけじゃない。
「こいつ天然だったな」
「失敬な!!」
彼女の叫びが売れないコンビニに響き渡った。
読んで下さってありがとうございました!