第3話 追われなくても、逃げたくなった
追われると逃げたくなる、それは人間の本能ともいえよう。
だが、今は授業なので逃げられない。
私は真面目なのだ。
(いや嘘だ、補修がかかっていなければ仮病をつかっただろう)
残りの時間は、他のペアの練り直しと始まっていた。
5位以内のペアは先生の手伝いを行ったり、ペアでの自己紹介を行うらしい。
6位以下のペアの、練り直し実技では、相当酷いものでない限りは、ほとんど次で決められるようだ。
私は自己紹介タイムを少しでも短くしようと、先生の手伝いをあえて時間をかけてやっていると、セオドア様が素早く色々先回りして他を全部こなしてきた。
私のちんたらやってた仕事も、「遅い」と言われて、取られたと思ったらあっという間に終わらせてしまった。
しかしセオドア様、それにしても仕事、早すぎない?!
一軍メンバーと自分の差を、さまざまと見せつけられたように思えて、なんだか少し落ち込んでしまう。
いや、なんで私落ち込んでるのかな?もともと一軍メンバーと私の差なんて、天と地ほどもあるわけで。
比べて落ち込む自体、おこがましい。
うんうん、さすがにずうずうしいぞ! デイジー!
セオドア様ががお手伝いをさっさと終わらせてしまったので、あっという間にに自己紹介タイムとなる。
セオドア様に手を引かれて、
(さっきから手を触れられっぱなしで恥ずかしい)
連れられて、校庭の中でも、なかなか良い景色の、芝生の土手のようになった場所に連れていかれる。
「じじ、自己紹介タイムって何するんでしょうね」
二人きりみたいになってしまって気まずくて、私は、沈黙を先に破ってしまう。
めっちゃ噛んだし。
「ここなら周りから見えにくくて、少し2人きりみたいだろう。これからペアになるんだから、なんでも聞いてくれ」
笑顔でセオドア様が言う。
私は特に聞くことは一切なかったが、沈黙が怖くなってしまい、とりあえず絞り出す。
「あ、あの……。い、以前にポージー様と教室でお会いになっていた時ありますよね?あ、あの時、どうしてお断りされたんですか?」
自分ながら噛みまくるの恥ずかしい。
なんでか震えてしまうし。
ポージー様はクラスで一番可愛い女子生徒だ。
恋愛小説でもよくあるパターン、セオドア様の1番の親友がポージー様を好きで、本当は好きなのにお断りしちゃう的なやつって線も考えられないかな?
そのパターンであれば、セオドア様っていい人だったんだわってなって、いちいち怖がらなくてもすみそうだ。
「そりゃ……」
彼はそういいかけておやめになり、
「内緒だよ。デイジーが、もっともっと俺のことを好きになってから教えてあげる」と言った。
「アハハ、セオドア様っておもしろいですねー」
なんだか、よくわからない冗談おっしゃるタイプだったのね。
まぁとりあえず笑っておこう。
とはいえ、もう話題も質問もないので、今度は私に何が質問がないか聞いてみようかと思ったその時、
「セオドア様」
と、ポージー様が、我ら三軍のメンバーである、エイモス・ゲイリーを携えてやってきた。
エイモス・ゲイリーその人は、同じ三軍メンバーでありながらも、伯爵家の嫡男であり、しかも割とイケメンである。
私の好みではないが。
身長は割と高く180センチくらいだろうか。
イケメンで金持ち、それなのに何故、三軍にいるのか?
それはよくはわからないが、私のおそらく一番良く会話をしているだろう男子生徒、それがエイモスだった。
「エイモス!」
仲間が来てくれるとなんか安心する。
「お、デイジー。ポージーと、2位とったんだ」
エイモスは嬉しそうだ。
しかしポージー、なんてなかなか気安い呼び方。
「実はエイモスとは幼馴染ですの。まさかエイモスとペアになるなんて思いませんでしたわ。私セオドア様と思っていましたのに」
ポージー様は可愛くおっしゃる。
色白の肌に、薔薇色の頬、唇は艶々で、
瞳を伏せるとまつ毛がバサバサ。
しかも金髪碧眼。
完璧な美少女、それがポージー様である。
ポージー様はスリムで168センチくらいあり、足が長くて、とてもスタイルがいい。
顔はセオドア様のこぶしくらいしかない気がする。
セオドア様は185センチだということなので、身長差的にもお顔の美しさ的にも、これほどまでに釣り合う2人はいないんじゃないか? とも思うくらいだ。
「エイモス君? 今なんて?」
そういう、セオドア様が震えているような?
セオドア様、怒っていらっしゃる! エイモスがポージー様に気安すぎたんだわ!
エイモスは、セオドア様が怒ってらっしゃる雰囲気出しまくっているのを気にも止めず、
「ポージーと2位とったんだーって言ったかな」
と不敵に笑う。
こ、これはポージー様を2人が取り合う構図ね!
なんだかポージー様も満更ではなさそう。
よし、お邪魔な私は空気になろう。
「いや、その前」
「前? デイジー、だっけ?」
「そのことだ。エイモス君。デイジーと気安く呼ばないでもらえるかな? デイジーと呼んでいい男は俺だけだ」
エイモスと、ポージー様が、2人同士に、
「「……え?」」と言った。
さすが幼馴染! ってそうじゃないか。
私は空気モードに入っていたので咄嗟に反応できずに、
3人の動向をただ眺めてしまう。
エイモスが困惑しながらも、
「申し訳ない、デイジーってもう呼ばないよ。マーガレットって呼ぶのでいいかな?」と言った。
親しいミシェルが私をそう呼ぶのでエイモスはそう言ってただけで、私をデイジーと呼ぶのに深い意味なんかなかったはず。
そもそも、母もマーガレットなので、母を知ってる人、つまり親しくしている人は、皆私をデイジーと呼んでいるだけなのである。
セオドア様がにっこりと微笑み、
「ぜひそうしてもらえるかな」
とおっしゃった。
セオドア様、ちょっと何言ってるのかな。
私は意味がわからなかった。
そんなこんなしていると、あっという間に授業が終わり、
エイモスと私は先生に、放課後に手伝ってもらいたいのだが、と声をかけられる。
エイモスと私は、運営係なのだ。
運営係とはかっこいいい名前だが、実際はただの先生の雑用係である。
※※※
放課後になり、私たちは2人きりで雑用をしている。
「マーガレット、そっちのプリントとってもらえるかな?」
「はい。なんかデイジーって呼ばれ慣れてたから、変な気持ちになるわね。エイモス、きっとセオドア様は悪い冗談をおっしゃったのよ。またデイジーって呼んでよ」
「いやだよ」
私たちは雑用をこなしながら、会話を続ける。
「それより、セオドア君ってさ、マーガレットのこと好きなんだな。てっきりポージーのこと取られるかと思ったわ」
「ないない! セオドア様が私のこと好きなわけないわよ! ただ、私もよくわからなくて。おそらくセオドア様は、ポージー様に気安くしてたのを怒られたのではないかしら。エイモスには申し訳ないけどさ、2人はやっぱりお似合いよ。エイモスには可哀想なんだけどね……」
「可哀想って俺に失礼だろ。ポージーは絶対俺のこと好きになるから大丈夫。でもずっと思ってたけど、マーガレットって本当にセオドア君のこと好きだよなぁ。セオドア君の顔見ていつもうっとりしてるよな」
エイモスって信じられないくらいポジティブだ。
しかし、知ってたのね。
誰にも言ってなかったのに。
「エイモス、私そんなにうっとりしちゃってた? セオドア様、実はすごく好みなのよね。でも大丈夫。私はエイモスと違って弁えてますので。遠くから見るだけだから」
と私は言った。
初めてセオドア様の顔が好きだって、カミングアウトしたかも。
私は照れながら、エイモスの顔見ると、何か驚いたような顔をしているので、自分の後ろを見る。
そこには、セオドア様がいらっしゃって。
「俺のことすごく好みだって? デイジーが?」
とおっしゃった。
……聞かれてしまった!
私はさすがにそれは恥ずかしすぎて、やっぱり逃げたのだった。




