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◆ヘンゼル サイド
激しい剣戟が鳴り響く。
薊とヘンゼルの戦闘音だ。
薊はMP切れ、ヘンゼルはそもそも持っていない為この戦いは終始、剣のみで行われていた。
現状、押しているのは薊だがヘンゼルにも敗けられない理由がある。今は魔女の研究室(ボス部屋)に籠もっているであろう妹との平和な暮らしのためだ。
目の前の敵は強い、自分の持てる魔法とスキルの全てで身体能力を上昇させているにも関わらず、ただ押されるどころか徐々に、その差が広がり続けている。
だが、ヘンゼルには希望があった。
今の敵の力量ならばグレーテルと二人で戦えば勝てるという希望が。
封印が解かれた魔女という不確定要素が有るものの魔女には一度、勝利している為に甘くみていた。
故に、ここさえ凌げば勝てる算段があるヘンゼルは思考を巡らせる。
目の前で時間が経過するごとに見た目が変革していく敵から逃げる作戦を考えるために。
早くしないと手遅れになる、だから、さっさも隙きをみせ───
「ア゛ァァァァァァッ!」
「おいおい、戦闘中に考え事なんかするなよ」
まっ、俺が言えた事じゃないがな。そう言いながらヘンゼルから斬り取った腕を揺らす薊。
ヘンゼルは腕の断面に軽い回復魔法を掛け剣を片手で構える。激痛の中、剣を手放さなかった自分を褒めてモチベーションを上げながら。
「……これ、美味そうだな」
「は?」
目の前の敵が自分の切り離された腕を見ながら言った言葉を信じられなくて思わず聞き返した。
そんなヘンゼルを無視し腕に齧り付く薊。見れば異様な程、通常の倍程も大きくなった八重歯を突き立て血を啜っていた。
「こいつも狂ってる……」
思い出すのは最初に自分達を喰おうとした魔女だ。彼女は捨てられた自分達を館へ招き家畜小屋に閉じ込め太らせてから喰おうとした気狂いだ。
なぜ自分は、こうも人肉嗜食を嗜む連中に目を付けられるのか。ヘンゼルは自身の不運を嘆いた。
しかし、これはチャンスでもある。
ヘンゼルを最低限、警戒しているものの薊は食事に大きく意識を割いていた。この隙きを逃す手はない。
「霧よ、この場に満ちよ」
ヘンゼルが霧を呼び寄せ周りは数センチ先も見通せない程、濃い霧に包まれた。館を支配する事により出来るようになった唯一ヘンゼルが使える範囲に影響を与える技だ。範囲と言ってもニ、三メートルが限度だが。
「ちっ」
しかし、それで十分だった。薊が舌打ちしながらヘンゼルへと詰め寄った時には距離を離し、廊下を曲がって薊の視界外に逃げる事が出来た。
「どこだヘンゼルッ! 逃げるんじゃねえぞっ!!」
遠くから怒りに満ちた言葉が聞こえた。
その声は森の獣を連想させ魔女から館を奪うまでは無力な子供だった時に感じた恐怖を思い出した。
そんな弱気な自分を見て見ぬ振りをしながらヘンゼルはグレーテルの元へと走った。
◆綺堂 薊サイド
「ちくしょう。あの野郎、逃げやがったな」
薊はそう言い捨てるとヘンゼルの追撃を諦めることにした。
大して探さず諦めた薊だが、理由はある。ヘンゼルは、ほぼ間違いなくボス部屋に行くと予想がつくからだ。それならば行き先は薊と同じである、急ぐ必要は無い。
それに予想が外れて別の場所に行かれても、あまり困らない。
元々、薊の狙いは魔女である。逃げられるとすれば少々、腹は立つ。だが魔女の殺害事よりも優先する理由は無い。何故なら魔女の殺害は今の薊が生きる理由の大半を占めているのだから。
自分の目的を再確認し、胸ポケットへ入れた来紅に手を当て深呼吸する。
そうして戦闘の興奮を鎮めた薊は優しげな笑顔で来紅に語り掛けた。
「さあ、行くぞ」
未だに握っていたヘンゼルの腕を投げ捨て歩き出す。
薊は、あれほど来紅の血液を飲みたがらなかった過去の自分を忘れ去りグレーテルの血はどんな味だろうかと思いを馳せていた。
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