入婿さんは、帰宅したらボコられた
久しぶりに異世界恋愛を書いてみました。
「まさか、帰ってくる事になるとはなぁ……」
そう呟きながら、私は五年前に家出した妻の家に帰ったのだった。
その先で、何が待っているかも知らずに………。
◇
王国建国を支えた貴族家の一つとして隆盛を誇ったのも今は昔。
数代前の領地経営の失敗によって今や没落間際な子爵家の次男坊でしかなかった私が伯爵家に婿入り出来たのは、単に政治的に都合が良かったというだけの話だった。
要は高位貴族の婿入りによって政治的に面倒な事になるのを嫌がった伯爵家が、家柄だけで何の力もない入婿を欲しがったのだ。
私はただ、都合が良かっただけ。
ただそれだけの存在だった。
まぁ、貴族の間ではよくある話なので不満はない。てか正直に言うと、ステラ様は学生時代に密かに憧れていた先輩だったので、ちょっと嬉しかった。
とは言え婿入りしてからは、これと言って何かをしたという事もなかった。というか、何もさせてもらえなかった。
結婚相手のステラ様は既に伯爵家当主として一人で十分に仕事をこなせる状況にあり、下手に手を出すと現場が混乱すると、使用人達に言われてしまったのである。
それ以上に、少し過保護にも思える程ステラ様を守っているこの家の使用人たちが、私に何もさせてくれなかった。ステラ様を溺愛する彼らは、政略上とは言えステラ様に虫がつく事が気に食わなかったらしい。仕事こそきちんとこなしていたが、針の筵のような毎日だった。
ステラ様自身もどうやら私に大してして欲しい事は無かったらしく、業務連絡以外では会話した記憶が殆どない。結婚前に何度か顔合わせに行ったくらいか。
彼女にしてみれば仕事は一人でこなせるし、別に私が入婿としている事で得られるものは虫除けくらいだし……と私が何かする必要性が薄かったのだろう。
勿論、忙しそうに毎日働いているのを見て、下手に声をかけるとご迷惑だなと私が判断したのも原因だと思うが。密かに抱いていた憧れも、この頃にステラ様を煩わせてはいけないと封印した。
どうやら初夜に子供が出来たらしく、それ以降褥に呼ばれる事もそれ以外の事で呼ばれる事も無かったので夫婦として私が彼女に出来た事はそれっきり無い。
これでは流石に婿としても駄目な気がしたが、寝室は離れているし、一緒に過ごせる時間も殆ど無いし、執務を手伝うのも止められているし、と正直どうすれば良いのか当時は全く分からなかった。
とは言え、努力すれば何か変えられたかもしれないので、この点に関しては私の努力不足だった……とも今は思う。
ステラ様自身は毎日お忙しくされているし、言葉にはされていないものの使用人たちには邪魔に思われ警戒されているのを肌で感じる。……子供が出来た以上、私がこの家にもたらせる物は何も無く、正直私の存在で時間や手間を取らせているのが申し訳なくなる。
正直こうなると伯爵家は居心地が悪いだけで、生きているのが辛くなってきたので家を出た。
それが今から、五年ほど前の話である。
幸い王城で下っ端仕事に就職できたので、現在は王城の寮に入って生活している。長子ができたから家を出る、と言うのは政略結婚した人間には時々ある話だ。勿論あまり良い顔はされない事だし、「子供がいるのに家を出るなんて薄情な人間だ」くらいの悪口は言われる。……とは言え、あのまま伯爵家にいるよりは良かったのではないかとも思っていた。
ちゃんとステラ様には報告をしてから家を出たので、伯爵家側からは季節の挨拶くらいしか言われた事はないし、今の生活費も自分の懐から出しているので伯爵家に迷惑はかけていない。
……というか存在そのものを忘れられている気がする。ちょっと悲しいけど、まぁ順当だろう。
―――そう、思っていたのだがなぁ……。
「………申し訳ない。もう一度言って頂けないだろうか」
混乱する頭を振り、とりあえず伯爵家から来た使いに聞き間違いでは無い事を確認する。
「ステラお嬢様がお倒れになりました。嫡女であるアンリエッタ様はまだお若く、伯爵家の当主代理となる事が出来ません。一度戻って、当主代理を務めて頂きたい」
………聞き間違いじゃなかったかー。
いや、まぁ言っている事は至極尤もなんだが、何年も何も交流をしなかった夫失格の最低男に今更帰ってこいとは……。
ステラ様から離縁状が出ていればこうはならなかったんだが……。この点に関しては離縁状出せるのは当主だけなので、私にはどうしようも無い。
てか子供産まれて用済みになったのに何故離縁されないんだろうと思ってたけど、こういう事態に備えての事だったのかなぁ。
まぁ、こうなってしまっては流石に断る事は出来ない。心の奥底に封印したとは言え、憧れの人ではあったのである。ステラ様個人には何の恨みもないし、ただただ心配である。
「承知いたしました。直ぐに向かわせて頂きます」
それにしても、一度も会いに行かなかった娘と顔を合わせるのか……。
しかもこの状況、アンリエッタ嬢からしてみれば『母様を捨てて一度も帰って来なかった顔も知らない父が母様が倒れたと聞いていきなり帰ってきた』という状況なわけで、彼女から見れば私は財産か家名でも欲しがってるだけのクズに見えるんだろうなぁ……。私、使用人達から嫌われてるし、そんな使用人達から聞いている私の人物像が良いものだとも思えない。
これでもし不倫相手の妻とその娘でも連れていたら間違いなく物語の悪役じゃないか。役満で悲劇のヒロインの父親である。
伯爵家の金は一銭たりとも使ってないし、仕事一辺倒で女のおの字も無いのは言い訳になるだろうか?
あぁ、考えるだけで胃が痛い。
居心地が悪いからなんて理由で一度も顔を見せなかった私が悪いし、受け入れるしかないな……。せいぜい嫌われてこよう。
◇
そうして、痛む胃を押さえながら職場に暇を出しこうして五年ぶりに伯爵家へやって来たわけだが……。
「ッ!………貴方が、お母様の!!」
あのー、アンリエッタ嬢?そんな親の仇を見つけた!みたいな顔で見ないで下さい。幼い子供に憎しみたっぷりに睨まれるのは普通に辛いです……。
「初めまして、アンリエッタ様。五年前、入婿としてステラ様と結婚しておりました。オリバーと申します。この度はステラ様がお倒れになった為、臨時の当主代理としてステラ様が御公務をなさる事が出来る様になるまで務めさせて頂きます」
そう言って、自分の娘に膝を折り、頭を下げる。
現在の身分的には一応こちらが上だが、私はあくまで代理。次期当主になるであろうアンリエッタ様に偉そうな真似は出来ない。……と言うか、やった瞬間に暗殺されるだろう。
「!!………伯爵家長子、アンリエッタです」
それだけ言って、アンリエッタ嬢は部屋に戻って行った。……随分と綺麗なカーテンシーだったな、流石はステラ様の娘だ。
数年ぶりに帰ってきたものの、元々歩き回ったりもしていなかったので部屋の位置が分からない。仕方がないので、まずは倒れたというステラ様のお顔だけでも見させて欲しいと頼み、何故か「もう少し後にされては……」と渋る使用人に頼み込んで寝室へと案内してもらう。別に変な事を頼んだつもりは無いのだが、何故そんなに引き止めるのだろうか?
「早く準備して!来ちゃうわよ、彼が!!」
「ん?」
妻の寝室に着いたと思ったら、何やら中が騒がしい。まさか病人のいる部屋で騒ぐとも思えないし、妻が目を覚ましでもしたのだろうか?
「何かあったのだろうか?」
「あははー、ちょっと確認してきます」
そう言って気不味そうな顔をした使用人はコンコンッと強めにノックしてから、素早く部屋に入って行った。
淑女の部屋に、それも何年も帰ってこなかった夫が案内も無しにいきなり侵入するわけにもいかないので暫し待つ。単なる確認だったからか、それ程時間をかけずに様子を見に行っていた使用人は部屋から出て来た。
「お待たせしました、問題ないようでしたのでご案内させて頂きます」
「ありがとう」
部屋に入ると、ステラ様らしい落ち着いた内装の部屋と、ベッドの脇に控えている侍女の姿があった。先ほどまで何か騒いでいた原因の痕跡はない。気のせいだったのだろうか?
昼間の陽光が差し込むベッドの側によると、随分と懐かしい顔が目を閉じて眠っていた。……お互い歳をとったというのに、変わらず美しいと感じるのはかつて封印した淡い憧れ故だろうか。
「只今戻りました。ステラ様」
聴こえていないだろうが、数年ぶりに帰って来ておいて挨拶もしないのは礼儀知らずでしかないだろうと声をかけた瞬間、ずっと閉ざされていた筈の瞳と目が合う。
―――目が覚めたのか、と思った時には彼女は既にガバリとベッドから跳ね起きて私に飛びかかって来ていた。
寝込んでいると聞いていた人にいきなり全力で押し倒されて、頭の中が真っ白になる。
「確保ぉぉぉぉぉ!!」
「え?え?」
「急げ!」
「逃がすな!囲め!!」
彼女の声を皮切りにクローゼットや扉の影からわらわらと使用人達が飛び出して来ては逃げ道を塞いでいく。
「ちょ、ステラ様!離れて!」
何でいきなり抱きついて………違う!
これは……関節技!?
未だにこの技を……って、学生時代より精度が上がっているだと!?いつ練習したんだこの人!?
―――ちょっと待ってステラ様!これ本気でやったら相手の腕が折れる技でしたよね!?
「ギブギブ!離して!許してステラ様!」
「何が“ステラ様”よ宿六!!結婚したのに、しかも“あなた”って呼んでるのに………ずっとずーっと様付けして!!妻に敬語とか使わないでよこの唐変木!!」
痛い痛い!さらに力強めないで!
折れる!腕が折れるーー!!
「ごめんなさい!僕が悪かったです!!許して下さい“先輩”!!」
ミシミシどころか、ゴキゴキ、メキメキと音が鳴り出したくらいでやっと離してもらえた。最後にボキッって音がしたのは気のせいだと思いたい。
うん、右腕が動かないのはきっと気のせいなんだ。ステラs……妻が「利き腕は封じたし、これで逃走は不可能ね」なんて言ってるのもきっと聞き間違いに違いないんだ……。
必死で右腕が訴える救難信号を無視しながら、既に立ち上がっていた妻に意識を向ける。………おぉう、満面の笑みで仁王立ちしてらっしゃる。
「それであなた?私に何か言う事がありますよね?」
「ヒェッ」
駄目だ。あの笑顔は先輩が本気で怒ってる時の顔だ。学生時代、格闘部で歴代最強の部長として『女王』と呼ばれていた彼女の勇姿がトラウマと共に蘇る。
答えを間違えたら今夜すら迎えられないと思え……と副音声が聞こえた気がした。
「………五年間も家出してすいませんでした」
「えぇそうですねぇ。新妻を置いて、『ちょっと王城行って来る』とか言ったっきり帰ってこなかったクソ野郎が何処かにいましたねぇ?」
先輩の笑みが深まる。
馬鹿な!?回答を間違えた……だと!?
「それで?他に言い残す事はございませんか?」
先輩がゆっくりと組んでいた両腕を解いた。これまでの人生が走馬灯のように蘇る。
ガタガタガタガタ……
何だ、何を言えば良かったんだ!?だ、駄目だ、口が上手く開かない!
う、腕が、先輩の腕がこっちに伸ばされて!!
………逃げ場が無い!や、殺られる!!
咄嗟に目を瞑り、体を竦ませる。
―――しかし想像していた激痛はなく、代わりに柔らかな温もりが体を包んだ。
「ほぇ?」
「………お帰りなさい、貴方」
目を開けると、泣きながら抱きついてくる先輩の姿が。
―――あぁ成る程。確かにこれは選択肢を間違えたな。
「………ただいま、ステラ」
◇
「………なるほど、そういう事だったのか」
昼下がりのベランダで、のんびりお茶を飲んでいる。何故か右腕が折れていたようで、妻に抱えられて医務室に放り込まれた一幕もあったが、まぁ忘れよう。
因みに妻が倒れたのは本当だが、ただの貧血で大した事は無かったそうだ。良かった良かった。
こうして妻と腰を据えて話してみると、案外単純な話だったようだと思えてしまう。問題の多くを時が解決したというのもあるのだろうか。終わってしまえば、たいてい事はつまらない事でしかない、というのは本当みたいだ。
今まであった事を纏めると、こんな感じだ。
まずこの婚約は、妻が望んで結ばれたものだったらしい。とは言っても、当時は愛や恋と言うより一緒にいると楽しい親友くらいの認識だったそうだが。
まぁ、結婚前から仲が良かったのは事実である。何しろ、学生時代に格闘部なんて人気のない部活で、汗だくになりながら競い合った仲なのだ。二人揃って若さ故にか愛や恋なんて自覚することも無かったが、友情だけはしっかりあった。
伯爵家として政略結婚の相手に出来る者のリストに私を見つけた時は、「オリバーならいっか!」と思ったらしい。
そのくせ結婚してからすれ違ったのは、彼女の、というより伯爵家の事情なのだそうだ。
先代伯爵が亡くなられて直ぐ、未だ十代だというのに当主にならざるを得なかった彼女。いくら優秀な彼女とは言え、毎日毎日疲れ切っていて碌に私と話す余裕なんぞ無かったらしい。格闘部じゃ無かったら倒れてた!とか言っている。
その上、先代が処分出来ずに残した、「忠義と経験はあっても思慮が足りない」という厄介な一部の使用人たちが、「お嬢様を守るんだ!」とよく分からない暴走をしていたのだそうだ。
私を妙に冷遇していたのも、そう言った者達である。妻に対しては忠実なので、私が居なくなるまで気付かなかったらしい。
因みに今では「勝手に暴走する使用人なんぞ危なっかしすぎて要らん」と鉄拳制裁した後に解雇したそうである。
私のせいで迷惑かけてごめんなさいと謝られたが、どちらかと言うと堪え性のなかった私が悪いとも思えるし、彼女がそこまで手が回らなかったのも仕方がないと感じる。
後、彼女がそっけなかったのは、私の態度が気に入らなかったのだそうだ。
そりゃ親友だった筈の後輩が、いきなり敬語でばかり話すようになって、様付けで会話して来るなんて良い気分になるはずもない。
大人になったんだからその辺もしっかりしないと駄目だと当時は思ったが、今となってはテンパっていたとしか思えない。
裁判所にでも持って行って第三者に話せば、悪者探しが大好きな人たちがどちらが悪いか教えてくれるのだろうが、まぁ正直そんな事には興味がない。
どちらも悪かった。それが私たち夫婦の結論である。
「そういや何で五年も経ってから呼び戻したの?出て行った私が言うのもなんだけど、使用人追い出してからでも良かったのに」
ふと疑問に思ったので聞くと、
「だって愛想尽かされたのは私のせいだし……」
なんて返事が返って来た。変な所で気を使うのはお互い様みたいだ。なんて事を考えていたら、隣で急に真っ赤になったステラがボソッと言った。
「後、最近アリーが兄弟欲しいーって言い出して……」
「…………成る程」
………そちらは、またゆっくりやって行こうか。
「あーーー!!見つけた!!」
顔を真っ赤にして目を逸らしあっていたら、屋敷の方から何やら騒がしい声がする。振り返ってみると、綺麗なドレスを着た少女が陸上選手のような素晴らしいフォームで走って来る所だった。使用人達が追いかけているが、捕まえるのは難しそうだ。
「お母様から離れろ!たぁっ!!」
そしてそのまま流れるようにジャンプしてからのドロップキック。……あの動き、間違いなく母親の教育の賜物だな。五歳にしては悪くない動きだ。簡単に妻に捕まってるが、まぁ相手が悪かったな。
「お母さんどいて!そいつ殺せない!!」
殺そうとしてたの!?
え、私娘に殺されかけてたの!?
単純に母親が大好きな子供の戯れだろうと甘んじて受けるつもりだった私は戦慄した。
「まぁ駄目よアリー、この人を殺しちゃ。わたしの大事な夫なんだから」
「子供が生まれたらすぐさま出て行ったようなクズ別に要らないじゃない!アリーこんな奴要らない!」
おぅふ………ダメージが大きい。クズな自覚はあるけど子供らしくズバッと言われると結構くるものがあるな。
「それに、あんなに他人行儀に話しかける人なんて嫌い!こんなのお父さんじゃない!!」
………あっ、もしや屋敷に着いた時の事か!?
あぁ、妻がみるみる般若に……。
「………あなた?もしかしてアリーにもあんな話し方をしたのかしら?」
「………ハ、ハイ」
「貴方の娘よね?何で初対面の貴族並みの対応をするの?爵位の優劣が家族愛より重要とでも言いたいの?良心がないの?実は人間じゃなくて、愛を知らない獣か何かなの?やっぱり貴方って人として大切なものが決定的に欠けてる気がするんだけど?」
「ス、スミマセン………」
あぁ、滅茶苦茶怒ってる。確かに実の娘にあの対応ってどうなんだ……?人として終わってないか?私。
「それとアリー?私、部屋で待ってなさいって言った気がするのですけど?」
「だ、だってお父さんがやって来るって聞いたから……」
あぁ、そんな事を考えてたのか、子供らしくて可愛らし………
「早く処分しなきゃって」
―――やっぱり殺す方向だった!?
そんなに恨まれてるの!?
「もう、何でそんなに嫌うのよ?貴女、お父さんと会うのはまだ二回目よね?」
「違うもん。三回目だもん!」
「え?」
えーと、いつ会ったんだ?全く記憶に無いんだが……。ヤバい、思い出せ!流石に忘れてるのはマズイだろ!
「………こっちの、会って二度目の実の娘に初対面の挨拶をした人非人は覚えてないみたいなんだけど、いつ会ったのかしら?」
妻よ、人非人は流石に酷くない?
「……先週の第三王子殿下とのお茶会の時、本当は遠乗りに行く予定だったの」
「えっ」
まさか仕事中に見られていたのか!?
「王子様が王族専用の八本足軍馬を見せてあげるって仰ったからついて行ったら、厩舎で飼育員の格好したこの人が八本足軍馬と殴り合いしてたのよ!!」
「「…………」」
「………いや王城で何やってるんですか貴方!?」
「いや、何故かメスの八本足軍馬達に好かれるせいで、オスの八本足軍馬からライバル視されててな……」
いやほんと、何でエイルもカーラもシグルーンもあんなに懐いて来るのかなぁ?
お陰でオス達の『このハーレム野郎が!』って目線がすっごく痛い。別にお前達の惚れてる女を取る気は無いから勘弁してくれ……。
「分かる?婚約者と遠乗りしてお花畑に行く予定が、気付けば八本足軍馬と死力を尽くして殴り合う推定自分の父親の観戦になってた気分が!!」
あー、うん。言葉にできないけど絶対に愉快じゃ無い気分になるのは分かる。何かごめんな、アンリエッタ……。
「しかもっ」と当時の事を思い出したのかアンリエッタの語気が荒くなる。
―――あれ?待って、スレイプニルと殴り合ってる時っていつも、スリルのあまりハイになってた気がするんだが……。
「何であんなにノリノリなの!?『―――来いよお前ら。蹄鉄なんて捨ててかかって来い!』じゃないのよ!!何で一頭に対して騎士数人がかりじゃないと勝てない筈の八本足軍馬三頭を同時に相手してるのよ!!何で八本足軍馬の後ろ蹴りを受け止めて『甘いぞ若造!』とか言ってるのよ!!普通そんなのくらったら死ぬのよ!完全装備の近衞騎士でも上半身弾け飛ぶのよ!!本当に何で生きてるの!?」
言葉にならない激情のせいか、涙目になりながらアンリエッタが叫ぶ。
あー、やっぱり変な事言ってたーーー!!!
そうだよ、言ったよ!!一斉に仕掛けてこようとするスレイプニルに対して「来ないのか?ならばこちらからだ!!」とか、怯んで下がろうとした奴に「飼育員からは逃げられない!」とか、今考えたら何言ってるんだ私!?
「第三王子殿下が『カッコいいー!』ってキラキラした目で見てるのはまだしも、騎士団長は『いい腕だ』とか言ってギラギラした目で見てるし!一部の八本足軍馬達は何故かうっとりしたハートマークで飼育員を見てるし!!何なの!?馬鹿なの!?軍馬と殴り合う父親とかどうでも良いから早く私をお花畑に連れて行けぇぇぇぇ!!!」
アンリエッタの魂の叫びが屋敷に響いた。
―――何かこう、ゴメンな……アンリエッタ。こんなのが父親で。
娘の魂の叫びに私と同じくちょっと申し訳なさそうな顔をしていた妻が何かに気づいたのかハッと目を見開く。
「そう言えば……野生動物って強いオスにメスが集まる習性がある種があるわよね?まさか八本足軍馬も?」
「えっ?いや、まさか………ハハハ」
うん、言われてみると、心当たりは色々あるな……。
「王城の八本足軍馬が何故か子作りしようとしないって問題があった気がするんだけど?」
「き、気のせいだよ」
妻にジト目で睨まれました。
「まぁ、格闘部副部長『戦神の両腕』が衰えて無かったみたいで安心したわ?―――アンリエッタ、この人がこっちに戻ってきたら王城は元通りになるわよ。馬と殴り合う変人を見る事は無くなるわ」
妻よ、流石にそれで説得は厳しくないか……?
「え!じゃあさっさと屋敷に押し込めて!早く早く!!」
あ、いけるんだ。それで良いんだ。
「よろしくお願いします」
取り敢えず、妻にも娘にも頭の上がらない私は、素直に頭を下げるのだった。
―――その後、騎士団長が「たのもー!!」とか言いながら乗り込んできてステラにボコボコにされたり、メスの八本足軍馬達が王城から追いかけてきたせいで浮気を疑われて私もボコボコにされたりするのは、また別の話だ。
心は傷付けてないからハートフルラブコメディ(なお肉体)
※誤字報告、ありがとうございます。