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◆綺堂 薊 サイド
入学式の翌日、大掛かりな行事と軽い顔合わせで終わった昨日とは違い、今日から本格的な授業が始まる。
今の時期ならば、特にヤバい鬱展開があるわけでもなく、純粋に気楽な学生を楽しめる貴重な時間だ。
そんな訳で面倒臭さを感じながらも、それなりに楽しみにしていた授業で、思わぬ落とし穴があった。
それは俺達コミュ障にとって、絶望と言っても過言ではないイベント。
「これからお前達には自己紹介をしてもらう。名前の順でやってけよー」
クラスメイトの前での自己紹介だ。
自己紹介とは、進級や入社後等の新しい人間関係をスタートするにあたって必要になる、一種の儀式である。
第一印象が重要視される人間社会において、決して手を抜けないイベントであるが、多くの一般人にとっては何を話せばいいか迷ってしまうことが多く、コミュ障の人間にとっては、気が狂うほど悩んだ紹介文は本番になった途端、頭から抜け落ちて碌に話せないという地獄の如きイベントだ。
しかも、このクラスに至っては本来ならある筈の担任からのフォローも期待出来ない。なにせ、校舎裏で聖光院がリンチされていても、死ななきゃセーフとか考えて手出ししなかったヤツである。自己紹介で助け舟など、ある筈がない。
しかし、抜かりはない。
絶望を感じたのも昨日の夜まで、俺は前世の経験と昨日の友達作りの失敗を活かして対策を考えたのだ。
その名も『綺堂薊クール化作戦』。
これは、前世で無駄に長文の自己紹介を考えて全く役に立たなかったことと、昨日にこやかに話し掛けて同級生の反応が悪かったことを考慮した作戦だ。
方法は簡単、無駄に笑わず、無駄に話さず、無駄に媚びない。
イメージは無口キャラ、菫のように小声で喋るのではなく、ほぼ単語のみで会話するイメージだ。
来紅とは普通に話してる上に、昨日さんざん不特定多数の同級生男子に話し掛けているので、不自然に思われるだろうが仕方のない。
噛みに噛みまくって周囲から同情の視線に包まれるのは、もう嫌だ。
幸いにも俺の顔は比較的強面なので、見た目と演じるキャラの乖離性は低いだろう。この作戦に賭けるしかない。
「絶対に前世の失敗を乗り越えてやる」
前の席の来紅にすら聞こえないほど小さな声で呟くと、俺は決意を固めた。
◆聖光院 剣舞 サイド
雁野来紅さんという美少女の可愛らしい自己紹介の後、教卓の前に立ったのは綺堂薊という、何となく見覚えのある不機嫌そうな表情をした強面の生徒だった。
彼はクラス全体を威圧するような目付きで見回すと、静まり返る周囲などまるで興味がないと言わんばかりに、無表情で言葉を発した。
「綺堂薊だ」
ただ、それだけ言い終えれば行きと同じく気怠げに自身の席へ戻って行った。
正直、彼が恐ろしかった。
それは見た目や振る舞いも含まれるが、何より恐ろしかったのは何故か彼の纏う雰囲気が強大な力を持つ人外のように感じたのだ。
直前に自己紹介をしていた雁野さんにも、少し同じような恐ろしさを感じたが、流石に気の所為だろう。あの恐ろしい彼と話してる時、稀に彼以上に恐ろしくなるのは、もっと気の所為な筈だ。
感じる恐ろしさが、自身が所有する固有スキル『聖剣召喚』の発する警鐘だと知らない聖光院は自分はどんな自己紹介にしようか等と呑気に考えていた。
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