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二章の学園編開始です!
読んで下さってありがとうございます!
◆綺堂 薊 サイド
「そろそろ行くのかい?」
「ああ」
制服の袖に手を通した俺へ、メリッサが聞いてくる。今日は学園の入学式なのだ、荷物は寮へ送ってある。
本当は入寮だけなら数日前から出来たのだが、何かの物語に影響されたらしい来紅が待ち合わせしてから登校したいと言い出したのだ。
俺は寮からでも待ち合わせは出来ると思ったが、来紅には「なんか違う」と言われてしまった。おそらく、寮も学園の敷地内にあるので物足りないのだと思われる。
「小僧、言いつけを忘れるんじゃないよ。お嬢ちゃんにも言っといてくれ」
「はいはい」
思えば、この数日でメリッサとも随分と打ち解けたものだと感慨深くなる。
最初はビジネスライクの関係を意識していたが、意外と面倒見の良いメリッサに好感を持ち気づけば年の離れた友人のようになっていた。……まあ、小僧呼びは変わらなかったが。
「じゃっ、行ってくる」
「はいよ。留守は任せな」
この家に盗られて困る物などないが、空き巣に荒らされるのは困る。掃除や修繕費が必要になるからな。
その点、メリッサが家にいれば防犯面での心配はほぼ消える。彼女が仮とは言え、自分の住処を荒らすような事はしないと、この一ヶ月弱で分かっている。むしろ、俺よりよほど大切にしていたくらいだ。
なので、俺は安心して家を後にした。
◆
「薊くーん、おはよー」
「おはよう、来紅」
俺を見つけた来紅が元気に手を振ってくる。相変わらず元気がいい。
待ち合わせ場所にしたのは、露店に行くときにも待ち合わせにつかった、公園のベンチだ。ダンジョン攻略の後も来紅と待ち合わせをするときは、いつもここにしている。
「それから、はいっ。これ飲んで」
そう言って渡されたのは、来紅の特性ポーション。人間時代には嫌悪感を覚えたコレも、吸血鬼になった今では貴重な栄養源。彼女は昔した約束通り、毎日用意してくれてるので、かなり助かっている。
「いつも悪いな」
「好きでやってるから大丈夫。気にしないで」
来紅には吸血鬼になったことは話してある。というか目の色か変わっているので隠しようがない。
当初こそ変に気を遣われたり、不気味な物を見るような目で見られるかもと少し心配していたが、来紅は一切そんなことはなく、むしろ俺の目の色を「お揃いだね」と喜んでくれた。
こう考えると彼女には、心も体も助けられてばかりだ。にも関わらず、俺は何も返せていない。いつか、きちんと礼をしないとな。
「あっ、そういえば」
「なに?」
俺は歩きながら思い出したことを来紅へ伝えるために、口を開く。
別に後でもいいし、なんなら伝えなかったとしても大きな問題はないのだが、頼まれて了承したことを投げ出すというのも決まりが悪い。
「メリッサが『言いつけを忘れるんじゃないよ』だってさ」
「あー大変だけど、お互い頑張らなきゃね」
しれっと入れたメリッサのモノマネはスルーされてしまった。ちょっと悲しい。
正直、少しだけ自信があったため来紅の感想を聞いてみたかったが、ここで掘り返しても良いことはないと前世の経験から承知しているので、涙をのんで我慢する。
「そうだな」
メリッサの言いつけとは、彼女と会えない間に自分達でやるようにと言われている修行のことだ。
俺と来紅は、それぞれ別の修行内容を指示されており、休日は俺の家に集まってメリッサに直接修行をつけてもらう予定だ。
「あ……、ごめ……い」
「? ああ、大丈夫だよ。こちらこそ、すまない」
来紅と話していたら、周囲への警戒が疎かになって曲がり角で人とぶつかってしまった。その後の言葉は小声で聞き取りにくかったが、謝罪されたのだと判断し、こちらも謝罪を返す。
相手は小柄な女性で、俺とは頭一つ分の身長差がある。彼女は俺達と同じ学園の生徒のようで、全寮制のこの学園の生徒で、いま公園付近にいると言うことは彼女も新入生なのだろう。
「なあ、い──痛っ」
ならば「一緒に行かないか」と誘おうと思ったが、すんでのところで足に痛みが走り言葉につまる。見れば来紅が俺の足を踵で踏みつけていた。めっちゃ痛い。
だが、それでよかったかも知れない。
足元から視線を戻す時、最初は見えなかった俺にとってトラウマである特徴的な緋色の斧が見えたからだ。
「……」
ゲーム時代のハッピーエンドを思い出し、固まってる俺と無言の来紅を他所に斧の彼女『水雲 菫』は怪訝そうな視線を向けて去っていった。
どうか学園生活が平穏に過ごせますように。
俺は空へ無駄になりそうな祈りを捧げた。
読んで下さって、ありがとうございました!
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