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◆綺堂 薊 サイド
「あなた達、黙って聞いてれば好き勝手に言ってくれるじゃない」
「「!?」」
硬直する二人を尻目に俺は諦念を浮かべていると菫が、まだ言い足りないとばかりに言葉を重ねる。
「まずはヒス女」
「ヒ、ヒス女!? 貴女ね、少しは目上への口の効き方を学んだほうがよろしいのではなくって!?」
「何が目上よ、時代に取り残された老害共の操り人形風情が」
「な、な、なななななっ……」
ヒス女こと、悪役令嬢のリリィさんが怒りで顔を真っ赤にして「な」しか言えない人形みたいになっている。
それはそうだろう、今まで蝶よ花よと愛でられてきた温室育ちの彼女にとって、こんな悪口を面と向かって言われるなど、たとえ親の政敵相手だったとしても無かったはずだ。その衝撃は計り知れない。
「次に前髪男」
「前髪……」
気にしてるのか? なら切れよ。
『病みと希望のラビリンス☆』の主人公である聖光院剣舞は、エロゲ主人公らしく前髪が長い。
理由はよくある、主人公の顔が見えないことによってプレイヤーが感情移入しやすくするためらしい。
「気にしてるなら切りなさいよ」
どうやら菫も同じことを思ったらしい。
というか、彼も可哀想に。困ってる人を助けたら、うしろから刺されたようなものなのだから。俺なら耐えられないと思う。
「それに貴方ね、菫が一言でも助けてって言ったの? ヒス女にお前のせいで話が進まないみたいな事を言っていたけど、それは貴方の方よ。この勘違いを拗らせた大馬鹿」
「前髪……勘違い……大馬鹿……というかスミレって誰……」
言いたいことが言えてスッキリしたのか、「ふぅ」と満足そうに息を吐く菫。
しかし、細かいセリフまで覚えてないので断言は出来ないが、ゲーム時代よりも主人公に対する罵倒が酷い気がする。これも、敵対キャラが綺堂薊から悪役令嬢に変わった影響なのだろうか。
いや、よく思い出してみれば、先ほど聖光院とヴァティカルロールに言っていた悪口よりも、ゲームのイベントで綺堂薊に言っていた悪口の方が酷かった気がする。
おそらく、ゲームでは綺堂薊で言いたいことを大体言い終えた後、聖光院への罵倒に移ったので、ここまで酷くならなかったのだろう。
そう考えると、ほんの少し申し訳なく思わないでもないが、俺が不幸にならなくて良かったという気持ちの方が遥かに強いので、深く考えないことにする。
ぶっちゃけ、現実になってから二人と話したことなんて今日まで無かったので、そう思うとどうでもよくなってくる。
だが、やはりというか、当事者の意見は違うようだ。
例の「な」しか言えない状態から立ち直ったヴァティカルロールが、怒りと決意を滲ませながら、菫の足元へ手袋を投げた。……彼女は手袋をしてないので、わざわざポケットから出して。
「決闘ですわ! ここまで侮辱されたからには貴族の一員として黙っていられません! 早急に、その手袋を拾いなさい!」
「いいわ、決闘してあげる」
「このっ、何処まで人を侮辱すれば……。いえ、この恨みは決闘で晴らしますわ。日取りは一週間後、ルールは学園の規定通りに、人数は二対二でやりますわよ」
「二対二? お互いのペアはどうするの?」
「私のペアは勿論この前髪男ですわ。さあ、共に貶められた名誉を取り戻しましょう!」
俺は、ヴァティカルロールの言葉に少し驚く。
このイベントてまは、さっきまで大筋ゲーム通りだったにも関わらず、ここに来て二対二の決闘という大きな違いが出たからだ。それもゲームでは最初から最後まで険悪だった主人公と悪役令嬢の組み合わせで。(ゲームでも決闘にはなった)
「なんで僕……。しかも僕の名誉は現在進行系で貶められてるよ……」
「そんな事はどうでもいいのだけど、私のペアは誰なの?」
「そんなの自分で見つけて下さいまし。まあ、見つけられるものならばですが」
聖光院が小さく苦情を口にするも彼の苦情は聞き入れられず、そのまま話が進んでしまった。
だか俺はその光景を見て、こんな風に流されやすいのはゲーム通りだと妙な納得をしていた。よかった、一度話を振られた時はどうなることかと思ったが、俺は外野のまま話が終わりそうだ。
もう俺に害は無さそうなので、このままゲームキャラ達のやり取りを見てオタク魂を満たすとしよう。
「このっ……、底意地の悪い」
「おーほっほっほ、聞こえませんわっ」
「あの、僕の意思は?」
悔しそうな菫がタッグマッチを拒否しないのは、学園の定める決闘ルールに一度受けた決闘は余程の理由がない限り取り消せない、とあるからだろう。
決闘ルールは生徒手帳に書いてあるが、入学式も終えてないのに目を通しているとは真面目だなと、俺は変なところで感心していた。
その後、ヴァティカルロールは聖光院の手を引いて「タッグマッチの特訓ですわー」と言いながら何処かへ行ってしまった。ついでに聖光院の意見はスルーされた。
「薊くん見てきたよ」
「お帰り来紅。遅かったな」
「それが、急に人混みが動き出したから、なかなか進めなかったんだよ」
そう言われて気がつく。俺が絡まれていた時には感じていた多くの視線が、いつの間にか感じなくなっていたことに。
思い返せば、「決闘ですわ」の辺りから視線が減ったような気がする。みんな面倒事の気配を感じ取り距離を取ったのだろう。
「そうだったのか。ありがとな」
「いいよ別に」
さて、かなり出遅れたが俺も去るとするか。ヴァティカルロールに一杯食わされた菫が癇癪を起こしたらかなわない。
来紅からクラスを聞いた後、俺達は足早に教室へ向かった。
「……」
後から突き刺さる視線を気にしないようにしながら。
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