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露店市場に到着した俺達が最初に向かったのは来紅が言っていた「素敵なお店」では無くフードコートだった。
俺が先に行こうと言ったのである。理由は言うまでも無い、口内に残った来紅の血液の後味を洗い流すためである。いまだに俺の口内の大半が鉄臭さに支配されているのだ。
「ぶー。私、今日の予定がんばって考えたのに最初から予定外だよー」
冗談っぽくブーイングする来紅。
わざわざプランを考えてくれた来紅には申し訳無いが勘弁して欲しい。正直、今すぐ帰りたい程度には気分が悪いのだ。
それに来紅も俺が、ずっと顰めっ面でいたら楽しく無いだろう。俺も楽しく無い。ならば、お互い為にもフードコートが最善なのだ。そうに違いない。
「悪いな来紅、でも今は昼時だろ? それに俺、朝飯食べて無いんだよ。だから許してくれ」
本当は朝飯は食べて来たのだが、今回は嘘も方便だと思う事にする。
「わかったよ。でも今回だけだからね」
今回だけとは予定変更の事だろうか、それとも来紅の血液の後味を上書きする事だろうか。十中八九、予定変更の事だろうが万が一、後味を上書きする方だったら耐えられない。以前、表情で内心を読まれたから心配だ。
「ははは。ありがとな」
当然、聞けるはずも無く、俺には乾いた笑いを浮かべる選択肢しか無かった。
◆
「うまいっ」
フードコートにあった適当な出店で真っ先に頼んだ烏龍茶を飲んだ時の素直な感想である。
やっぱり、口の中をスッキリさせるには烏龍茶に限るな。
少し前に来紅の血液を飲んだ事で美味のハードルが大きく下がっていた俺には、普通の烏龍茶が甘露のごとき美味しさに感じていた。
「……」
「ん? どうしたんだ来紅」
彼女は俺と一緒に注文したハンバーガーを食べる訳でも無ければドリンクを飲むわけでも無いく、俺をジッと見つめていた。
何かを言いたげな表情だ。烏龍茶が飲みたいのだろうか?
「………った」
ん? 来紅は何かを言ったのだろうが小声で聞こえなかった。
「悪い、聞こえ無かった。もう一度頼む」
聞き返すと同時に彼女へ耳を突き出す。これで多少小さくても声が聞こえるだろう。
「私のポーションに味の感想言ってくれなかった! 今日のは特別なやつだったのに!」
突然の大声に耳がキッーンとなった。痛む耳と頭を抱えながら彼女を見ると拗ねたようにソッポを向いて、俺への怒りを示していた。
当然、こんな大声を出せば周囲に注目をされる。「痴話喧嘩かよ」「他所でやってくれないかな」等とヒソヒソ言われてるのが聞こえた。
このままでは目立ち過ぎる。兎に角、落ち着かせなければ。
「来紅、落ち……」
「薊くん、どうして烏龍茶の感想は言うのに私のポーションの事は何も言ってくれないの? それとも言葉に出来ないほど不味かったの? 教えてよ」
最後の「教えてよ」だけが、やたら低い声だったことにビビりながら俺は心の中で「言葉に出来ないほど不味かったよ」と叫ぶも、こんなことで友人を傷つけたくないという気持ちが声に出すのを何とか堪えさせた。
周囲は、とうとう人集りまで出来始めた、警備員を呼ばれるのも時間の問題だろう。そして、そんな事になったら出禁になるかもしれない。
それは困る、ここでは学園入学後も世話になるつもりなのに。
「悪いな言ってなかった。美味かったぞ、来紅のポーション」
取り敢えず、嘘でも来紅を落ち着かせる事を優先した。頼むから落ち着いてくれよ……
「本当に?」
「本当だよ」
若干疑われつつも、最後の肯定で何とか信じてもらえた様子だった。
よかった、落ち着いてくれたようだ。これで、ほぼ出禁を回避出来たことだろう。
「そう思ってくれてて良かった。なら、これから毎日飲んでね」
「え」
あまりの飲みたく無さに思わず漏れた一言を発した直後、来紅の目から光が消え低い声で責められる。
「え? 飲んでくれないの? やっぱり不味かったの? 嘘ついたの?」
「ち、違う。ありがとう、頂くよ」
毒を食らわば皿まで。俺には、嘘を重ねる事しか出来ない。今後の事を考えると憂鬱になる俺であった。
来紅は確信犯です。
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