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◆綺堂 薊 サイド
「そろそろ始まるな」
授業を終えた俺達は学園専用決闘設備、通称『アリーナ』に来ていた。理由は勿論、ヴァティカルロール達の決闘を観戦するためがメインなのだが、ついでの目的もある。
メインの敵情視察はヴァティカルロールのゲーム時代スペックを考えれば、俺に負けるとは考えにくいので、そこまで気負わなくても大丈夫だと思われる。
俺が思うヴァティカルロールのスペックが予想の範疇なら、俺は殆ど何もしなくても勝てる。彼女の攻撃で0以上のダメージを与える技すら少ないのに『不死の鼓動』でHP自動回復の特性でガンガン回復するのだ。ゲーム知識をベースに考えれば負けはないと断言できるほどの差がある。
ついでの方は、ゲーム時代との差異を確認するためだ。ゲームが現実化した今では違う成長をしているキャラやボタンタップで発動していたスキルでは考えられないようなスキルの使い方があったりするのだ。
成長については俺を、発動方法については来紅を例にすれば分かりやすい。
俺の成長とは、異常なレベルアップ、敵キャラである綺堂 薊では入手不可能な『固有スキル』の入手、さらに人間から吸血鬼にまでなった。
来紅の発動方法については、固有スキル『泡姫の献身』がそうだろう。ゲーム時代は自傷ダメージがある単体回復技だったのに対し、彼女の血肉を食べた質と量で効果が変化するのだから。
ヴァティカルロールが持つ固有スキルも名前だけなら応用が利きそうなモノだったので要注意だ。彼女の設定集を忘れたのが悔やまれる。後で頑張って思い出したい。
「ねえ、どうして貴女が薊くんの隣にいるの? そこも私の場所なんだけど」
この一戦はストーリー的に異端である転生者が介入してない、謂わば自然な状態のキャラクター同士の戦闘、そういう意味でも見逃せなかった。
「はぁ? 私は彼に話があるから、ここにいるの。それに貴女だって反対の隣にいるじゃない」
だから菫よ。タッグマッチ対策の話し合いは後からでも出来るし、意固地になって来紅に張り合わないでくれないか?
どう考えても、落ち着いて戦闘を観察た方がお互いに得だと思うんだ。
「薊くんの隣は私のモノなんですー。だから両方とも座わらないで下さい」
「そんなに大切なら名前でも書いとけばいいじゃない」
二人をどう宥めようかと考えていると、来紅をあまり知らない菫恐ろしい事を言い出した。
来紅にそんなこと言ったら本気にして、俺の腕に墨で文字を書きかねない。本当に止めて下さい。
「むーっ、薊くん! カッターとインク持ってくるから腕貸して!」
どうしよう、マジできた。痛みの感覚がバグってる来紅は自分の名前を俺の腕に彫るつもりらしい。
と言うか、俺の傷の治りが尋常じゃなく早いの忘れてないか? 入墨しても痛いだけで、すぐに跡形もなく消えると思うんだけど。
てか今、来紅の言葉少し順番おかしくなかったか?
気付いた時には、すでに手遅れだった。可愛らしい言葉遣いとは裏腹に人外の俺の腕が軋むほどの力を込め始めた。
「痛い痛い痛い! 待ってくれ来紅。入墨するのも嫌だけど、そもそも道具を持って来る前に腕を貸すって順番おかしいから!」
しかも、腕を貸すと言っても腕を千切って持ってって言いわけじゃない。いや、腕を貸すとも言ってない訳だが。とうとう、腕からブチブチミシミシと鳴ってはいけない音が聞こえ始めた。
痛いのも嫌だが、こんなところでHP自然回復の特性を知られるのは、もっと嫌なので本当にやめてほしい。
「……貴方達、負け犬と発情猫だったの。お似合いだわ」
おい菫、この際だから俺への罵倒は我慢しよう。けれど来紅を貶す事と「私は関係ない」みたいな態度は許さんぞ。『報復』するぞこら。
「お似合い!? ありがとう…… で、でも、まだ私達はそーゆー関係じゃないよ!」
「褒めてないわよ」
褒められてないだろ。
この二人はどうするか、幸いなことに決闘はまだ始まっていない。
学園のルールで決闘する際は決闘者と審判の教員が揃わない限り始められないのだが、今回は審判と名も忘れた男子生徒君は揃っているものの、肝心の(俺基準)ヴァティカルロールが来ておらず決闘が始められないのだ。
その事に男子生徒君と審判の鬼塚先生は目に見えてイライラしていた。その挙げ句、二人の空気が観客にも伝播し会場全体の雰囲気が悪くなる中、騒がしくした俺達は針のような視線を筵のごとく突き刺されていた。
もう、やだ。
コミュ障に、この居心地の悪さは辛い。コミュ障は基本的に繊細なのだ。
徐々に観戦などスルーして逃げ出したい衝動が湧き上がり、具体的な方法を考えようとした辺りで救いの手が差し伸べられた。
「オーホッホッ。揃っているようですわね、感心しますわ」
ヴァティカルロールだ。彼女の一切悪びれぬ、あくまで上から目線の言葉は対戦相手の男子生徒君だけでなく鬼塚先生含める会場の人間全てを敵に回した。
もはや観客は俺達など眼中になく、ヴァティカルロール唯一人へブーイングが注ぐ。そんな中、彼女はまるで気にしてないかのように、否むしろ挑発するように中指を天へ向けた。
なんなら口パクで「消えろ」とさえ言ってる。どんな根性してんだよ。
温厚な来紅が顔を歪ませ、気の短い菫は傍からみるだけで凍りつきそうな眼差しを向け、男子生徒君に至っては口から泡を吹くほど罵詈雑言を重ね続けた。
会場の中では珍しく冷静な鬼塚先生が、どうしたものかと言いたげに少し悩む。数秒だけだったが。
その後は面倒くさいからいいやと頭を振った鬼塚先生が右手を上げて、そして振り下ろす。
それは待ちに待った開戦の合図だった。
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