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◆水雲 菫 サイド
男子寮の裏へ綺堂を招いた菫から主人格のバトンタッチを受けた後、ゆっくりと振り返る。
「なんで呼ばれたのか分かるかしら?」
私は厭味ったらしく、そう告げる。
朝から散々、私が話し掛けるタイミングを外してくれたのだ。最低限、私が彼に何か用があると察しはついていたのだろう。
まあ、決闘を吹っ掛けられた時、彼も現場にいたのだから用の内容まで察しがついていてもおかしくないが。
「……分からない」
苦虫を噛み潰したような彼の顔を見て、腹芸が苦手なことを悟る。どうやら表情を隠せない質のようだ。
これは、いいカモになりそうね。そう、内心で思いながら「ふふっ」と笑った私に対し、彼はさらに顔を歪ませた。
ああ、最高。
「そう、なら教えて上げるわ」
「い、いや、そんなことより学園の桜の話をしないか? 俺は朝に見たんだが、それはそれは見事な枝垂れ桜が……」
「そんなこと? 綺堂くんは、私の話が花屑如きに劣ると言うの? 私も舐められたものね」
「……イエ、ソンナコトナイデス」
「そっ、なら二度と言わないでちょうだい」
彼は、ギリッと歯を食いしばりながら小声で「このドSめ」と吐き捨てる。どうやら、まだ躾が必要らしい。
だが、嬉しいこともあった。
それは彼にはカモの才能だけでなく、犬の才能もあるということだ。負け犬根性とでも言うのだろうか、そういう雰囲気が僅かに感じる。
そして、それを必死に隠そうとして隠し切れていないところが、ほんの少しの庇護欲をそそられると同時に、大きく嗜虐心を掻き立てられた。
「聞こえてるわよ。誰がドSですって?」
「……」
まるで「自覚なしかよ」と言わんばかりに呆然とする彼。
失礼な、私が虐めるのを好きなのではなく、貴方が虐められそうな顔をしてるから虐めてあげてるんじゃない。
まあ、これくらいは見逃してあげましょう。
この手合いは追い詰め過ぎると何をするか分からないので危険なのだから。そうでなければ便利な手駒だが、悩ましいものだ。
「やっと身の程がわかったようね。では心して聞きなさい、自分の幸運を噛み締めながらね」
そうして私は語り掛ける。私に頼みごとをされるのが、どれほど名誉なのかを。
待ってなさい。私に仕える素晴らしさを教えこんであげるわ。
骨の髄までね。
◆綺堂 薊 サイド
俺はうんざりしながら、ドヤ顔で騙り掛ける菫を冷めた目で見つめる。
曰く、彼女に頼みごとをされるのは名誉である。曰く、彼女(おそらく、すみれ、トリカブトの両名を含める)ほど素晴らしい人間は存在しない。曰く、彼女のために働けることは全男性の悲願であるetc……
早い話が、ヴァティカルロールとの決闘でペアになれ、そして彼女に扱き使われろ、ということだろう。
うん、ふざけるなだ。
しかし、そんなことを言えば菫に切り替わり、即座に悲鳴を上げられることだろう。傍から見れば、か弱い少女と極悪人のような顔をした男なのだから。
まあ、ここは冒険者を育てる学園なので見た目と実力が噛み合わないことなど当たり前なので、俺が悪いと決めつけられる可能性は、それなりに低いが。
さて、どうしたものか。
「……つまり貴方は未来永劫、子々孫々まで語り継がれる偉業を成せるの。ここまで言えば虫ケラ以下の知能しか持たない綺堂くんにも理解出来るわよね?」
「え? なんだって?」
「死になさい。主人の慈悲を無碍にした挙げ句、知能という概念すら持たない単細胞生物に相応しい死に様でね」
やばい。考え事してて一切聞いてなかったら、尋常じゃなく罵倒をされた。というか、この後メリッサに言われた自主練をしなければいけないので早く帰りたい。
その後、俺達は同じようなやり取りを3回ほど繰り返し、根負けした俺が渋々とペアを了承して終わった。
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