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『病みと希望のラビリンス☆』は男性用のエロゲーだが、悪役令嬢がいる。
彼女の名前は『リリィ・ヴァティカルロール』。
リリィは『傲慢』『金持ち』『縦ロール』と三拍子揃った普通の悪役令嬢なのだが、一つだけ悪役令嬢らしくない点がある。
彼女はレズなのだ。
取り巻きは愛人で、ヒロインにちょっかいを出すのは好意の裏返し、権力と財力を誇示するのはその方が獲物が寄ってくると知っているから。
しかし、これも当然なのかもしれない。
なにせ彼女は、男性用恋愛ゲームの寝取る者なのだから。
◆綺堂 薊 サイド
「この無礼者! 私を誰だと心得ますの? そこに直りなさい!」
「この娘とは肩がぶつかっただけですよね。そんなに怒ることないじゃないですか」
悲報:悪役令嬢に運命の相手を寝取られました。
冗談はさておき、大衆の面前で怒鳴っている彼女は、『病みラビ』の悪役令嬢であるリリィ・ヴァティカルロールさんだ。
彼女は、そのツンケンした態度から大半のキャラに人嫌いだと思われているが、実は拗らせレズであり、仲良くしたい相手との関係ほど上手くいかない人付き合いに不器用な人なのである。
そんなリリィさんが現在絡んでいるのが、『病みラビ』の主人公である『聖光院 剣舞』と、学園に来る前にも出会った『水雲 菫』だ。
聖光院 剣舞はいかにも主人公と言った名前と【聖剣召喚】という如何にもな固有スキル、さらには性格もいいのでゲームのキャラクター、プレイヤーで人気を博している。
「薊くん、私たち同じクラスだったよ!」
周囲が主人公と悪役令嬢のやり取りに気を取られる中、人の動きが止まった隙をついて掲示板を見てきた来紅が教えてくれる。
「ありがとう来紅。それで俺達は何組だった?」
「うん、それはね……もう一回みてくる!」
ぴゅー、っと風のように去る来紅。いや、マジカよ。
どうやら、俺と同じクラスかどうかを確認したらクラスが何処かを忘れたようだった。しかし来紅よ、この状況で目立たないでほしいのだが。じゃないと……
「そこの凶悪面の男! 私が話してる最中に口を開くとは、いい度胸ですわね」
こんなことに、なるからな。
悪役令嬢さんは、水雲を庇っている聖光院から俺へ視線を移し怒鳴りつけてくる。おおかた、美少女の来紅と話していた俺が気に入らないのだろう。
面倒くさい。
これが嘘偽らざる薊の本音だった。だが、逃走や無視するのは悪手だ、それはゲーム知識で嫌というほど知っている。
故に、消去法で質問に答えるしか選択肢はなかった。
「……申し訳ありませんヴァティカルロール様。どうか平民の無作法をお許し下さい」
今、この場でリリィに逆らっても、なんの得もない。極一部のバッドエンドを除いて、彼女には悪役令嬢らしく悲惨な最後が待ってるので、それを思い出し溜飲を下げることにする。
「あら、そこのと違って身の程を弁えているようですわね。誰かさん達も見習ったらいかがかしら」
しかし、身分制度がほぼ形骸化している『病みラビ』で、よくここまで威張り散らした挙げ句「ですわ」なんて言えるものだと関心する。
まあ、彼女の実家である『ヴァティカルロール家』は、そのふざけた名前に反して確かな歴史と力を持つ家なので、当然といえば当然なのかもしれないが。
「あっ、……の…とだ」
「? 大丈夫、僕が守るから」
水雲が俺を見て何かを呟いたと思えば、聖光院がヴァティカルロールだけでなく俺からも庇うように立ちはだかる。
水雲の言葉が聞き取れなかったので断言は出来ないが、何となく擦れ違ってそうな主人公勢のやり取りを見て、声の小さい菫関連でこんなシーンがよくあったなと思い出す。
そして、それと共にこのイベントが水雲だった場合の流れも思い出した。
「いつまでも誰かの陰に隠れるような臆病者が、この学園でやっていけると思ってますの? 少しは自分で話すべきでは?」
「誰にだって向き不向きがあるんだ。それに君が怒るから彼女が怯えて話せなくなるんじゃないか!」
俺が考え事をしてる間に、どんどん悪化する二人の言い合い。
ヤバイ、このまま水雲を放置すれば話が余計に拗れて、さらに面倒になる。
ゲーム時代と違って、悪役が綺堂薊からヴァティカルロールに変わった違いこそあるものの、大まかな流れは同じように思える。だからこそ、俺はヤバイと確信できるのだ。
湧き上がる焦燥感に流されるまま、俺は水雲を宥めるべく動こうとするも、ユラリと立ち上がる彼女を見て手遅れを悟った。
「あんたたち、黙って聞いてれば好き勝手に言ってくれるじゃない」
「「!?」」
ああ、遅かった。
菫の……いや、菫の言葉を聞いて驚愕に固まる聖光院とヴァティカルロール。
そんな中、俺だけは諦念と共に虚空を眺めていた。
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