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剣闘士令嬢  作者: 春紫苑
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四話 もう一人の淑女③

 そして翌朝。

 学び舎に赴く直前、セクスティリウスにアウレンティウスより使者が訪れたの。

 それは私を、アウレンティウス家で開催される勉強会に招待したいというものだった。

 きちんと体裁の整った、正式な書簡。紙も墨も上質なものが使われているのはひと目で分かったわ。


 お父様はそれに至極ご満悦だった。

 女の私相手に、多大な財力を持つアウレンティウスが下手に出ているのが好ましかったのね。

 そして私がお父様の言いつけ通りに行動し、さらに成果を上げていることにも満足したのでしょう……。


 ……私は、そんなつもりであの二人と友達になったんじゃないわ。


 内心ではそう思っていたけれど、顔に出さないよう、細心の注意を払った。


「アウレンティウスの小倅(こせがれ)とは懇意にしているのか」

「はい」

「昼からとは急なことだ……聞いているか」

「伺っておりました。しかし私を招待できるかどうかは、家の方針次第とのことでしたから……」


 無難にそう答えておいたわ。

 私が出しゃばることをお父様は好まれない。だから、行きたいだなんて言ってはいけなかった。


「この勉強会とはどういったものだ」

「私もまだ参加したことがございませんから、存じ上げないのです」

「ふむ……他には誰か参加するのか」

「それも存じ上げませんわ。

 ただ、親しい方だけを招く会だと……」


 正式な書簡を、使者に託し届けさせたということは、私との縁を望んでいると受け取られて当然のことで、きっとクルトはそれを分かってこうしてきたのだと思ったから、そのように答えたわ。


「ふん……」


 お父様の返事はそれだけ。

 そうして暫く書簡を眺めてから、控えていた奴隷に返事を書くよう指示した。


「行ってこい。

 お前がしなければならないことは、分かっているな」

「勿論、心得ております」


 殿方に気に入られるよう、淑女らしく致します。

 そう答えると、満足したように頷き、行けと私に手を振って、もう視線も寄越さなかった。

 

 それから学び舎に行くと、アラタとクルトはいつもの時間にやって来て、私に「おはよう」と挨拶したわ。

 そのあとは、いたっていつも通り。

 授業を受けて、また明日と挨拶して、秘密基地にも寄らずに帰ってしまった。

 どこかで招待の理由を聞けるのかと思っていたのに拍子抜けした私は、しょうがなく家に帰ったのだけど……。


 戻ったら既に、湯浴みの準備が整えられていたわ。

 全身だけでなく髪も洗い、香油まで使われたのには驚いてしまった。

 衣服も礼装用に改め、うっすらと化粧もされ、最後は薔薇水を口に含み体の中までを清める徹底ぶり。

 まるでお姉様が嫁ぐ時の準備みたいで、内心こんなにおおごとなの? と思いながら、お父様がどれほどアウレンティウスを意識しているのかを理解したわ。


 私たち貴族(パトリキ)後続の上位平民(ノビレス)を見下しているけれど、現状で力を持ち、権力を強めているのは上位平民ですものね。とくにアウレンティウスは財力のある家だから、侮られるわけにはいかない。私の身だしなみひとつにも気が抜けないのでしょう。


 準備が整い、クルトの家に赴こうとしていたら、また使者が到着したと知らせを受けた。

 なんの使者かしら? と、思っていたら、私の迎えと聞いて驚いたわ。慌てて出向いてみると、きちんとした身なりの使者が、輿(レッティガ)を伴って訪れていたものだから、さらに唖然としてしまった。

 奴隷四人が担ぐ、(ヴェールム)を備えた立派な輿で、本来私みたいな子供が乗るものではなかったもの。


「お嬢様のお迎えにあがりました」


 さあどうぞと示され、少し迷ったけれど、従うことにしたわ。

 これだけのことを子供の私にするなんてと思ったけれど、断ればクルトの面目を潰してしまうかもしれない。

 お父様は外出中だったし、母様に勉強会へ出かける旨を伝え、供の奴隷を一人連れていくと、使者は私だけを輿に乗せ、出発準備を指示したわ。

 使者の方は輿の横につき、私の奴隷はその後方に従った。そして前後を二人の護衛と思しき私兵が挟む。

 その物々しさに内心では恐れ慄いていたのだけど、怖がっているなんて知られてしまってはいけないし、必死で表情を取り繕っていた。


 準備ができると、使者の方は輿の帳をおろして私を隠してから、奴隷に進むよう指示したわ。奴隷らは慣れた動作で輿を揺らさぬよう立ち上がり、大通りへと進んでいった。

 視界が隠されて風景は見えなくなったけれど、内心ではホッとしていたわ。

 周りの人に注目されて気が気じゃなかったし、高くて怖かったし……。


 大通りは喧騒に満ちていた。

 道端の屋台の呼び込みや道行く人の話し声が重なって、見えないけれど大変賑わっている様子はうかがえたの。

 その混み具合に、輿なんかが通ったら邪魔になってしまうのじゃないかしらと気になったけれど、中身が見えなくても、輿を利用するのは裕福な家庭の要人だけ。いつもなら道を譲らない荒くれ者たちも、輿の前は遮らないと決めているよう。私の乗る輿はゆっくりと同じ速度で進んでいったわ。

 そのまま揺られてどれくらい経ったでしょう。不意に輿が不規則に揺れてから、ゆっくりと降ろされる感覚がして。


「ようこそ、セクスティリア嬢」


 聞き慣れた声がそう言い帳を掻き分けて顔を覗かせた時、正直ホッとしてしまったの。

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