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◆綺堂 薊 サイド
最初に動いたのは名も知らぬ男子生徒だった。
彼は白く輝く槍を手に正面からヴァティカルロールへ突撃する。その勢いは進まじく並の人間なら消し飛ぶほどの威力だ。並の人間なら、だが。
「なっ!?」
「よかったのは威勢だけですわね。武器が泣いてますわよ? オーホッホッホ!」
鼻につく高笑いを披露するヴァティカルロールに、先程までなら噛み付いていた男子生徒も、それどころか会場中でヤジを飛ばしていた観客達も反応を返せないでいた。
それは、そうだろう。
岩を軽く砕きそうな突撃を指先一つで受け止めたのだ。それも自身の腕よりも太い槍を、である。ヴァティカルロールは強化魔法を掛けているとはいえ、それは相手の男子生徒も同じだ。
今、黙っている人間の殆どの内心は「信じられない」の一言に尽きるだろう。俺も種族が人間のままでゲーム知識がなければ他の観客と一緒にアホ面を晒していたかもしれない。
「すごい力ね、ああ見えて実はゴリラだったりするのかしら? 貴男よりも力が強そうじゃない」
菫だ。
俺と純人間でゲーム知識なしの純人間である彼女にとっては恐ろしい光景の筈なのに涼しい顔をして毒を吐いた。肝が据わりすぎて、もはや頼もしさまで感じる貫禄がある。
「ふふんっ。薊くんの方が強いよ。そんなことも知らないの?」
何故か自慢気な来紅。
こちらも純人間(?)であるのに至極冷静だった。そして、ついでと言わんばかりに煽るので菫が鬼の形相になっていた。どうやら、この二人は決闘が始まっても静かにはならないようだ。
本当は二人にヴァティカルロールが怪力を発揮してるように見えるのは別の要因があるとドヤ顔で解説したいのだが、とてもそんな雰囲気ではないので諦める。
「くそっ、離せよ! 卑怯だろ!」
二人が静かにならなくとも決闘は続く。終わっていないのに、既に負け犬の如きセリフを言い出した男子生徒は恐怖でデタラメに暴れている。
しかし槍は離れない、ヴァティカルロールの指からも、そして彼自身の掌からも。
そもそもヴァティカルロールは槍を掴んでいないのだ、それなのに離せとはバカを言うなと思うが、あの男子生徒は至って真面目に言ったのだ。
「あらあら、私は指一本しか使っておりませんことよ。立派なお手てと武器があるのですから、自力でどうにかしなさいな」
最初に受け止めてから微動だにしないヴァティカルロールは、欠片も思っていないような表情で相手の男子生徒を煽り倒す。
余程、彼の侮辱が頭にきていたのだろう。現在進行系で恨みを晴らしているヴァティカルロールは顔に愉悦を浮かべていた。
「そんな無知の水雲さんは、さっさと帰って勉強してて!」
「……発情猫が言ってくれるわね。獣が獣の知識を持つのは当然でしょ、それを人間様に自慢しないでくれるかしら?」
「猫は水雲さんでしょ、この泥棒猫!」
一方、煽りなら来紅達も負けていない。目の前の決闘そっちのけで、完全に二人の舌戦が再開されてしまう。
キシャーっと擬音が聞こえてきそうなやり取りは、傍目には鬱陶しかったり、はたまた可愛らしく見えたりするのだろうが、挟まれて二人のイカれ具合を知る俺には恐怖しか感じなかった。
「どうやら動きたくないようですわね。ですが折角の晴れ舞台ですし、僭越ながら私が華を添えて差し上げますわ!」
「……」
顔を蒼白くさせた男子生徒は何も応えない。否、何も応えられない。どうやら来紅と菫がヒートアップしてる間に、決闘はクライマックスが間近らしかった。
僅かに白霧を漂わせるヴァティカルロールは、微動だにしなかった今までが嘘のように動いて槍を掴む。
「さぁ、見せ場ですわよっ!」
動くヴァティカルロールと動かない男子生徒。立場の逆転した彼らは、それでも形勢までは最後まで変わらなかった。それはヴァティカルロールの優勢という形で。
「そぉれーっですわ!」
両手で槍をしっかりと、けれど淑女らしく優雅に握ったヴァティカルロールは槍の石づき側、いわば男子生徒が持ってる側の柄を跳ね上げる。
本来なら持ち上げられないか、最悪でも相手の男子生徒が天を舞うだけで済んだだろう。しかし今回はそうならず、彼の腕が砕け散り、その破片で辺りに真っ赤な華を咲かせた。
「オェェェェ」
そこかしこから聞こえる悲鳴と嘔吐音。相手の男子生徒は未だに一歩も動けずにいた。それは氷のように。
「勝者、リリィ・ヴァティカルロール」
鬼塚先生が勝利宣言をするまでもなく、誰の目にもに明らかな形で決着はついた。将来有望であったであろう一人の生徒が両腕を失うことにより。
まぁ、個人的にはヴァティカルロールを煽った彼の自業自得だと思ってるがな。
「あれは氷かしら?」
「詳しくは後で話そう。それと、二人共お疲れ」
どうやら、言い争いながらも決闘を見てたらしい菫が聞いてくる。あれだけ喧しかったのに、まだ他の事に割ける集中力があったとは驚愕の一言だ。
それでいて、ちゃっかり来紅を言い負かせていたし、脳味噌どんなスペックだよとツッコミたくなる。
「ひっぐ、えっぐ。薊くん、水雲さんに苛められたの……」
「ふんっ、バカに身の程を教えてあげただけよ」
来紅、流石にあれだけ煽りまくって「苛められた」は無理があると思うんだ……
しかし経験上、冗談でもそんな事を言えば俺が酷い目に合うと学習している。頭を擦り付けてくる来紅を撫で回してお茶を濁した。
「私の勝利ですわーっ!」
喜びを表すように未だに指がこびり付いく槍をグルグルと振り回すヴァティカルロールを見て思う。
これなら心配は要らなそうだな、と。
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