第1話 セオドア様と、実技のペアになるなんて聞いてません!
『君のことデイジーって言っていい男の子は、俺だけだよ』
私がたまに見る夢で、男の子が必ず言ってくれる言葉だ。
だけど、それが誰かは私はわからない。
私にそんなこと言ってくれる人を思いつかないし、願望かもしれない。
ても、この夢を見た日はとてもいい気分なのだった。
※※※
私、マーガレット・バインズは、いわゆる子爵令嬢だ。
この貴族御用達の学園にて、楽しく学園生活を送っている。
ザ、お金持ち! ザ、貴族! みたい方がいっぱいいるこの学園では、庶民に毛が生えただけの私は、隅っこの方の人間だ。
だけど私は、そういう自分は嫌いじゃない。
むしろ好きだ。
どうぞ目立つ皆様には、存分に目立っていただいて、私はその影に隠れて、目立たず地味に生きていきたいのだ。
私は隅で平凡に平和に過ごす今のスタイルを大変気に入っている。
「デイジー、今日の魔法の授業、実技魔法だけど大丈夫?」
男爵令嬢であるミシェル・オルセンが、声をかけてきた。
私はマーガレットだが、母の名前もマーガレットのため、
皆からはデイジーと呼ばれている。
両親やお友達から、デイジーって呼ばれるの、私は大好きだ。
私はとても美人とは言えないが、そこそこ愛嬌のある顔はしていると思う。
アッシュブラウンの髪色に、緑色の瞳、背は160センチくらいで、小さくもなく、大きくもない。
特筆したところない普通の女の子、それが私だ。
「ミシェル、言わないで。もう昨日から嫌すぎて休もうかなって思ってたんだけど父に無理やり行かされたの」
「まぁズル休みはそりゃダメって言われるわよね」ミシェルがうんうんと頷く。
「あー私急に倒れようかな」
「嘘ってバレバレだからやめといた方がいいと思うよ」
「とりあえず隅の方にいて空気消すしかないわね」
空気を消すのは割と得意な方なので、そうやって乗り切るしかない、と覚悟を決める。
制服の上からローブを着て、運動場に出た。
もうみんな割と揃っていた。
私がぐずぐずしすぎて遅くなったのだ。
ミシェル付き合わせて申し訳なし。
始まってすらないのだが、とにかく無事終わってくれと祈る。
……だが、一番恐れていたことが起こってしまった。
ペアを組めと言われてしまったのだ。
ペアは困る。私は実技が本当に弱いので、相手の方に迷惑をかけること確定なのだ。
しかも、しかもだ。まだ自由ならいい。同じくらいの実力の子と組めばいいのだから。
だが、残念なことにペア決めはくじ引きだった。
せめて、どうか、一軍キラキラメンバーではない人でおねがいしたい、と神に祈る。
私とっても日頃の行いがいいし、大丈夫よね?
くじを引く。
まだ、結果はわからない。全員引き終わったらくじが光ってペアの名前が出てくる仕組みだ。
私は地味にこのくじのシステムが可愛くて好きだ。
ピカーって光ったと思ったら名前が出てくる感じ、なんか無性にいいな、って思っている。
「全員引き終わったな、ペア決めの結果を発表する」
先生がみんなに聞こえるように、音の拡張魔法を使って話す。
そのあと私の引いたくじも例に漏れず光って、文字が浮き出てきた。
『セオドア・モンゴメリー』
……私は本気で意識を失いそうになった。
※※※
それは入学したての頃に遡る。
セオドア・モンゴメリー。
侯爵家のご令息である彼は、正直私の好みどストライクだった。
サラサラの青みがかった銀髪に、紫の瞳。
背が高く、しかも筋肉もほどよくついていて。
優しい紫の瞳を見ていると、ドキドキしたものだ。
だが。彼はもちろん目立つグループの人だった。
彼の周りには同じような爵位のご令息ご令嬢方が集まって、そこはまさに一軍のキラキラグループが築かれていた。
勿論私はそこに入ることはないが、
当時はまだ、眺めるくらいは許されるだろうとよく彼を見ていたものだ。
だが、ある時、私が忘れ物に気づいて教室に慌てて戻った時、それは起こった。
「……セオドア様、私あなたのことがとても好きなんです」と声が聞こえてきて、私は慌てて隠れた。
チラリと覗くと、セオドア様が同じく侯爵家のご令嬢である、お美しく可憐なキラキラ一軍メンバーであらせられる、ポージー・ジョンソン様とおふたりでらいらっしゃった。
ヤバい、これっておそらくラブシーンてやつだわ。
終わるかしら?
私の忘れたものは宿題だったので、終わるまで待たないといけないと思ったらキツい。
しかもいいなと思っている男の子とのラブシーンなんて誰が見たいのだ。
私がげんなりしていると。
「君が、本気で俺に釣り合うと思ってるの?」という声が聞こえてきて。
あの可憐で男子生徒の誰しもが美しいとため息をつくというポージー様がセオドア様と釣り合わないのなら、一体誰が釣り合うというのだ。
私はあまりの驚きで、立ちすくんでしまった。
でも、私は立ちすくんでいる場合でなかった。
この時点で、すぐどこかへ行くべきだったのだ。
泣き出してしまったポージー様を置いてさっさと出てきたセオドア様に、私は思いっきり見つかってしまった。
セオドア様は、気づかないふりをしてくれればよいものを、隠れてる私を見つけて、
「何見てるのかな?」と声をかけてこられた。
しかもニッコリと。
「あ、あの……あの……」
私は逃げた。
ヤバい。わからないけど何ががヤバいと私の心がそう言うので、心のままに、逃げた。
空き教室に逃げ込む。もう大丈夫だろう。
息を整えていると、「何逃げてくれてるのかな?」と目の前にまた私のどストライクの顔が現れて。
私の耳に顔を近づけて、何かをおっしゃった。
「ギャーー!!!」私は叫んで、意識を失った。
それほど、怖かったのだ。
気がつけば、私は家に無事帰宅していた。
両親に聞くと、先生に呼ばれて迎えに行ったというのだが、一体あのあとセオドア様と私に何があったかもわからない。
そして、私はセオドア様とは、あれから一度も話してもいない。
いや、話しかけられそうになると私は逃げ続けていた。
それが、まさかのくじ引きでペア?!
無理だ。
あの可憐で美しく誰しも見惚れるポージー様が釣り合わないのだから、こんなチンチクリンとしか形容し難い私など、釣り合うどころか、ゴミであろう。
あの私のどストライクな顔で、
「俺に釣り合うわけないだろう、ゴミめ」などと言われてたら、私のメンタルは崩壊すると思う。
セオドア様が、
「デイジー、君とペアになれるなんて嬉しいなぁ」なんて笑顔で言いながら近づいてこられる。
デ、デイジー?! 笑顔の裏が怖い。
もしかして、以前覗き見していたことをまだ恨んでらっしゃるとか?
「あああああの……」私は盛大に噛む。
私とペアをするとせっかくの実技魔法が得意なセオドア様に迷惑がかるだろう。
うん、そうだろう。きっと先生も今回に至ってはペアの変更をお許しになるだろう。
私はセオドア様の顔は一切見ずに、
「ペア交換してもらえるように先生に言いますね」と言い、先生のところへダッシュした。
自分でもビックリするくらい素早く動けてしまう。
後少しで先生のところへ辿り着ける、そう思った時、強いが、優しく腕を引かれた。
「待って。ペア交換なんて頼んでない。君が例え嫌だと言っても、君のペアは俺だけだ」
そう言って、私に笑いかけたのは、セオドア様だった。
「ね、デイジー。君は俺のペアになるんだよ」どストライクな顔が笑顔でそう言う。
だが、私はその笑顔の向こうの何かに、ただ戦慄した。
ヤンデレになってたら嬉しいです。