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22.5

 読んで下さってありがとうございます!

雁野 来紅(かりの らいく)サイド








 目の前にあるのは鈍く光りを反射する黒い扉があった。


 それは松明に照らされた廊下の果てにある工房への扉だった。




「やっと着きましたね」




 来紅(らいく)は『奪骨(だっこつ)の杖』を握りしめ、そう呟く。


 言葉とは裏腹に来紅の口調からは着いたことへの安堵よりも、これから戦うであろう敵への警戒が(にじ)んでいた。


 冷や汗が流れ、体が震える。落ち着かなければと焦るあまり、さらに緊張するという負の連鎖に(おちい)りかけた時、メリッサが来紅の背中を『バンッ』と強めに叩いた。




「っ!」



「肩の力を抜きな。あんたが、どんなに緊張したって敵は弱くならないよ」




 その言葉は来紅を咎めるような内容ではあったが、メリッサなりの優しさから出た言葉だった。


 来紅はメリッサを石窯(いしがま)から救出した時の事を思い出す。


 あの時のメリッサは憤怒(ふんど)に燃え、自らの館を奪った相手へ罵詈雑言(ばりぞうごん)を吐き、見ているだけだった来紅が呪われそうなほどの怨念を振りまいていた。


 今も、その怒りは消えていないのであろう。


 その証拠に視線は眼前の扉から離さず、今にも蹴り破らんばかりの表情を浮かべている。




「ありがとうございます、師匠」




 そんな状態にも関わらず自分を気遣って声を掛けてくれたのが、とても嬉しかった。その気持ちを込めて礼を言う。




「そうかい。なら行けるね?」




 その気持ちが伝わったのか。メリッサは、ここで初めて扉から来紅へと視線を移して僅かに笑った。


 質問に対する答えは勿論───




「はいっ!」




 返答と共にメリッサが扉を開ける。いつの間にか、来紅の緊張は解けていた。
















 工房に入った時、最初に目に入ったのは中央にある紫炎で熱せられた大釜だ。釜の中では赤黒い液体が沸き立ちケロイド状の『何か』が見え隠れしている。


 壁際には薬品棚が並んでいるが、本来なら薬瓶が収められているであろう、その場所には散らばったガラス片や大切に保管されていたであろう素材の残骸(ざんがい)があるのみだった。


 メリッサは、それらを見て絶句した後、怒りに震えながら思わず叫ぶ。




「出てこいクソガキどもぉぉぉっ!!」



「「あっ、お婆さん。お邪魔してるね」」




 その声に反応したのは、やはり来紅を館へと連れてきた少年と少女だった。


 双子は何が楽しいのか、鏡で映したようなソックリの仕草で口元に手を当てながらメリッサをクスクスと嘲笑(あざわら)っている。




「「あっ、お姉さんも来たんだ。本当にお婆さんに道を聞いてくるなんて思ってなかったよ」」



「そんな事はいいの。(あざみ)くんは……、彼は何処(どこ)にいるのっ!」




 その質問に対して同時に首を(かし)げる双子。しかし、その後すぐに少年の方が「あっ」と声を上げる。




「ねえ、グレーテル。お姉さんの次に案内した、お兄さんのことじゃない?」



「あっ、そうかも。たしかヘンゼルは、ちょっと前にも会ったんだよね」



「っ!? 何処で会ったのっ!」




 双子の会話に出てきた『お兄さん』が、自分の探し人である薊だと、ほぼ確信した来紅は彼の無事を心配して即座に問い詰める。


 するとヘンゼルが『ニチャア』と不気味に(わら)い来紅の質問に答えた。




「教えてあげてもいいけど、お姉さんは何で知りたいの?」



「友達だからよっ! 世界で一番大切な親友だから知りたいのっ!」



「……アハハハハハッ!」




 最初は(こら)えるように顔を伏せてプルプル震えていたヘンゼルだが、途中で耐え切れなくなったのか心の底から楽しそうに笑いはじめた。


 なぜ、そんな反応をされなければいけないのか。


 扉の前でメリッサに言われた忠告など忘れて来紅は(いきどお)った。彼女は自分の最も大切な気持ちを馬鹿にされて我慢できるほど大人ではない。




「なにが、そんなに可笑(おか)しいのっ!」




 来紅の怒りを受け、ヘンゼルはとうとう腹を抱えて笑い声を出しながら転がり始めた。隣のグレーテルは、そんな相棒を見ながら『ぽかーん』としている。


 その後、気が済むまで笑ったヘンゼルは立ち上がって来紅に声を掛ける。




「お姉さんは、お兄さんが世界で一番大切なんだよね?」



「そうよ! 私達は、お互いに初めての友達で最高の親友なの。あんた達なんかより、ずっと仲がいいんだからっ!」



「ちょっと、お姉さんっ! ふざけるのも───」



「グレーテル待って」




 来紅の言葉にグレーテルが怒りの表情を浮かべながら詰め寄ろうとしたがヘンゼルが、それに待ったを掛ける。


 見るからに激怒しているグレーテルと比べてヘンゼルはやけに余裕だ。不自然なほどに。




「でもね、お姉さん」



「なによ」




 余裕の表情のまま、ヘンゼルが話の続きを始める。その顔は、まるで好物を前にした子供のようで───




「僕が会った時お兄さんは、お姉さんのことなんか聞いてこなかったよ」



「えっ……」



「それなのにね、お婆さんの場所はしっかり聞いてきたんだから笑っちゃうよね。お姉さんのこと、忘れちゃってるんじゃないの?」




 そこから再度ヘンゼルが笑い始めたが、先程のように怒る気力が来紅には無い。


 彼女の心は今、絶望に支配されていたからだ。


 どうして薊は自分のことを聞かなかったの? 本当に私なんて、どうでもいいの? 私はこんなに思ってるのに。 薊のためだけに苦痛を我慢して、ここまで来たのに。 どうして? ねぇ、どうしてなの?


 そこで隙だらけのヘンゼルと、それを眺めるグレーテルへ何かが襲いかかる。




「『ミアズマ・ストーム・ドライファ』」




 それは会話の最中、密かに力を貯めていたメリッサが放った特大の魔法だった。その威力は来紅が道中に見た、どの魔法よりも高い。


 何も知らない他人がいれば、子供にしか見えない双子が為す術もなく惨殺されると思うだろ光景だ。その結果は──




「ねえ、お婆さん。これが本気なの?」




 ほぼ無傷であった。力を貯めていたのはメリッサだけではない、同じように力を貯めていたグレーテルに防がれたのだ。




「ちっ、お嬢ちゃん! しっかりしなっ!」



「どうして……。ねぇ、どうしてなの……」




 俯きながらブツブツと呟く来紅にメリッサの言葉は届かない。最悪の状況だ。




「「アハハッ。お姉さん壊れちゃったね」」



「……ちっ。あんたらクソガキなんて、あたし一人で十分だよ。掛かってきなっ!」




 本来ならニ対ニで始める予定がニ対一どころか、放心状態のお荷物まで出来てしまった。強がりを口にしたが、一秒でも早く来紅が復帰することを祈るメリッサだった。

 読んで下さってありがとうございました!

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― 新着の感想 ―
[一言] 実態は死んだと思って狂っちゃうくらい思ってるのでセーフ セーフ…?
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