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スライム狩りを続けている内に行き止まりまで来た。
このダンジョンには他の階層は無いので普通ならここで終わりなのだが。
そう言いながら俺は仕掛けを起動する。
このダンジョンには隠し部屋があるのだ。そして徐々に開いていく壁から射し込んだ光が中を照らす。光に照らされ現れたのは……。
「ピギュァァァァァァッ!!」
ボスだ。縦、横それぞれ約五メートルのスライム。全身が液体で構成されているこいつは、重量はトンは軽く越えるだろう。
「でやがったな『キング・ブラッド・スライム』」
こいつの攻撃は体当たりオンリーのとても単調なボスなのだが、滅茶苦茶めちゃくちゃしぶとい。おまけに体当たりは即死するほどではないももの威力もあり、巨体故にただの体当たりが範囲攻撃になる。
初心者救済用ダンジョンの雑魚ボスとは言え、パーティー攻略前提の難易度だ。ソロの俺にはハードルが上がる。
だが問題ない。勝つ作戦は考えてある。
「よし、やるか」
そう言って、俺は隠し部屋へ足を踏み入れた。
◆
「……予定通り、先ずはバフ掛けてから距離を取って攻撃だな」
大丈夫、俺は勝てる。
初めてのまともな戦闘に少し気後れするが、気を取り直して自分のやるべき事を口に出して気持ちを固めた。
「『ディフェンス・アップ』『スピード・アップ』」
この魔法は道中でレベルアップしたことにより使えるようになった無属性魔法だ。効果は名前の通り耐久と敏捷を上げる。
基本戦術は『スピード・アップ』で『キング・ブラッド・スライム』に対して敏捷で優位を取り隙きを見て『清めの塩・下』を投げつけるヒット&アウェイだ。
『ディフェンス・アップ』を掛けたのは保険だ。いや、自分の何倍もデカい敵に体当りされるとか普通に怖いし。本当は状態異常耐性の魔法も欲しがったんだが覚えるには、かなり時間が必要なので諦めた。
そこまで考えてから俺は走り出しながら『清めの塩・下』を投げた。『キング・ブラッド・スライム』は見た目通り遅いので悠長に考える暇が合ったが今後は控えよう。
「ギュァァァ」
『キング・ブラッド・スライム』が悲痛な声を上げ身を捩った。見れば『清めの塩・下』があたった部位が溶け出し周囲に溶けた身体を撒き散らしていた。
「よかった。こいつにも『清めの塩・下』は有効みたいだな」
ゲームで知っていたが、やはり結果をちゃんと目でみると安心するな。と、考えていたら怒った『キング・ブラッド・スライム』か突っ込んで来たので、これを回避して距離を取りつつ『清めの塩・下』を投げる。
それから二度、三度と繰り返している内に一つの問題を自覚する。
「狭いな」
隠し部屋は三十メートル四方の部屋で『キング・ブラッド・スライム』だけで部屋全体の六分の一を占める。
いくら遅いと言っても、この限られた空間で五メートルの巨体を躱すのは一苦労である。それに───
「おっ、あぶね」
体当りが掠りそうになり、少し慌てて距離を取る。
それに『キング・ブラッド・スライム』が思っていたよりも賢くこちらを壁際、特に部屋の角に追い詰めようとして来るので予想以上に俺の疲労は溜まっていた。
「ただの『ブラッド・スライム』は、もっとバカでやりやすかったんだが、厄介な。まあ、やるしかないか」
そうして、ヒット&アウェイを繰り返しているとだんだん『キング・ブラッド・スライム』の動きが鈍くなだてきた。
弱ってきたのだろう。やつに表情はないが疲弊した雰囲気を感じる。
「そろそろ終わりだな」
そう、気を抜いたのがよくなかった。俺はいつの間にか部屋の隅まで追い詰められていた。しかも、焦って『キング・ブラッド・スライム』から飛び散った体液を踏んでしまい、足を滑らせバランスを崩してしまう。
「ピギィァァァアアア!!」
やばい。そう思ったときには『キング・ブラッド・スライム』は、こちらを押し潰そうと大きく跳び上がった。
ふざけんな! ゲームでこんな攻撃してこなかっただろうがっ!!
愚痴っても変わらない。見たところ『キング・ブラッド・スライム』は瀕死であり、恐らく最後の足掻きなのだろう。避けるのは不可能、ならば耐えるしかない。
大丈夫、戦闘開始時に掛けた防御バフは残っている。
たとえダメージ量が不明のイレギュラー攻撃でも耐えられる筈だとを自分に言い聞かせ、攻撃を受け切る覚悟を決めた。
そして、この攻撃を耐えられたら俺の勝ちだ。何せ、この状況は俺の奥の手を使う絶好のチャンスなのだから。
「固有スキル【報復】」
唱えた瞬間、俺を濃い紫色のエフェクトと共に不思議な力が身を包む。その直後だった。
「グフウッ」
俺の体が壁と共に押し潰された。
口から肺の中の空気を出し切り、間抜けな音が漏れた。バランスを崩していた俺の上に『キング・ブラッド・スライム』がのし掛かったのだ。
滅茶苦茶苦しいし痛い。だが、俺よりも苦しんでるやつがいた。
「ギュァァァァアアッ!?」
『キング・ブラッド・スライム』の苦痛なくと困惑がない交ぜになった声だ。最初の咆哮に感じた威圧感など欠片も感じない。
それはそうだ、何せやつは攻撃した筈の自分がダメージを受けているのだから。おまけに受けたダメージは俺の二倍。『キング・ブラッド・スライム』からしたら尋常ではない理不尽だろう。ざまあみろ、ぺちゃんこじゃないか。
「アアァァァ……」
そして『キング・ブラッド・スライム』はそのまま動かなくなった。
死んだか?
俺はヤツの下から這い出て、ダンジョンに吸収されるまで警戒を続けることにした。現状で、それが一番確かな確認方法だと思ったからだ。
そこからジッと待つこと数秒、地面に沈むように吸収された死体を見て、俺は漸く一息つく。
「何とか勝てたな。反省点は多いが固有スキルがちゃんと機能することも確認出来たし、よしとするか」
部屋の広さを想定していなかったこと、途中で油断して追い詰められたこと、何よりゲーム知識を過信し過ぎていたこと。今回は何とかなったが次回も何とかなるとは限らない。俺はこの世界がゲームではなく現実なんだと改めて強く実感した。
◆
俺が思うに、ダンジョンとは飴と鞭の存在だ。
鞭とは当然、出現する道中の雑魚敵であったりボスだ。
飴はとは何か。ほぼ全てのゲームにおいて共通するのは経験値であり、それを積み重ねた先にあるレベルアップだろう。強敵を倒して強くなり、さらなる強敵を倒す。王道で素晴らしいことだ。
だが、それだけでは飴として弱すぎる。
故に他の報酬が飴として用意されている事が多い。
ゲーム内通貨やレアアイテム、ゲームなら専用ムービーやイラストが追加される事もあるだろう。
そして、この人の悪意を煮詰めて作ったような鬼畜ゲーにもそれはあった。特にこのダンジョンにある飴はゲーム内で最高クラスと言っていいものだ。
それがゲーム時代であったならの話だが……
「喜べるかボケェッ! 何が悲しくて動いてる心臓なんか食わなきゃならねぇんだ!!」
『キング・ブラッド・スライム』を倒した後、いつの間にか現れた宝箱に入っていたのは人間の心臓のようなものだった。それも、まだ脈を打っている。
「気持ちわりぃよ。ドックンドックンしてるし。もっと他の形があったろクソ運営!!」
今回のダンジョンで手に入れたアイテムは『始祖の心臓』というアイテムだ。食べれば【不死の残滓】という強力な固有スキルを得ることができ、このスキルは俺の固有スキル【報復】と相性がいいので絶対に手に入れるつもりだったのだ。だったのだが……
「食いたくねぇな…… いや、食わなきゃ鬱展開まっしぐらだし、他のヤツに食われるのも嫌だから食うしかないんだが」
この『始祖の心臓』というアイテムは放置しておくと、強力な吸血鬼に変化し人間の虐殺を始めるのだ。
『病みラビ』の運営様が、ただの善意で初心者救済などするはずも無く密かに、けれどしっかりと鬱要素が盛り込まれていたのだった。
『始祖の心臓』は昔、初代勇者に倒された吸血鬼のもので人間、特に勇者に強い恨みをもっている。そして『病みと希望のラビリンス☆』の主人公は初代勇者と同じ固有スキルを持っているため確実に殺しにくる。
敵の敏捷が高いため『逃走』の選択肢を選んでも成功しにくい上、雑魚敵が湧くような場所では確率でエンカウントするようになり、水中ステージでも容赦無く出撃するため問題の先送りにしかならないのだ。(ちなみに、銀や十字架、流水が弱点ということは無く、水中では、むしろ主人公パーティが弱体化する)
「まぁ、吸血鬼って死体で呼吸の必要ないから有利なのは分かるんだけどさぁ…… はぁ、仕方ないし食うか」
ゲーム時代を思い出してナイーブになっていたが、今は関係無い。俺は固有スキルを手に入れた後の自分を思い描き、無理やりモチベーションを上げて『始祖の心臓』を食べたのだった。
読んで下さってありがとうございました!