第6話 あれだけ避けていたのに優しかった
……例の事件が起こってから、私はまたセオドア様から逃げ続けていたりする。
「デイジー、おはよう」
などとセオドア様が声をかけようとしたら、サッと逃げる。
正直すごい失礼なことをしていると思うが、止められないのだ。
私は、セオドア様の顔はたしかに好きなのだが、それが「好き」と言う気持ちなのかはわからない。
好きだと告白してくださったセオドア様になんと応えたらいいのかわからないというのもある。
いやごちゃごちゃ言ってみたが、それは言い訳で本能に従うと『逃げろ』と警告してくるので、逃げてるだけだったりする。
追いかけられると逃げたくなる。
私は、これ以上逃げられない、そう思えば思うほど逃げたくなっていた。
※※※
先日の気を失ったあの日、前回と同じように私は気がついたら家で寝ていた。
だが前回と違うのは、両親が先生に呼ばれ、両親によって帰宅させてもらったのではなくて。
なんと、セオドア様が私を抱いてわざわざ我が家まで運んでくださったというのである。
いや、何回私を抱っこするのだろう。
セオドア様、腰は大丈夫だっただろうか?
まぁ少し心配だったりするが、学園で見かける限り姿勢は美しいし、キラッキラしているから大丈夫か。
腰を痛めてたらキラキラなんか出来ないはずだ。
私と同じマーガレットの名前を持つ母は、私を運んでくれたセオドア様とお話ししたのだと言う。
さすが親子なのだと言うべきか。
セオドア様の顔は、母にも同じようにどストライクだったようなのだった。
まぁセオドア様はとっても格好いいから、しょうがないと思う。
おかげで母は、
「デイジーの彼と沢山お話ししたけど、とっても可愛いかったわね」
そう私の顔を見るたびにずっと言うようになって、正直とても鬱陶しいのだ。
「ねぇねぇ、デイジー、彼今度いつ来るの?」
「お母様、彼は侯爵家の方よ。もう来ないと思うわ」
あしらってもあしらっても、セオドア様の事ばかり言ってきて、ここの所すごくしつこい。
母は、もしかしたら、私が侯爵家に嫁いで玉の輿にでも乗れたらいいのにとでも思っているのかもしれない。
ここまで我が母ながらしつこいのは初めてだった。
「デイジーお願いよ。お母様、セオドア様に会いたいな。今度きますっておっしゃってたのよ。若い可愛い子って目の保養なのよ! お母様のためにもぜひ呼んで!」
私は母の頼みを断れないところがある。
いつも少女のようで、可愛くて。
本当に自慢の母だ。
同じ名前なのも嬉しい。
母が喜ぶなら、セオドア様が、もし来てもいいよとおっしゃるなら、我が家に呼んでもいいかもしれない。
いや、ダメやっぱり、怖い。
母には申し訳ないけど、ずっと避けてるのに急にお誘いするなんてできるわけない。
母への受け答えに悩んでいると、
「メグ、今日も綺麗だね」
父が助け舟を出してくれる。
父、母にも優しいのだが、私にもとても優しい。
なお、母の愛称はメグだ。
マーガレットはそもそもメグと呼ぶことの方が多いと思うのだが、我が家ではややこしいので、母がメグで、私はデイジーと呼び変えている。
母はすっかり、私にセオドア様の話をしつこく言っていたことなど忘れて、
「チャールズ、あなたもですよ」
とラブラブモードに突入した。
母と父はいつもラブラブで、母は可愛くて父は格好良くて、私の密かな自慢だったりする。
もう大きいのにって笑われるかもしれないけど、私は、両親が大好きなのだ。
※※※
「えっまた授業でペアでの実技魔法なの?」
学園に着くや否や、ミシェルと、エイモスがそう言ってきて私はビックリした。
「せっかくいつもうっとり見ていたセオドア様とペアになれたのに、ずっと避けてるから早く実技魔法の授業をして仲良くなればいいのに、って思ってたのよ」
ミシェルにそう言われる。
私、エイモスにもうっとり見てるって言われたような。
そんなにうっとり見てしまっているのかな?
エイモスも、
「なんかこないだも仕事途中だったのに、俺ほっといてセオドア君と2人きりになってたんだろ? 仲良くしとけよな。俺はポージーとペアを楽しむんだからさ」
なんて言う。
「途中で抜けちゃったのはずっと謝ってるでしょ、今度仕事頼まれたらエイモスの分もやるから許してよ」
エイモスもまぁまぁしつこいのだ。
「いや、それはいいけどマーガレットの魅力でセオドア君を捕まえておいてくれよ。俺のお姫様がそっちばっかり見るからさ。頼んだぞ」
エイモスは不毛な恋をしていると思うのでそれは応援したいが、それとこれとは別の話だ。
でもペアが決まってからエイモスのポージー様好き好きアピールが半端ない。
ポージー様も満更じゃなさそうなんだけど、な?
今回の実技魔法の授業は、実技魔法指導用に使用されている森にて、ペア毎に指令を出されて、それを遂行するというものだった。
実技魔法の指導のために使用されている森なので、森にしてはかなり安全ではあるが、本格的で私はセオドア様以前にとても不安だった。
戦う系のやつ、やっぱり怖いし、苦手だ。
ローブを着込み、運動場へ移動する。
セオドア様はもうすでにきていて、ペア毎の配布物もすでに受け取ってくれていた。
「デイジー、来たね。ずっと避けられていたから、デイジーとペアの授業がずっと楽しみだったんだ」
そう言って下さるセオドア様のことを見ると、避けまくっていたことをとても申し訳なく思う。
「あの……すみません」
謝るしかできない。
「謝らないでほしい。ペアの授業を楽しもう?」
セオドア様、あれだけ避けていたのに、優しい。
「ありがとうございます……!」
ちょっと、感動してしまった。
実技は怖いけども……。
ペアの配布物はリュックになっていて、授業に必要な装備と、念の為の食料が入っている。
王子様のような面持ちのセオドア様がリュックを背負ったら、全然似合わなくて笑ってしまう。
「セオドア様! 格好良すぎてリュック全然似合ってませんよ!」
あまりの似合わなさについつい笑いながら本人に言ってしまう。
「デイジー失礼だな。可愛いデイジーにも全然似合ってないと思うが」
あ、しまった。
セオドア様のこといつも格好いいと思っているので、つい私普通に格好いいからなんて言ってしまった。
でも、可愛くて似合わないのは大間違いだろう。
むしろ私には庶民風ですごく似合う気がする。このリュック。
みんなが揃い始めたので、先生がまた拡張魔法にて、
「よく聞いてください! 注意事項を話します。森は指導用とはいえ危険がないわけではありません。気をつけて行動するように。
各ペアごとに、指令を配布していますが、今は紙は無地になっています。今から、号令すると文字が出ます。
何かあればリュックに入っているホイッスルを鳴らしてもらえると先生が助けにいきます。
しかしホイッスルを鳴らす時は失格となりますので、本当に危険な時だけ鳴らしてください。
失格となってもまた補修はありますから、失格になるからと我慢しないように。では、始め!」
号令と同時に、文字が浮き上がる。
『森の奥にある湖のそばにある魔法の杖をを取ってくること』
私は緊張してきた。
「デイジー、緊張してるね、手を繋いであげようか?」
セオドア様はそう言ってくれるが、さすがに断る。そんなことしているペアはいないだろう。
いや、今は授業なのだから、もしいたとしても、ダメだ。
めいめいペア毎に森へ向かう。飛行魔法が使えるものは飛行したりしているが、私たちは歩きだ。
セオドア様、たしか飛行魔法も使えたはずだ。
「皆さん飛んでいってらいっしゃいますけど、飛行魔法は使わないんですか?」
「せっかくデイジーとのペアなのにさっさと飛んでいったらなんだか勿体無いだろ? 俺たちは歩いて行こう」
「はぁ」
なんだかもう受け答えに困るので、適当な相槌しかでてこない。
怖がる私とは対照的に、セオドア様はやたら楽しそうなのだった。