第5話 ファーストキスのやり直し
……セオドア様が何か言ったような気がする。
私は咄嗟のことで頭が働かない。
「あ、ちょっと意味わからなかったです」
私がそう言うと。
「もう一回同じこと言おうか? もう以前俺たちここでキスしたんだけど。もうとっくに俺、デイジーのファーストキス奪ってるから、って言ったんだけど」
セオドア様はそうおっしゃった。
「えっと、私あまり冗談は通じない方なんで。そういう冗談やめてもらっていいですかね?」
私のファーストキスがさっきなのか、すでに終わっているか、そこは問題ではないのだ。
だって、そもそも私のファーストキスはもうすでにセオドア様に奪われているのは確定なのだから、そういうしょうもない冗談は、顔のいいセオドア様であってもやめてほしい。
「本当だよ」
「……アッハッハセオドア様っておもしろいですねー」
ちょっと面倒臭くなって、適当に誤魔化してみる。
そういえば、ファーストキスショックのおかげでセオドア様と普通に会話できるようになっている。
「本当にデイジーは適当だな。全然覚えてないのか?」
そう聞かれて、
「……はい、全く」
と私が答えると、
「途中で倒れたとは思ったけど……。あれから避けられるから、俺は嫌われてるのかと。まぁ、嫌われても既成事実でも作って逃げられないようにするつもりだったけど……」
ちょっとあまり聞こえなかったが、セオドア様がブツブツと独り言をおっしゃっている。
「……じゃあ思い出せるようにもう一度しようか。デイジーのファーストキスのやり直し」
と満々の笑みでおっしゃって。
私、いいよとか言ってないのに、セオドア様が有無を言わせない笑顔でどんどん近づいてくる。
私はすごく照れてしまう。
「あ、あの……何を」
「あの日のやり直しに決まってるだろ」
……あの日、私たちはこの空き教室で、二人きりで。
私の耳にセオドア様の顔が近づいてきて、悲鳴をあげたまでは覚えていて。
そこから記憶がないので、多分そこで倒れたんだと思うけど。
セオドア様があの日と同じように、私の耳に顔を近づけられて……。
そこまでは私も覚えている。
それから、私に
「好きだよ」と囁かれた。
そして、私の顎を優しく触ったかと思うと、そのままどんどん顔が近づいてきて、優しいキスをされる。
私は何が起こっているか全然理解が追いつかない。
これは本当に私が以前に体験したことで間違いないのだろうか?
ずっと体も震えていて、別に押さえつけられたりしていないから逃げれるはずなのに、全く力が入らずにセオドア様のされるがままになってしまっていて。
そして、ようやく口を離してもらったと思ったら、
「君のことデイジーって言っていい男の子は、俺だけだよ」
と、おっしゃった。
……いつも見る夢のセリフ。
あぁ、セオドア様だったのか。
私の密かな夢の中の王子様は。
「やり直し、こんな感じかな? そのあとデイジーすぐ倒れたし。あと君はギャーギャーずっと叫んでたような? そういえば今日は大人しいな」
セオドア様は、真っ赤になって、プルプル震える私を覗き込んで、そうおっしゃった。
最後の夢と同じセリフに、やっぱり本当のことなのかもしれない、とも思う。
が、セオドア様が私のことを好き? よくわからない。
私、完全に混乱している。
「何か質問はある?」
自己紹介の時と同じようなことを聞かれる。
「えっとどうして、私を好きに? というか私のどこがよくて?」
とりあえず浮かんだことを質問する。
「え、とても顔が好みだったんだけど」
私はポカンとしてしまう。
「セオドア様やポージー様が言われるならばわかりますけど。私ですよ? 本当にそれは私のこと?」
「そうだよ。初めて会った入学式のときから、ずっと君のことすごく可愛いと思ってたんだ。小動物みたいにすばしっこいところも、結構適当なところも。あと、デイジーって呼ばれてるのがとても可愛いくて君に似合ってるのも。あと俺に緊張して噛んでしまうのも可愛い。あ、もちろん噛まなくなった今も、どんどん俺のものになっている感じですごくいいよ」
「……それ本当に本当ですか? にわかに信じがたいです」
なんか嘘くさすぎてだんだん冷静になってくる自分がいる。何かの陰謀? てか最後のおっしゃった意味がわからない。俺のもの?
「あ、俺も質問していいかな? デイジーはさ、俺のことがすごく好みなんだろ? 俺のどう言うところが好きなの?」
セオドア様がそう聞いてくる。
「……えっと」
本当かどうかは別にして、セオドア様は私の好きなところ沢山おっしゃってくださった気がする。
私、やばいわ。
アレしかない。
「私もお顔がとても好みで」
「うんうん」
セオドア様が他は? という顔をして待っている。
いや、そもそもセオドア様がどういう人かあまり知らないし、顔は好きだけど今も普通に怖い。
つまるところ、私はセオドア様の顔以外に好きなところはない、と言えるだろう。
だが、セオドア様に断言してしまっていいのか? いや、むしろ素直に言うべきか?
私は迷いまくって、
「あ、あとは魔法使えるようにしてくれたところ、かな?」
どうにか一つ絞り出した。
「それって、好きなところかな?」
セオドア様が信じられないような顔をしてこっちを見てくる。
「デイジー。つまるところ、すごく好みというのは、俺の顔のことだけ、なんだな?」
私はあれよあれよと壁においやられ、セオドア様が両手で壁にドーンしてくる。
何このシチュエーション、ちょっとドキドキする。
「それでも嬉しいよ。嫌われてると思ったから徐々に行こうと思ったけど、顔だけでも好きでいてくれるなら、もう俺のものにしてもいいよな? デイジー、もっともっと俺の全部を好きになって。俺がいないと駄目な体になって」
さっきまで優しい顔をしてくれていたセオドア様が、やたら怖い顔をしている、ような。
私はなんだか恐怖のあまり、反射的に逃げようとしてしまう。
私の体はセオドア様から逃げるようにできているのかもしれない。
セオドア様の両腕が私の顔の横にあるのを、うまくすり抜けられた、と思ったら。
「……逃がさないよ」
気がつけば彼の腕の中にすっぽり入ってしまっていたのだった。
もう、逃げられない!
「ギャーーーーーーーー」
私はもはや、気を失うことしかできなかった。