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水雲 菫は、狂ったキャラクターが多い『病みラビ』の中で、取り分け狂ったキャラクターだ。
彼女の灼熱を纏う斧の一撃は仲間になるキャラクターのなかで、随一の単体火力を持つ。
普段は慎ましく、控えめな性格なだけに戦闘時や怒った時の豹変っぷりに度肝を抜かれたプレイヤーは多かった。
敵対者への悪逆非道、人質への無慈悲、足を引っ張る味方の切り捨て、とても主人公パーティーとは思えない行為だ。
いや、コレを豹変と言うのは正しくないかもしれない。
なにせ彼女は二重人格で、完全に別の性格になっているだから。
もう一人の人格の名前は、菫。
同じ『菫』という漢字で真逆の植物を表す、この文字ほど彼女の名前に相応しい文字はない。
◆綺堂 薊 サイド
朝からヤバいのに会った。
彼女も来紅と同じく『病みラビ』のヒロインなのだが、二重人格の彼女は少し特殊で、表の人格である菫と裏の人格である菫でルートが違う。
これだけなら、一粒で二度美味しいキャラで終わるのだが、勿論『病みラビ』が美味しいで終わらせる訳がない。
菫と菫は独占欲が強いのだ。それも二人揃って作中で一番の。
故にルートが進めば人格の食い合いが始まる。自分が出ていない時に、もう一人の人格が主人公と仲良くしてるのに嫉妬して。
それまでは折り合いをつけ、互いの弱点を補い合い、信頼し合っていた彼女等が、それまでが嘘のように相手を否定し、貶めるのだ。
二人の争いが終盤になると、彼女等が協力して乗り越えた出来事が走馬灯のように流れたのを見たときは、やるせなさと悲しさで攻略を諦めそうになった。
それでもルートコンプのためだと涙を堪え、歯を食いしばり、自分が選んだ人格を勝たせた後は、何処からともなく現れた強キャラと戦うハメになる。
人格争いで消耗したせいで、戦うどころか、お荷物状態のヒロインと二人だけで。
そこで勝ったとしても、ヒロインの両親に罵声を浴びせられたり、四肢切断されたりと碌な目に合わないのだ。
ヒロインの父から「娘の仇が、よく顔を出せたな?」と言われた時は心が折れそうになった。
今は「娘に菫なんて付ける親のセリフかよ」や、「あんたらの教育が悪いから娘が病んだなったんだろ?」と思っているので問題ないが。
まったく、娘が囚われたら単身で敵組織に突撃する来紅の父親を見習ってほしいものだ。
まあ、上記の理由から、菫姉妹と関わるのは情が移らない程度の、表面上だけの付き合いにしよう。
俺が彼女等に惚れられると自惚れるわけではないが、それでも仲良くなっていたら主人公が菫ルートに入った際、後味が悪くなることは必然であり、これに関してはゲーム知識があっても回避不可だと思っている。
後はクラス割でどうなるかだが……
「薊くん、遅刻しちゃうよ?」
「あっ、そうだな。行こうか」
すでに俺から足を退かしていた来紅から声が掛かる。
最近まで自覚はなかったが、俺には考え込む癖があるらしい。前世はぼっちだったので問題なかったが、今世は友達がいるので、話てる間など考え込まないように気を付けなければ。
「ねえ、薊くん。私達、同じクラスになれるかな?」
「行かないと分からんが、なれるといいな」
「もう! そこは嘘でも「なれるよ」って言ってよ」
「そんな理不尽な……」
シュレディンガーの猫を知らないのだろうか。いや、この世界にシュレディンガーさんがいたのかは知らないけど。
あれ? 『シュレディンガーの猫』の、この使い方って誤用なんだっけ?
……どうでもいいか。
俺は、ぷりぷりと怒る来紅を宥めながら学園へと歩き出した。
ちなみに、菫は第0話の冒頭で出てきたヒロインです。
読んで下さってありがとうございました!
下記に別の連載作品のリンクがあるので、読んで下さるとありがたいです!